第11話「認めたくない敵!」

 さぁて修羅場だぞ?


 俺は土下座で額を擦りながら考えていた。


 九尾で締め上げられるのも時間の問題だ。


「……は?」


 と、アオのドスが効いた声だ。


 そりゃあそうだよなあー!!


 俺だってアオが浮気とかフタマタしてたら、すっげぇショックだもの。俺だけを見てほしい、俺だけのものであってほしい、特別なアオでいてほしい……願うもの!


 だが……だが!!


 打ち明けられない秘密を隠したまま、俺は、堂々の浮気宣言をしなければならない!


「アオも、タテナシも平等に宇宙で一番愛していると誓うから!!」


 俺の声は震えていなかった。


 アオの、歯が、きしんだ音。


 アオは歩き始める。


 やばい──俺は短距離走の選手並みに全身を使って加速してアオに組みついた。


 それはダメだ、アオ!


「ツナは後じゃ。雌蛸をボコボコにする」


「宇宙で一番愛しているアオ、それは勘弁してくれ! 代わりに俺の全身の骨と臓器の半分を捧げるから『二人同時に交際すること』を許してくれ!!」


「ツナ。ツナ……わしもツナを愛しておる」


 アオの体から力が抜けた。


 俺はアオの尻尾に立たされて、抱かれた。


 アオは、手放したくないと、固く、逃してしまわないよう、強く、抱きしめた。


「どうしてじゃ? わしが悪いならなおす」


「アオは何も悪くない。むしろ最高だ。最強で、美人で、可愛くて、最愛だ」


「ならば! なぜ不貞を働く」


「それは……平等に愛しているからだ」


「あのタコ女をか!? わしと並べるか!」


「バカー!!」と聞こえた気がした。その時には俺の頭の真横には尻尾がパンチをしていてきりもみスクリューしながらバウンドしていた。


 死んでしまう……。


 いや不貞を働いた痛みなんだこれ。


 この程度はアオの痛みに比べれば!


「……いてェ……」


 信じられないくらい痛かった。


 部屋にはアオだけではない。


 タテナシさんも一緒なのだ。


 まさか隠して浮気なんてな!


 できるわけがないだろうな!


……堂々と浮気宣言しても、アオに殺されなかったのは運が良いぞ。おみくじの小吉くらいの幸運だ。


 問題はこれから。


 アオに告白して自然にお付き合いしている……付き合ってるでいいんだよな?


 やめよう。


 タテナシさんを紹介……。


 アオとタテナシさんを天秤にしていると恥知らずを言っているわけで、アオが大激怒しているわけなんだがな。


 初めて見た。


 アオがこんなに心剥きだしなんて。


 タテナシさんの影響だな。


 アオは心中穏やかでない。


 アオを追い詰めてしまっている。


「信じられん、このたわけが!!」


「面目しだいもありませんで……」


「このわしがいながら浮気じゃと!?」


「はい……」


「わしが一番ではないのか!?」


「一番です、アオさんが」


「嘘をつ・く・な〜!!」


「ギブアップ、たんま!」


 俺の襟をアオの尻尾が吊り上げた。


 足! 足が浮いて持ち上げられてる!


「……羨ましいな、そういう関係って」


 タテナシさんがぽそりと呟いた。


 アオの九尾の締めつけが弱まる。


 俺の足は地上に帰ってきた。


 けほり、と忍んだ咳が出た。


「……タテナシさん。今のは『恋人関係』が羨ましいと言うておるのか?」


 アオの獣の瞳が細まりながら続く。


「それとも純粋なやりとりを見て?」


「両方……かも、アオさん」


「アオて呼ぶのじゃ、タテナシ。わしもお前様をタテナシと呼ぶ。それで──」


 アオの周囲の熱が下がる。


 放熱の白毛の九の尻尾が、毛並みを逆立て普段ならば熱を放っている筈なのにだ。


 つまりは特大のヤバい事態だ。


 アオは魔法を練っているのだ。


 魔法分子に魔力を与えている。


 確定された魔法分子性質はたぶん熱か。


 熱変換された余波で気温を下げている。


 冷たさは熱さだ。


「アオ」


「ツナは静かにしておれ」


 尻尾に物理的に口から塞がれた!?


「タテナシもツナの恋人になりたいのか?」


「え?」とタテナシさんも意表を突かれた。


 俺が口を挟もうとすれば、アオの尻尾はより強く押さえつけてくる。いや窒息しちゃうのだが!?


