第15話「友達(仮)」
話し声が近づいてきた。
ダンジョンの中でそれは不気味だ。
「だ、誰だろ……」
と、タテナシさんの蛸足が巻き付いた。
アオの尻尾も絡めるように寄っていた。
「大丈夫だ」
ダンジョンと言ってもモンスターはいないのだ。採掘とか、農耕をするのがダンジョンだからな。
先客がいた。
それだけだ。
声が聞き取れるようになってきた。
……気のせいか同じ声で話している?
「お嬢。そろそろ戻りませんか?」
「えぇ。戻りましょうか」
足音が近付いてきた。
ダンジョンで音が反射する。
距離が掴みにくい。
でも、遠くはない。
「……」
アオとタテナシさんが、こっしょり俺の後ろに隠れた。おいおい、俺よりもずっと大きくて強いお二人さんが守ってくれよな?
なんて考えながら内心で微笑む。
さて、会ったら挨拶すれば良いんだ。
人間なんだから。
モンスターみたいに扱うのは失礼だ。
なあに早々意地悪な人とは会わない。
そんな風に薄闇のダンジョンを進む。
「うおォー!?」
「ふごォ!!?」
ぜ、全然、気がつかなかった。
ちょうど見えない場所だった。
鉢合わせて大声出しちゃったよ。
「すみません、驚かせてしまいました」
真っ赤な人だった。
人間とは違う、柔らかな、ゲル、あるいはスライムと呼ばれるようなものが人間の形をとっていた。
ただしそのスライムは驚いたせいで溢れているだけのようだ。鋭利に刺刺と硬くなっていたスライム状の体は徐々に『戻って』いく。
それは、背の高い人形だ。
ゆるく波打った長い黒髪。
垂れ目なようで鋭さもある、凛々しさとおっとりさの矛盾しているようで両立した穏やかな目と合う。その瞳は桃色の珊瑚と同じ色をしていた。宝石珊瑚の輝きは彼女の顔から目を離させない。
なだらか。美しい曲線。小さな丘。
脂肪が薄いがゆえのいったいかん。
その胸は賓乳であった。
「あれ? アオ、タテナシさん?」
「こ、腰が抜けたのじゃ……」
「ツナくん、立てないんだよ」
「大変! うちの民宿を使ってくださいな、おふたがた! 本当にもうしわけございません!」
取り敢えずアオとタテナシさんを近くの民宿“厳怒環鳴”で休むことにした。すっかり驚いてしまったらしい。
ダンジョン探索はまた今度でいいだろう。
なあに。ダンジョンは、逃げはしないさ。
◇
「皆を紹介させてください」
お互いを知らない人達ばっかりだ。
いきなり自己紹介してください、では、無茶振りなので俺が各々を紹介させてもらった。
「ワーフォックス種族のアオさん」
と、俺は白い九尾を指す。
「スキュラ種族のタテナシさん」
と、俺は黄色に青輪の蛸脚を指す。
「そして、ダンジョン所有者であるお嬢様でドールスライム種族のネンちゃんです」
ビスクドールボディのネンちゃんだ。
「……ネンちゃんとな?」と、アオ。
「……ネンちゃんとは?」と、タテナシ。
あれ?
みんなはダンジョンのネットアイドルとか知らない系の人なのかな。でもまあ、最近のアオは電子商店街が軌道に乗ったからこそワンマンのメンテナンスに苦労しているし、タテナシさんは企業と合同で工場で実験してるから忙しいか……。
俺が暇人じゃん……え?
「ネンちゃんは地元で一番人気のダンジョンアイドルですよ。ドールスライムの彼女は、ボディが変わるので正体は誰も知らないのですが、近所の旅館“厳怒環鳴”の若女将さんて噂が有力なんです。“厳怒環鳴”の従業員さんと言っても皆んなドールスライムなので全然わかんないんですけどね」
と、俺は当たり障りない説明をした。
「ダンジョンアイドルとな?」
アオの頭の上にクエスチョンマークが数十個は浮かんでいるのが見えた気がした。
「ダンジョン洞窟をネット配信しているんですよ。だいたいはライブではなく動画ですね。入口で待ち伏せてる迷惑系ライバーいないわけではないですが……ネンちゃんは“厳怒環鳴”を主な活動場所にしているわけです」
「ダンジョンのプロというわけじゃな」
ほぉ、と、アオが鋭い目の光だ。
アオてダンジョンに興味あるんだ。
「はい!」
と、タテナシさんが挙手する。
「ダンジョンてどんな場所ですか!」
凄い基本的なことを質問していた。
「えっと……」
ネンちゃんが困ったように視線を動かす。突然、捕まって質問されても困るよな。まったくタテナシさんは!
