第14話「それってダンジョンだよね?」
「ダンジョン?」
「そうじゃ! あれ、あれなんじゃ!?」
「そうですそうです! な、なにあれ!」
アオとタテナシさんが何か言ってる。
二人が指差すのはテレビだ。
ニュースにはいつものダンジョン予報。
いつ小規模ダンジョンが発生するかだ。
今日は、近場で、20%の確率で起きる。
毎日何回も見ている必須情報だ。
俺はアオとタテナシさんを見る。
二人ともかーなり焦っているな。
テレビのダンジョンについてだ。
ダンジョンは、日本では常識だ。
だがアオとタテナシさんは今日知った。
産まれてからずっと見てきただろう、ダンジョンという要素をアオとタテナシさんは知らない。
常識的にありえないのだ。
数十年間見聞きしないのは、今日日、山に暮らす原始人であっても不可能なのだ。
だがアオとタテナシさんは知らない。
俺はアオとタテナシさんを──見た。
「異世界、いや、平行世界から来たの?」
「違うのじゃツナ! 世界が上書きじゃ」
「いや、アオ! 本当にそうなのかな?」
「どういう意味じゃ、タテナシ」
「……僕達、平行世界にいるかも」
「な、なんじゃと?」
「テレビを見て!」
「……なんじゃ、これは……」
テレビには日本国大統領と日本国首相が平和式典に参加しているニュースだ。あのキメラ・マーピアン大戦から八〇年は経つな。
「知らない世界だとショックだろ。ソファに腰かけてろ。ココアを入れてやろう。甘いものを飲めば落ち着くぞ。それともホットチョコに?」
と、俺はアオとタテナシさんに訊く。
「ココアじゃ!」
「ココアで……」
元気そうでなによりだ。
ガスコンロに火をつけた。
水を入れたヤカンをかける。
マグカップを二つ用意。
ココアと砂糖は多めだ。
俺は湯を沸かしながら訊く。
「ダンジョンが気になるなら仕事前に見てみるかい。すぐ近くに洞窟があるから入れるぞ。綺麗なところだ。涼しいしな」
「行けるのかや?」
「行けるの?」
「行ける、行ける、すぐ近くだ」
ちょっと待っててよ。
俺は新聞を漁った。
何日か前に、夏祭りの知らせが……。
あったぞ!
「ほら、ここだよ」
と、俺は新聞紙の一面を見せた。
それからはあっという間で早かった。
手弁当で行ける気楽な場所だ。
自転車でも行ったことがあるが、今回はバスを使った。バスてを五つほど越えて料金は五〇〇円だ。
バスがドアを閉めて走り去っていく。
降りたのは山の中、舗装された道路以外には、森、森、森の木々というような場所で、あちこちの木からは蝉の鳴き声が響いている。
「着いた~!」
タテナシさんが、バスが過ぎ去ったのを確認してから元気いっぱいの声を上げる。
アオは大きな日除けの帽子を被っていて、扇子であおぎながら口を開けて舌を出していた。尻尾が九本もあるからな……暑いだろ。
「アオ、大丈夫?」
と、俺は日傘をさした。
大きな影がアオの体を隠す。
「へ、平気じゃ……」
清涼な空気に満ちてはいる。
粘つく暑さでないのは救いだ。
「うーん、良い空気!」
タテナシさんは朝からこんなだ。
「ツナくん! 宿がある!」
と、タテナシさんが指差す。
指……タコ脚の触手で、だ。
小さな旅館が、山道から見下ろした場所にポツンと建っているのが見えた。丁寧にも、くだるために階段も整備されている。
「ダンジョンアタックで外から来る人もいるからな。手ごろだし、未成年のプチ冒険も。お泊まりでな。それで何年か前にできた旅館だよ」
「へぇー」
アオを見る。
すっかり熱を溜めているようだ。
「少し休んでいくか」
「いやじゃ。ダンジョンへゆくぞ!」
と、アオは強行しようとする。
そんなにダンジョンが好きなの?