「もがもが」


「ツナ、おとなしくしておれい」


 まったく、と、アオはあらたまる。


 アオの青の獣の瞳。


 鋭く、日向で細まり鋭い。


「憧れるよそりゃあ!」


 タテナシさんがアオに盾突く。


 声を荒げたタテナシさんは初めて見た。


「なにそれ!? イチャイチャしてさ!」


「い、イチャイチャなどしておらん! これは折檻しているだけじゃなあにを勘違いしておる!」


「イチャイチャじゃん! 特殊プレイですかッて! 僕が惨めじゃないこれじゃあ!」


「どこが惨めだと言うのじゃ、タテナシ」


「アオとツナくんは僕よりもずっと昔から知り合いだ。僕なんて一目惚れでしかないのに、ツナくんを知るのはこれからなのに!」


 と、タテナシさんの八脚が地震を起こす。


「自分たちはなんでも知り合っているみたいな! あうんの呼吸みたいな! そんなの見せつけられちゃ僕、ただの当て馬だとか道化だとか間抜けじゃん! どんなののしりも受ける覚悟できたのに、そんな……!」


 タテナシさんは睨む。


 タテナシさんの四角い瞳が歪む。


 瞳が写しているのは……アオだ。



 さぁて地獄だぞ?


 いや、大天国な?


 海鮮料理の美味い“騎士の凱旋道”だ。


 どでかい海鮮丼が出てきた美味い店。


 そこの座敷に俺、アオ、タテナシさん。


 窓の先にある、見晴らしの良い、美しい文明の輝きさえ霞むような美少女二人と同じテーブルであるからこそ、俺は戦地にいた。


「ささ、平日昼間の酒ほど美味いもんだ」


 と俺は、アオとタテナシさんにしゃくだ。


 バランスの良い月本酒だ。


 米の酒だな。クセが少なく澄んでいる。


 逆に言えば酒豪には物足りないくらい。


 だが話しあいの酒として酔いすぎない。


 アオはお猪口を一息であおる。


 それを見たタテナシさんもそうした。


 お互いのお猪口は乱暴に机を打った。


 乾いた音は、店の天井からぶら下がるテレビより流れている番組の声に少し消されていた。


「……で?」


 キッとアオのケモノ目が睨む。


 眼光が鋭いから怖いが……いつものアオだ。怒っているようで、少し、いや、怒ってはいるが?


「ツナ! 午後はどうすると訊いておる!」


 時計はまだまだ午前に余裕がある。


 店に入ってからの時間が凄く遅い。


 そこへタテナシさんが烏賊のウォータージェット並みの速さで切り込んできた。


「ツナくんは僕とデートですけど?」


「えぇい、えぇい、でしゃばるな!」


「そういうアオの口からまだ聞いてないから僕の勝ち。アオは特に予定はないけど、僕にはある」


 タテナシさんが自分を指差す。


 スキュラの足でも長い二本だ。


 で、それでアオも指した。


「アオには無い」


 タテナシさんは鼻を鳴らして自慢気。


 優しさを感じる胸の丘はなだらかだ。


「あるぞ! ツナとデ……」


 アオと目が合った。


 痛い。


 無言の尻尾張り手で目線をどかされた。


「デート!? がぁ、あるからのォ!?」


 アオは自分から誘うのが恥ずかしいのだ。


 そういえば以前には、トイレに行きたいのを我慢したあげく、限界がきて、俺のスーツをびしょびしょにしたことがある。


 アオは気が強いように見えてしまう。


 しかしアオは意外と繊細なのである。


 だから、アオからのデートは驚いた。


「やけるねぇー」


 と、海鮮料理の美味い“騎士の凱旋道”の居合わせたマーメイド種族が歌うように茶化してきた。


 タテナシさんの触腕──烏賊が獲物を捕まえるときに使う長い二本の足で先端が膨らみそこに吸盤が集中している腕──が、矢のようにマーメイド種族を打ち落とした。


「あんた! まあた茶々してもう!」


 と、気絶したマーメイド種族が、歩く鯨に軽々と運ばれていったがそれはどうでもいいな。


「お前には渡さぬ」と、アオ。


「貴方に渡さない」と、タテナシさん。


 わかっていたが、修羅場だ。


 矛先が俺にないことが辛い。


「二人とも! 俺の責任だから!」


「あたりまえじゃ!」


「あたりまえです!」


 ぎゃふんである。

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