第12話「まあまあの映画」

 ところで、アオは映画が好きである。


 アオは決してマニアとは言わないが。


 アオの好きなジャンルは雑食だ。


 アオはなんでも映画を観ている。


 それこそ面白くない映画でもだ。


 今、俺はアオとデートをしている。


 後ろにはタテナシさんがいて鼻で笑う。


 アオは羞恥で真っ赤であり、放熱の九本尻尾は北極の氷山も溶かす勢いだ。


 主に俺をリードしてお姉さんしようとしたら、ポップコーンの注文でどもり、品切れであたふたパニックになり、上映会場がわからず迷子になり、ジュースをこぼして映画の山場の前後三〇分はトイレにいたし、がぶ飲みしてトイレを我慢して蒼白で映画どころではなかったろう。


 アオの名誉のため詳細ははぶく。


 アオとタテナシさんは尻尾の長さあるいは触腕の長さで近すぎない程度に間合いをとっている。


 俺が孤立しているわけだ。


 超美少女が二人で両手に花だ。


 だが映画館に来た子供に「あのオヤジ、一人で女向けアニメ見てる! 変態だ!」と言われたが、まあ良いさ。


 映画館の出資者はな、俺だぞ?


 そういう気まぐれだってあるさ。


 美少女戦隊巫女バスターズ好きなんだ。


 エッチな巫女戦士がいっぱいいるんだ。


 良い子のお嬢さんがたには秘密だがな。


 なお、アオ企画の映画デートは三本め。


 三時間映画を三本通しはちょっと疲れた。


「少しずつ早いが夕食にしないか」


 腹がぺこぺこだ。


 俺は、アオとタテナシさんを呼ぶ。


 手招き、手招き、淋しいじゃない。


 俺今ひとりぼっちなのよ?


 というわけで、アオとタテナシさんを回収した。彼女たちと手を繋いで、どこに行こうかと考える。


 浮気者だろう。


 だがちょっと楽しかった。


 あんまりこういう経験は無い。


 次はどこに……いやご飯だな。


 タテナシさんの左手が俺の右手に当たる。


 汗かな?

 

 目線を下げた。


 そういうこともあるよな。


 俺も小学校の時の発表会はそうだ。


 しばらく手袋を外せなくなったな。


 ただ、違ったのは、そこ。


 俺の視線が吸い込まれた。


 白い太もも。


 ショートパンツ。


 タテナシさんのスキュラ種族の蛸脚が、あの派手な警戒色の生足が真っ白になりかけていた。


「タテナシさん!?」


「……へーき、食い縛ってついてく」


 そういうタテナシさんから正気が抜ける。


 涼しい風と湿度の館内。熱中症ではない。


 タテナシさんの体力不足だった。



「無茶せんでくださいよ。俺が気がつかなかったのもあれだが……」と、俺はタテナシさんを介抱中だ。


 商店街の小さな映画館“アクションホール”を出た俺達は、タテナシさんの体力回復の為に交流センターに来ていた。


 様々な遊具や施設で、子供から老人までが一同に会したりイベントをしていたりする使節だ。


 夏祭りの準備に、馬のように足を畳んでいるテントが並んでいるが、祭り前だし暑いしで外に人はあまりいない。


 対して館内は冷房が効いていた。


 巨大テレビでニュースを観ているホールの老人がたがいたり係員がいたりする。


 タテナシさんは外だ。


 大量の水が流れる遊び場にいる。


 水の中にいるタテナシさんてモンスターパニック映画に出てきそうだな。なんて失礼なことを考えていた。


 女神があらわれた。


 水を散らし。


 水を垂らし。


 濡れた髪をかきあげながら浮上する。


 キラキラと太陽に雫が反射していた。


 あらわれたのはタテナシさんだ。


 浮力を使いスキュラ種族の蛸脚で持ち上げられたタテナシさんは。普段よりもずっと大きい。


「生き返った!」


「死者蘇生だな」


「そ、そこまでじゃ……」


 ちょっと滑った。


 ちょっと恥ずかしい。


 ちなみにだが──。


 アオも暑さにやられて、木影で涼しい水遊びの場所にいたのだ。いたのだが、九の白き尻尾がナナフシみたいに細くなってから隠れてしまった。


 今日のアオはポンコツだな。


 なんかこう俺の内側がむずむずする。


「ツナ、見てくれた?」


 と、タテナシさんは滑るように水中を泳ぎ近づいてくる。実に軽やかな動きだ。水をえたスキュラだな。


 綺麗だな。


 タテナシさんは、本当に美しい。


「エロい」


 俺は水をかけられた。


 タテナシさんは大笑いだ。


 タテナシさんじゃ自慢気に美しい曲線美の胸を逸らし、触手を添えながら言う。


「美少女を魅せてるからね!」


 何を言っとんじゃ。


 俺は足を使いタテナシさんに水をかけた。


 タテナシさんは雫を浴びるまえに隠れた。



「よッ!」


 と、俺はアオに缶ジュースを投げる。


 アオは尻尾の一本で軽々受け取った。


 その尻尾は、まだ、少し濡れていた。


「タテナシと遊んでおれいバカもの」


「怒らないでよアオ。本当に……二人とも大切なんだ。だから仲良くしてくれると助かるな。俺も浮気の楽ができる」


 思いっきり頭をはたかれた。


「……わしは嫌じゃ」


 と、アオは桃ジュースの缶を開けて一気に飲み干す。ごくごくと喉を通るのが見えた。アオは上向いて、剥きだしの喉。


 流れるたび少し動く。


 アオはケモノの顔モードだ。


 ノーズの頭であり口と鼻が前に長い。


 そんなアオが上を向くとおにぎりだ。


 頭が落ちた。


「な、なんじゃ!?」


 ごふっ、と、アオがむせる。


 あれ?


