第10話「こわれもの」

「ちょっとドキドキするな」


 聴講生……というか申請していなかった。


 聴講でも、金取られるんだよな、普通は。


 なんでか追い出されずに見逃されている。


「まあよく見る形だな」


 教壇が一番低い正面で、教壇から放射状に机が置かれ、後ろに行くほど高い。いかにもな大教室て感じだ。


 ただ全体的にかなり広い。


 机や通路は幅広く余裕がある。


 階段のような段差ではないスロープだ。


 バリアフリーだな。


 設計から多種族相手を想定なんだろ。


 教授らしき人物が教室に入ってきた。


 講義で壇上に立つのは、三十代くらいのハーピー種族だ。強靭な脚部はいかにも陸上を走る鳥類て感じがする。


「……本日の講義で一五回で定期試験前の最後の講義でした。少し時間が余ったな。退出したい生徒は退出してよろしい。時間を潰すのに白銀条約の話をしよう」


 ハーピー教授は、講義をするというよりも、雑談をするラフさで椅子に腰掛けた。



「白銀条約。簡単に説明すれば、国際連邦国家の下にはいかなる身体的種族的不平等は許さないというものだ。強力な強制力が行使される根拠の条約でもある。警察機関を超えて、軍隊が動かせる恐ろしい条約だ」


 学生の一人が挙手した。


 ハーピー教授が指名する。


「平等を保障する条約とは素晴らしいものだと思うのですが……恐ろしい、の、意味をはかりかねます」


「よろしい。面白い質問だ。では私はハーピーだが、キミの種族……アウラウネ種族とはどこで進化を分岐したと考えるかね」


「確か──」


「──キミは体系を想像してハーピー種族とアウラウネ種族には同一の人間を否定する根拠を探した。それは違う種族を蔑む根拠としても通用する。自身とは人間ではないと言っているのと同じになり白銀条約に触れる大罪となる」


「……なるほど……」


「ご理解いただけたな。続けよう」


 ハーピー教授は雑談を続けた。


 その間、生徒はガサゴソと講義室の外に出て行く、あるいは講義は終わったものとして各々で話し始め喧騒は少しずつ大きくなる。


 それでもハーピー教授は雑談を続けた。


「タテナシさん、もう少し聞いてく? 俺はちょっと聞いておきたい。講義の終わりに話しておきたいネタだ、てのもあるしね」


「うん。前の席に移ろうか」


 と、タテナシは鞄をさげる。


 タダノリ聴講生だから怒られるかな、という心配もあったが、ハーピー教授は見逃してくれるようだ。


「他種族を尊重せよ、他種族を平等に扱え、他種族を均等に。尊重、平等、均等は白銀条約の柱です。平等と均等は似ていますが、均等のほうはつまり企業が採用する際、種族の比率を著しく崩してはならないということです」


 タテナシを見た。


 彼女の四角い瞳はどこまでも本気だ。


 ハーピー教授の講義へと向いていた。


「あなたはどう思いますか?」


 と、ハーピー教授が言う。


 なんならマイクが近づいてきた。


 完全に俺と目があっているんだが?


 答えないわけにはいかないだろう。


「白銀条約には個人の感想は言えません。絶対の法ですから。もし逸脱する行為があれば激しく批判されて再教育施設送りでしょう。ですので額面以上の白銀条約は存在していません」


「なるほど。無難ですね」


 当たり前だろ。


 差別した瞬間、警備員に通報される。


 特に、真新しい講義ではなかったな。


 講義室を出るとき、タテナシさんの腹が鳴った。飯でも食べるか、今日は何を食べようかな。


 と、俺が考えていると袖を引かれた。


 タテナシの腕……いや、脚だったな?


 タコ足の黄色に青輪が綺麗な触手だ。


 触手が俺の袖をそれとなく引いていたので、俺は握った。触手と握手だ。


「!」


「いや、驚くか?」


「驚くよツナくん」


 よくわからん……。


 ヌメついてはないんだな、触手。


 タコなのに。


 サラサラしている。


 陸棲だからなのか?


 人肌とそう変わりない。


「ツルツルだな」


「そうでしょ!?」


 と、タテナシさんが喰いついた。


「水棲の種族て湿った体が多いのだけれど、他種族の子にはそれが嫌がられるんだ。で、化粧のなかには保水とサラサラとを両立したのがあって、今日はそれをつけているんだよ。ツルツルでしょー?」


「スベスベだな。粉っぽくもない。もちもちしてる……あっ、これタテナシさんの脚の肉だった」


「失礼だねツナくんて!?」


 タテナシさんがサッと逃げる。


 俺は手を見た。


 タコを触った感覚だ。


「ご飯は何食べようかな」


「ふ、ふーん! セクシーな僕にセクハラしておいて白銀条約違反じゃないの?」


「大丈夫だ、タテナシさん。タテナシさんが通報しなければ平等監査官が俺を再教育施設には連れて行かない」


「他の人が通報するかも、ツナくん」


「あー、ありえるな。だけどタテナシさんが助けてくれれば、どうとでもなる。俺は全力で生きるよ」


「でも、僕を恨むんだろうね」


「冤罪だからなー。まッ、そう思うかもしれん。チクショー、あのタコ女のせいで! きっと思っちゃうな。だけど……」


「だけど? ツナくん続きが知りたい」


「俺はタテナシさんが思ってるよりも、ずっと、タテナシさんが好きだな。辛いことがあっても、好きであってしまうさ」


 やべぇ、マジでアオに殺されちまうな。


「タテナシさん……?」


 タテナシさんがポロポロと泣いていた。


 いつものような。七変化の顔ではない。


 無表情で無愛想で、でも、泣いたんだ。

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