……だが俺もちょっと聞きたいかも。
「私が答える流れだよね? ダンジョンて何?という質問か……良い視点だよね。当たり前すぎてつい見過ごしちゃう基礎だよ。スキュラさん、えっと」
「タテナシです」
「はい、タテナシさん。ダンジョンね。ダンジョンの発生した原因てのは諸説あるのだけれど、取り敢えずは、今、古典ダンジョン学における定義の、ダンジョンてのは人類の中央値である3mよりの深く密閉空間内にあるものと前置きするね」
ネンちゃんは博物館の学芸員みたいな、耳に心地よい声で、興味を引き立てるような口ぶりで話を続けた。
「タテナシさんが気になるのは初期ダンジョン形成過程の要因についてが近いと思うんだ。この条件ダンジョンがどうして自然発生するのか? という、起因の条件ね。さっきも前置きしたように諸説があるくらいにはハッキリしていばいんだ。それでも有力な説てのはあって、ダンジョンはダンジョンシードというもの、要するに、ダンジョンの赤ちゃんが成長して周辺の環境を取り込みつつ、変化した姿なんじゃないのかて言われているんだ。ダンジョンシード自体が、ダンジョン発生を説明する上での架空の物質なんだけどね。まだ発見されてないんだよ」
アオ、タテナシさん、ぽかんとしていた。
ネンちゃんは凄い喋っていたな。
ドールスライム種族だから息継ぎが凄いのだ。肺の器官が大きく人間の中でも違っていて、果たして同じ人間とカテゴリーすることは正しいのか議論になるほどだ。
俺は腕を組んでうんうんと唸る。
ダンジョンの専門はさっぱりだ。
「す、すみません話し過ぎました」
「そんなことないのじゃ! 大変に有意義な話であった。ダンジョンについて深い知識があるのじゃな」
と、アオがフォローする。
俺は、少しだけ、驚いた。
「はい。ダンジョンに関する講義を幾らか受講して単位も取っているんですよ。放送大学ですけど。昔は、ダンジョン博物館の学芸員になるのが夢だったんです」
夢だった。
学芸員にはならなかったのか?
なんて野暮な質問は無かった。
「そうだ!」
と、ネンちゃんが両手を打つ。
「皆さん、私のことはネンちゃんと呼んでくださいますか? せっかくならお友だちになれたら、その、良いなぁと思ったのですが……」
ネンちゃんの声が小さくなる。
尻すぼみとはこのことだろう。
「いいぜ! ネン!」
と、俺は歯を見せながら親指をたてた。
「俺たちが今日から友だちだ!」
アイドルだ、アイドル。
超大物だぞ!?
そりゃあ興奮するよな!
俺の目線とネンの目線が──合う。
「!」
「!」
俺の頭から背筋に電撃が走った。
バカな……俺はそれを知っている。
アオやタテナシさんに感じた衝撃。
俺の心臓が激しく鳴り始めていた。
嘘だろ……まさか、恋をしたのか!?
アオとタテナシさんがいるのにだぞ!
「……」
ネンの、ドール部分の動きがぎこちなくなる。なめらかそのものだった動きが、急に、下手なマリオネットみたいだ。
「ツナ! 民主“厳怒環鳴”に来てください。ちょっとだけ案内させてください」
「お、おう!」
ネンが俺の手を引く。
いや凄いパワーだぞ!
俺はずんずん引きずられた。
そんな最中、なにやら考え事をしていたようなタテナシさんが言う。
「タテナシと呼び捨てにして、ツナ」
タテナシと呼び捨て……。
俺がそんな呼び方許されるのか?
だって……俺だぜ?
とかなんとか考えているうちにも、ネンに腕を引かれてレッツゴー厳怒環鳴していく。
「タテナシ。ダンジョンの秘密をともに解き明かそうぞ」と、アオが言っているのが聞こえた。
「うん。へんてこな世界の異変だものね、アオ。ここは一時休戦だ」と、タテナシは握手をしていた。
尻尾と触手だ。
夏休みだし、自由研究するのだろう。
テーマはダンジョンか……。
おもしろそうだな!?
ネンも専門だし、良いな!
「ツナさま」
……“さま”?
思わずネンの顔を見てしまった。
美少女で可愛くてかっこいい系。
俺はどきどきしてしまった。
「ツナさまのこと好きかも? です」
と、ネンは照れながら小声で言う。
……世界樹だ!!??
俺はアオとタテナシ……さん、の、マックスラブ状態並みに心臓が激しくポンピングしているのを胸に手を当てなくともわかった。
脈という脈がエベレスト並みだ。
「きゅう……」
「ツナさま!?」
「ツナくん!!」
「どうしたのじゃツナ!」
俺は恋を制御できず倒れてしまった。
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