 俺、首が落ちた?


 目の前がほとんど見えないほどすぼまる。


 体が思うように動かない。


 頭が叩きつけられる寸前、アオの尻尾に受け止められていた。そのまま抱きかかえられながら言われた。


「日射病じゃ」


 と、アオは魔法の水を作る。


 小さな水の玉はあっという間に大きくなり、それは俺の首から下をすっぽり包んで覚ましてくれた。


「頭もやられるから、す、少し、の」


 と、俺の頭が包まれる。


 尻尾は体を包んでいる。


 俺の頭は、アオの人の腕が撫でていた。


 冷たい手で茹でかかり頭が冷えていく。


「たわけ。タテナシとはしゃぎすぎじゃ。種族さというものがあろうに。たわけ」


「たわけて二回も言わんといてくれ」


 アオは、タテナシさんと一緒にいるときの雰囲気と全然違う。いつもの柔らかな雰囲気だ。


 柔らかいか?


 たわけ言われたが。


 それが可愛いのだ。


 強くて凛々しくて、お姉さんな妹。


 アオのそういうとこが好きなのだ。


「……」


「アオ?」


 アオの雰囲気が少し変わる。


「なんでもないのじゃ」


 と、アオは言うが、顔はケモノフェイス。


 長いノーズのお狐様は、ふわふわのぬいぐるみと、ちょっと濡れた鼻が、ちょっとだけ熱がこもっている感じだ。


「日射病になる。もう少し涼しいとこに?」


「へーきじゃ! もう少しそこにおれい」


「そうかい? 俺は平気だけど」


「たわけ。お主こそ心配じゃぞ」


「倒れてたのは俺だしな……」


 言い訳できねぇ。


 アオの作った魔法の水球が、かなり体を冷やしてくれていた。こもっていた熱は感じられない。


 綺麗な川に流されているようだ。


 冷たくてゆらゆらと……いや死ぬなそれ。


「アオ、顔が近い」


 視界が窄まるような感覚のなか、アオが大きくなっていた。魔法を使いすぎたのか胸は小さくなっている。毛でもふもふで巨乳なアオだが、あれで魔力タンクなのだ。


 アオは秘密にできていると思っている。そういえば彼女の胸が大きくなったのは……。


「蛸女に奪われる前に口付けするのじゃ」


「アオの特別にしたい?」


「勿論じゃよ?」


 俺の力無い手がアオに押さえられた。


 困ったな。


 アオに攻められると興奮してしまう。


「……あのそこまでは期待せんどくれ」


「今のアオがエロ過ぎて生理現象です」


「エロいとかはおなごに言うべきでは、の」


「でもアオは、女として良いよ」


「たわけが。ならば……」


 アオは続きを言わなかった。


 ただ、俺の体を抱きあげながら顔を寄せる。

 

 アオの尻尾ではなく腕が俺を抱いた。


 アオの狐耳があさってに向いていた。


「アオ、許さないよ」


 とはタテナシさんだ。


 探し当てたのだろう。


 そりゃあ一人は不安だ。


 重い頭を回せば、タテナシさんは迷子の子供みたく目を怒らせている。悪いことをしたな……特別を約束したのに……悪いことをした。


「やあタテナシさん、ごめん、ね」


 俺の体を覆っていたアオの水気が引く。


 立つ……立った?


 間隔が不確かで、暗闇が広がった。


 あー……全然回復とかしてないか。


 頭がすごく重い。


 でも考えがぐるぐる回る。


 アオでも、タテナシさんでも、受け身のままだと絶対にどちらかに傾き過ぎてしまう。そう、それは、凄く困る。


 等しく愛する。


 矛盾してしまう。


 不満を強めてしまう。


 どうしようか?


 決まってるだろ、ツナ?


 僕から積極的になるんだ。


 不満を感じそうになる前に、僕から先手を打ち続けるんだ。待っていれば良いなんてぬるいことは許されないんだ。立って僕はもうハーレムを宣言して修羅なんだから。


 弱音を言えるか?


 ノー!


 恥ずかしいとか言うのか?


 ノー!


 できないとつきかえすのか?


 ノー!


 不可能でもやらなくちゃなんだ。


「つ、ツナ、まだ安静に……」


 と、アオが心配してくれる。


 だが俺はもう大丈夫だ。


 まだ情けなくも声がでない。


 体が弱っている姿を見せる。


 鍛える、体も、心も全てだ。


 アオもタテナシさんも悲しませぬ。


 寂しいと感じさせろ暇も許さない。


 それがハーレム宣言をした男子だ。


「きゅう……」


「わッ! タテナシ、救急に電話!」


「ケータイ! ケータイかけよう!」

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