第16話「ようこそ!民宿“厳怒環鳴”」

「頭いてぇ……」


 昨夜……なんだっけ?


 ダンジョンで何か……。


 あぁー。


 そう、そうだ。


 厳怒環鳴で飲んで泊まったんだ?


「アオ、タテナシ」


 浴衣の帯なんてものは飛んでいた。


 あられもないすっぽんぽんをゆする。


 アオとタテナシが、どういうわけか、ネンにダンジョンのことを知りたがっていたんだ。お酒を飲ませて凄い難しいダンジョンの知識を聞き出していた。


 で、すっかり潰れた?


「ツナ……好き……」


──もにゅ。


 寝ぼけたタテナシが、彼女を揺すっていた俺の手を掴む。柔らかな膨らみに指先が引き込まれて、温めたミルクを確認するときの哺乳瓶の口の指触り。


 俺は女の子からするりと指を抜いて、タテナシのはだけた浴衣を合わせなおした。


「今日も世界で一番可愛いね、タテナシ」


「……」


 部屋は酷いありさまだな。


 俺はいつ浴衣着たんだろ?


 パンツ履いてないんだが。


 風呂に入ったほうがいいか。


 頭も汗もサッパリするだろ。


「ふがっ」


 アオ……。


 こっちはこっちで大股を大開脚だ。


 女の子のものは……初めて見たな。


 俺はアオの足を閉じて布団をかぶせる。


「大好きだよ、アオ」


「……」


 そういえば、ネンはどこに行ったんだ?


 旅館は静けさに満たされていた。



「はあ・あーい! ボーイズ!」


 は、恥ずかしいけどカメラに向かっていつもの動画の挨拶!


 今日のダンジョン、というタイトルで、ダンジョン“厳怒環鳴”をアタックするのがメインの配信よ。


 あ、あいっかわらずね……。


 視聴者がゼロとワンの往復。


「今日はゴンドワナダンジョンミズヤスデを探していくわよー!」


 きらん☆。


 死ぬほど恥ずい……。


 ドールスライム種族なのに。


 普通は、自分の宿るドールを最高にするのがドールスライム種族……自慢はしても恥ずかしいなんて感情なんてママもパパもシスターズも微塵もないわ。


 なんで私だけこんな恥ずかしいのよ!


 でもお姉ちゃんが頑張らなくちゃ!!


 私の語りがダンジョンに木霊する。


 視聴者ゼロでも、いつでも来てくれたかたが私の美声を聞けるようしておくのが良いに決まっていますもの。


 いけない。


 こんなフラついてちゃ!


 憧れの理想の姿をもっと!


 カメラ係に録画回させる。


 赤いスライムは私の一部で大切なアシスタントですわ。……私しかいないのですけどね!


「さあて今日は見つかるでしょうか!? みんなはどう思いまして? 知っていましたか? ゴンドワナダンジョンミズヤスデは──」


 ダンジョンは不思議な場所だ。


 ずっと、人類はダンジョンと一緒に歴史を歩んでいるはずなのに、ハイテクノロジーを獲得した現代でも、ダンジョンについては仮説の域を出ることはほとんどない。


 ダンジョンはずっと未知の場所。


 もちろん危険なことだってある。


 プロのダイバーだって、死亡事故を起こすことはあるし、アマチュアであればなおさら。なによりもダンジョンはどこにでも生まれてくる可能性があるから、ダンジョンに消える人はたくさんだ。


 危険で、ダンジョン固有の環境がある。


 とても神秘的だと感じる人間も多くて、ダンジョンの人気は猫と同じくらい。配信サイトが誕生してからは、猫とダンジョンが二大ジャンルとして君臨している。


 ダンジョンは大人気なのだ。どんな田舎のダンジョンでも、あるいは、だからこそ……。


 とはいえ中々上手くはいかない。


 チャンネル開設から……一年強。


 登録者数二人。


 視聴回数の中央値は九回。


 底辺の配信者。


 にも関わらずチャンネルがまったく伸びない理由があるとすれば──やはり『コラボ』じゃねーの!?


「今日はコラボ企画で超有名人が来てるよ。なんとあのツナさんだ! アオさん、タテナシさんと三人もゲストお迎えしてまーす!」


 と、ダンジョンの壁を紹介する。


 そうだよ! 言えなかったんだよ!


