√タテナシ?“鏡よ鏡よわたしの…”

「変な女の子だと……思ってません?」


「タテナシさんに想うわけがないよ」


 学園の食堂。


 騒がしいオープンスペース。


 廊下を渡ってすぐのコンビニ。


 テーブルには、学生らが座る。


 だが講義中の時間であり人は少ない。


 そんな、静かではない公共の場所だ。


「広いねえ……」


「学園は大きい」


 と、俺が言っているそばで、タテナシさんがパンを食べている。丸っこいバターパンを股間に押しつけて震わせていた。


 やめい。


「凄いよ、ツナくん、溢れてくる」


「口を縫い合わせちゃいますよ?」


「濡れる」


「やめい」


 マジで。


「なんかタテナシさん楽しんでる! セクハラでしょこれ、なんらかの法に触れちゃってるはずだぞ」


「異種族の肉体、的、構造の違いだから……」


 と、タテナシさんは食べながら昇天しかけていて体を健康的に伸ばして、ビクン、と大きく跳ねた。


 フードジャンキーかな。


 食べることが快楽なのだろう。


 そういう人間もいるのだろう。


 俺も食事だ。


 タラコスパゲティ(温め済み)だ。


 使い捨てフォークで溶けたバターとタラコを混ぜ合わせながらパスタと一緒に巻いた。


「僕はさ、この近くに住んでたんだ」


「今もタテナシさん暮らしてるだろ」


「中学校と高校は別なんだよ」


「進路の関係か」


「う〜ん、ちょっと困るな。でも決めたから話しちゃうよ、ツナくん」


 え? 重い話?


 俺、飯食べてるんだが。


 タラコスパゲティ食す。


「ぷっ……その顔やめて!」


 と、タテナシさんが「おほほ」と笑う。


 俺スパゲティ食べるだけで笑われたが?


「あー、おかし」


 と、タテナシさんは目元を拭く。


「ツナさん」


 タテナシさんは穏やかな顔なのだろう。


 ある意味ではぼんやり、しかし、仮面のような無表情のまま、話してきた。


 彼女の四角い目は外されている。


「好きです」


 タテナシさんの告白だった。


 不思議と俺に驚きはなかった。


 別にモテるわけではないが……。


 だが、空気の雰囲気てやつだ。


 俺の答えは決まっている。


 俺にはアオがいるのだ。


 アオへの裏切りになる。


 だから断ろう、炭酸ヨーグルトを飲み干す。


「タテナシさん──」


 俺は見た。


 全部諦めてるタテナシさんの顔だ。


 俺の言う言葉を知っているのだと。


 ただ、タテナシさんは待っていた。


 俺は言いよどんだ。


 迷っていることがアオへの裏切りだ。


 それはわかっている、わかっている!


『タテナシさんの肩に世界樹の葉が乗る』


「!!!!!!!!!!」


 世界樹の葉は人の形をとっていた。


 鎮樹祭のときに見たように、だ!!


 タテナシさんは気がついていないのか!?


 他の生徒も異変には気がつかないのか!?


 世界樹の精霊とでも仮に呼ぶものは、耳目を微塵も寄せることなく、タテナシさんの真横の立つ。このアウラウネもどき何をするつもりだ。


 俺がタテナシさんの告白を断る……。


 俺は人間以外を愛する呪いを受けた。


 もしタテナシさん、俺とは違う種族の愛を、俺が断ったらペナルティはあるのか?


 そしてそれは誰がどのレベルで受ける?


 俺だけで良い。


 憎悪も全部受け止める!


 タテナシさんからの好意をハグする。


 なあに指くらい……手足の一本……つ、爪くらいで勘弁してもらえないかな……。とにかく死ぬよりも恐ろしいアオからの拷問を覚悟しよう。チンコ切り落とされるかもだがそれは回避したい。土下座じゃ絶対にたりないな……。


 覚悟完了。


 俺は決めたぞ。


 な、なあに一〇〇人友達を作る?


 小学生の歌でもあるじゃないか。


 好きな女が一〇〇人いても良いな!?


 でも──。


 世界樹の呪いなんかが理由じゃない。


 俺は、アオとタテナシさんを選べないほど好きなのだ。心から好きなのだ。


 アオが嫌いではない。


 アオは大好きだ。


 アオを愛している。


 アオのために大抵のことはできる。


 だが、タテナシさんは同じなのだ。


 わがままだ、不義理だ。


 だからこそ俺の意志だ。


 俺の選択で決めるのだ。


「タテナシさん──」


 俺はタテナシさんの手を包む。


 真っ直ぐにタテナシさんの四角い瞳を見た。


「──好きだ。心の底から愛してる」


 だから、と、俺は続けた。


 素直な言葉で言ってしまう。


「タテナシをもっともっと知りたくなった!」



 あーあ……。


 言っちゃった。


 僕はベッドの上で漠然と天井を見る。


 ツナくんにはどんどん僕を見せたよ。


 いつもよりペースがどんどん早くなっちゃったのに、ツナくんは深海魚かーてくらい、僕の色々な一面を食べちゃった。


 恥ずかしいとこも。


 ちょっと可愛げなとこも?


 でも、これからが怖い……。


 もっと僕の嫌なところを知られる。


 怖いところ、不愉快で苦手なとこ。


 知りあえば、知られてしまうから。


 ギュッとぬいぐるみを抱きしめる。


 僕と同じような姿をしたぬいぐるみだ。


 僕を好きになれるのは僕だけと思ってた。


 昔──。


 小学生の頃、好きな子がいた。


 仲良くしたくて、そのためにはたくさん、僕を知ってもらわないとと思ってた。


「気持ち悪いんだよお前!」


 信じられないくらい拒絶された。


 蛸型スキュラの下半身だからと、人気者だったその子と仲間から何年も虐められることになった。


 学校は多くはない。


 特に理由がなければ、同郷の子供は同じような学校を上がっていく。僕の幼馴染たちも同じ。


「タコ女!」


 ずっと耳に残ってる。


 蛸足……それは、そう。


 僕の体なんだもの。


 嫌っても好きでも、僕なんだ。


 好かれないなら、僕が好きでないと。


 僕をプロデュースする。


 僕を好きになってください。


 鏡を見て、もう一人の僕をはげます。


 僕が僕を見ていないと。


 可哀想で醜いタテナシ。


 助けてあげないと!!


 他人事に考えて、悪いタテナシを助ける僕としてたけど……鏡を見る。


 大きな姿見。


 僕が、いた。


 履いてない太くて長い足が、足みたい。


 ツナくんが僕を見ていたら?


 顔が赤くなっちゃうのがわかった!


 可哀想な僕が受けるべき心なのに、僕が反応してちゃダメだろ!? 僕は、僕を広めるための裏方、関わらない、動かない心で……。


「……はやい……」


 僕は胸に手を当てた。


 三つの心臓が鳴っている。


 リズミカルにも激しく!!


 僕は、ツナくんのことが好きなんだ。


 本当にツナくんが好きっぽいんだよ。


……ごめん、可哀想な僕……。


 ごめん……本当に、ごめん。


 僕は、可哀想で笑われて平気な僕以外も、もっと、もっと、ツナくんと通じ合いたい!


 だから……可哀想な僕、さようなら。


 次に会うのはツナくんに振られたとき?


 はは……遠くはないのかな?


 いいさ、いっぱい、知りあいたい。


 僕の触手の一本まで味わってもらうよ?


 大嫌いだったタコ足。


 今は、もっと知ってほしい。






√タテナシ?“鏡よ鏡よわたしの…”〈終〉

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