アオの日射病が心配だ。
ダンジョンの中のほうが涼しいか。
あれは洞窟だからな。
「タテナシさん」
タテナシさんが標識を見ている。
旅館に続く階段にあるものだ。
そこには『厳怒環鳴』とある。
厳怒環鳴。
ゴンドワナだ。
古い大陸の名前だな。
「……なんか、暴走族の名前みたいだよ」
タテナシさんが呟く。
「こら! 思っても口に出すな!」
と、俺が言うと、アオが「ぶッ!」と吹き出していた。「屁?」と俺が聞いたら尻尾でどつかれた。
冗談なのに!
「ダンジョンの名前ってカタカナなんだ……でもこの当て字は絶対、町内会の飲み会のノノリで決めてるよ、絶対」
「確かにそう読めるのぉ」
アオとタテナシさんが看板を見る。
二人は同時にまた吹き出していた。
「厳怒環鳴」
「言うのやめるのじゃ……ぶッ!」
「ぐぅ……ツナくん、勘弁してよ」
「厳怒環鳴」
ばしんッ!
理不尽!?
◇
「おぉー、本格的!」
タテナシさんは一番に、ダンジョンへ体半分入って、ダンジョンに声を跳ね返して遊んでいた。洞窟型のダンジョンで声は何度も反響しながら奥へと響いて小さくなっていく。
「中に人がいるよ、タテナシさん」
「え゛ッ!?」
俺はダンジョン入り口の標札を見る。
一組、ダンジョンアタックしていた。
標札が二つ無くなっていて名前と日時が書き込まれている。遭難対策だ。アタックは今日の朝一番で、俺達より少し早かったらしい。
俺は名前を確認した。
見覚えのある人物だ。
アタックしてるの知り合いだな。
まだ帰ってきてはいないようだ。
一応、気にかけておこう。
漫画じゃあるまいしだが。
モンスターいなくてもだ。
遭難や衰弱は怖いものだ。
「ほら、みんなー、名前書くよ」
俺はツナと書いた。
アオはアオと書いた。
タテナシさんはスーパー美少女と書いた。
日付けと時間も描いて、と……よし!!
一応、ダンジョンアタックの任意の届け出をネット経由に提出しているが念のためだ。
「それじゃ、散策してみるか!」
真夏の陽の光が透かされた森とも違う、冷たくて暗いダンジョンは、ちょっと怖くて、この先には何があるのかわからない、知りたい、見てみたい冒険心がうずいてくる。
しかし、アオとタテナシさんがダンジョンを気にしていたから来たわけだが……俺の内心とは対照的だ
アオは九の真白い尾がしょんぼり。
タテナシさんは触手以上は進まない。
「行かないのかい?」
「い、行くが!?」
「そうだよ! ちょ、ちょっとね!?」
「タテナシの言う通りじゃちょっとじゃ」
なあにが、ちょっと、なのよ。
俺はストレッチして体をほぐす。
そういえばアオとタテナシさん、いつのまにか仲良くなっているんだな。……世界樹の呪いの件を思い出した。
ハーレムにするんだろ。
アオかタテナシさんのどちらかを切るような選択をすれば呪いはどんな反応をするのか想像もつかない。
最悪……取り返しがつかないかもだ。
受け身じゃダメだろ、ツナ。
俺から引っ張らないと!!!
「ダンジョンで気がついたことはないか? 明るいんだ。懐中電灯を持ってきてないだろ。ダンジョンの地質は基本的に、目の色覚か感度を良く刺激して、一定の視力を維持してくれるんだ」
誰も聞いてないし!
アオとタテナシさんは話し込んでいた。
俺の渾身の豆知識を披露してたんだぞ。
「ダンジョンなんてあったかの」
「無い、絶対にないよこんなの」
「しかしツナは普通だと思うておる」
「……比較して差異があるのはダンジョン」
「と言うことは差異を調べればよいの」
「うん。違いに、ヒントがあるかも」
「しかし……不気味じゃな」
「僕、洞窟みたいなの苦手だ……」
「儂もじゃよ。昔、母上に物置きへ閉じ込められたとき以来の感覚じゃ。鳥肌が凄いのじゃ」
「尻尾もふもふだから大変だね」
おや……?
俺はストレッチをやめた。
ダンジョンから足音だ。
俺は足音に耳を向けた。
「アオ、タテナシさん、誰か来るよ」
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