 ダンジョンの動画手伝ってなんて!?


 初対面に言えるかよチクショーめ!!


「ツナさま……」


 それに、なんでだ?


 ツナて奴と目が合ったとき、こう、ドキドキしやがったんだ。なんで背中ゾクゾクするんだ?


 昔、漏らしたときのホラー番組みたいな感じか。この私様があの男を恐れてる!? そんなことがあるか!


 あんなモヤシみたいに細くて、女二人に尻敷かれてる薄弱野郎なんかが私様を?


 ありえない。


 だからこれはきっと病気だ、病気。


 スイカ食いすぎたのかな?


 その程度のことだろうな。


 ウンコすりゃあなおるさ。


「……」


 見慣れたダンジョンの壁の染み。


 人面壁と呼ばれるとかで幼稚園児のネタにされてるそれは目の窪みと口の窪みがあるだけだ。それだけで人間の顔に見える。


 パレイドリア現象てのだ。


「ッ!」


 意味のない錯覚。


 誰でもない顔がツナに見えた。


「〜ッ!」


 頰が、耳が熱くなる。


 ダンジョンの気温は低い。


 真夏でもやや肌寒い程度。


 標準的なダンジョンだぞ。


 だってのに、ツナを考えたら熱くなる。


「あいつが『変な色目』で私様を舐めるように見てきたせいだ! まあ美少女だから多少は多めに見るがあんなセクハラ男なんて……」


 昨夜を思い出す。


 アオとタテナシ。


 二人に質問攻めされた。


 久しぶりの楽しい会話。


 盛り上がり酒も開けた。


「アオ。トイレ行きたいの?」


「……うん」


 だとか。


「タテナシ。肩に顎載せないで」


「これが一番楽〜」


 だぞ??


 なんだ、あれは。


 あいつら付き合ってるのか。


 男一で女が二なんて……変!


「付き合ってるのか……そうだよな」


 ため息。


 どうしてか今日は気分が落ちこむ。


 二日酔いも、無いのに気分が悪い。


 そんな時に足音が響く。


 スライム肌のセンサが揺れた。


 ダンジョンアタックの名簿には無かったが、無記名でアタックする人間は多い。誰かいる。


「見とけよ見とけよ〜。害獣ダンジョンをこれより破壊してみた企画やっりま〜す」


 おうおう!


 怪しげな男が、ダンジョンにぶつくさ話しかけておりましてよ。変態か頭おかしい男ですわね。


「ちょっと」


「うおッ!?」


 と、男が驚く。


「何しているの。破壊て、迷惑になるよ」


「はあ? この俺が迷惑になってるわけないだろ! 俺は二一歳で全国のダンジョンをアタックしてきたプロだぜ。学も無いやつはこれだから世間知らずなんだよ」


 他人をバカにするような口調。


 男の子はずっとそんな雰囲気。


 私様とは違うが配信をしてるらしい。


 男は手にツルハシを持っているよう。


 何を……。


 男は躊躇いなく。


 ツルハシはダンジョンに突き立てられる。ダンジョンの岩肌が砕けて飛び散る。


「なにやってんだてめぇコラァッ!」


 ダンジョン洞窟を反響する野太い声。


 漢らしいと言うよりはハスキーお姉さん。


 ダンジョンに反響するボイス。


 男はすでに吹っ飛んでいた。


 プロレスくらいでしか見たことがないだろう両足の靴裏が揃ったドロップキックが男の顔面に決まる。


 誰の?


 私様の足に決まってる。


「わりゃなにしとんじゃぼけぇ!」


 私様が完全に伸びている男の首根っこを軽々と掴んで持ち上げると凄い説教をした。たぶんその男には聞こえていない。


 しばらくして──。


「や、やっちまった!」



「は?」


 いつのまにか戻ってきていたネンが、彼女が発したのか怪しいドスボイスをこぼす。


 たまたま配信サイトで見つけた動画だ。


 ネンが男をボコボコにした。


 ダンジョンの中で、である。


 男は配信者・猫飯4合。


 喧嘩越しの態度であちこちに突撃しては歪んだ正義を執行する歓迎されない系ライバーだ。


 そんな猫飯4合の動画の視聴数が伸びる。


 ネンが猫飯4合に暴力する動画であった。


 ネンをチンピラお嬢様と。


 民宿も全部晒されていた。

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