第8話「多脚系煩悩純情少女」
俺はまた邪聖剣学園に通っている。
こっそりとな、守衛さんはマブダチだ。
俺は怖いもの知らずに訊いてしまった。
「タテナシさん、何してんだ?」
今日は邪聖剣学園の雷算室に、タテナシさんと一緒にお邪魔させてもらっているわけだが、普通は学生以外は入れないよう、カードでロックされている部屋だ。
監視カメラもある。
迂闊なことはしないようにしないとな。
「気になる?」
と、タテナシさんが言う。
俺がゾクゾクした。
ゾクゾクというか、骨のない肉の腕に尻を半分掴まれている。いや、足なのか? 黄色に青い輪の模様の肌、タテナシさんの下半身であり触手の一本だ。尻を触るセクハラではなく、俺の顔を寄せたいらしい。
パソコンのモニタは、魔法陣技術の応用で、空中に変数術式を使って雷子情報を写している。
横から見るだけでは読めないのだ。
だからタテナシさんと俺の頭を近づけて、リンクすることが一番手っ取り早い共有する手段というわけだな。
念話。
非接触型魔力通信みたいなもんだよ。
問題があるとすれば近くなることだ。
頰が触れるほど近い。
例えるなら猫に頬擦りする距離感だ。
「ツナくんはどんな食事が好き?」
「え? あー、俺は緑黄色野菜以外の肉だな。特に魚、生で冷たいヤツ。シャケの醤油漬けとか」
「なるほど。今度に一緒に食べよう」
「え? うん、良いぞ。探しておく」
「やった。誰かと一緒の食事は好き」
「好きな奴らと食べるのは良いよな」
「えー? 好きじゃない食事あり?」
「言葉のあや! 揚げ足やめてくれ」
「冗談! でも食事の約束しちゃった」
「ナンパだか絡まれてたときも、パン食べてたよな。腹減ってたのか? 適当なもの買ってくるが」
「あー……」
タテナシさんが途端に歯切れ悪くなる。
「僕、食べてるところを見られるのが好きなんだけど──」と、説明をしようとしたタテナシさんが続きを話すことはなく、茹でたタコくらい真っ赤になっていく。
「──確信的変態でなく羞恥あるんだ!?」
「あるよ!? 僕をなんだと!!」
「人前でスカートのなかに固いもの入れるてそういうことじゃん! 今!? 恥ずかしがるの!! 襲われてたときだって食べてた!」
「たまにはシチュエーションの違いだよ!」
どすけべスキュラじゃん。
トオルさん話が違いますよ。
いや、変態だとは言ってた。
と、言うことは問題はないのか。
「趣味もたくさんあるしな」
俺は、うんうん、と、腕をくみうなずく。
「僕が言うのもなんだけどツナくんて、かなり『変』だよ。絶対に変、普通じゃない、今まで会ったことないくらい変」
「俺は個性的だからな」
「そういう問題かなぁ?」
「変態なツナくんのふにゃふにゃをカチカチにしてあげよう」と、タテナシがコンピューを動かして、モニタを映す。
雷子ネットを使ったウェブサイトだ。
「大学のホームページ?」
「僕の、個人サイトだよ」
タテナシが表示させたのは、個人が雷子ネット上に作ったウェブサイトで、つまりはネットに繋がる全員に向けて公開しているページだ。
「オタクだな。雷子ネットも、パーソナルコンピュータも一般家庭にはほとんど無いだろうに。自作でホームページとは」
俺の手は自然とスクロールさせていた。
タテナシの手を無視して重ねてしまう。
「わッ!?」と、タテナシが手を引っ込める。
「すまない。タテナシさんの手に触れてしまった……て、どうしたんだ、茹で蛸みたいになってるぞ。それで? どんなホームページか気になる。『ロボットに関するもの』なんだろう?」
「え、あー、そ、そう!」
と、タテナシは、俺が触れた手を、タコ足で握りながら言う。
「専攻はロボットなんだ?」
「違うよ。まだコース選択前。大きい意味では電気系だけどね。でも魔法じゃない専門分野てどこの大学でもあんまり無いから……」
「独学、そしてネットで有志集めか」
「うん。トオルさんから電話があった。上手く売りこめよ、信頼してやれ、て。あんまり信用ない先輩だけど……」
確かに透明人間だしな。
俺はシンプルなページをスクロール。
工場単位の自動化計画とそのロボットだ。
流行りの飛んだり跳ねたり歌うメカじゃないのはロマンが薄いが、敷地の計算、可動範囲から逆算したロボットのライン工や、工程のチャートが細かくある。
力作だ。
「実機か?」
「試験用。縮尺したやつ」
プレス加工や便利な工具とは完全に違う。
一括運用される自動化された工場だった。
俺は、見たことのない知らない世界だな。
「工場の新設は大きいコストだぞ」
「だから人頭の作業を代替する部分的自動化、同じ仕事のなかで機械と調整できる作業ロボットもいる」
俺の手の中でタテナシさんの手が動く。
「人間と同じラインで作業できる。工具をもちかかえ組み立て、運ぶ。作業スペースはほとんどそのまま導入できる」
少子化は加速するという予兆がある。
中小企業の将来は確実に人材不足だ。
今はまだ資本の体力があるが、弱ってからでは導入できないコストの高い商品だな。ましてや工場全体の自動化は大企業でも難しいかもしれん。
だが、確実に必要となる。
人間がいなくなる。
多種族が共栄するという主義のなかで、頭数が減れば種族ごとのコミュニティへと断絶するというモデルは最悪だ。
緩和する手段としては面白い。
何よりもロボットが好きだな。
実現性は有り。
テストまでしているとはな。
ただの学生の与太話では、な……。
「随分と熱があるな。真面目すぎるだろ。良い意味でな。うちに欲しいよ。トオルさんが抜けて今、俺と、ワーフォックスのアオて娘しかいないからな」
「ツナさんのとこ有名だね。鎮樹祭にも参加してたのを見たよ」
と、タテナシは言う。
嫌なことを思い出した。
世界樹に呪われた疑惑だ。
まだ実害性とか無いからな。
忘れて誤魔化していたんだが。
「商売の話をしないか?」
俺の心は、決めたぞ。
タテナシさん次第だ。
◇
「学費に実験の援助。これって人には言えないような『援助』みたいな?」
「人聞き悪いこと言うな!」
と、俺は、今日はもう講義に使わない講義室で弁当を広げる。食堂は手狭で、あふれて、追い出されたのだ。
ほとんどのベンチも同様だ。
で、解放されたまま、施錠されていない講義室にたむろしている。広い講義室に、講義でもないのにいる学生が数人見えた。
「今日はパンじゃないんだな」
とタテナシの弁当を見ながらだ。
あまりにもシンプルすぎるだろ。
「え?」
ぐちゅ♡
ぐちゅ♡
タテナシさんが、にまぁといつもの笑みで、ナメタケを瓶の中で音をたてさせる。
ぐちゅ♡
ぐちゅ♡
……そういうこともする娘ね……。
体を張りすぎだろタテナシさん。
「ナメタケと米だけで腹が膨れるか! 俺の揚げ物弁当から、唐揚げをお裾分けしてやる」
と、俺の弁当から移籍組を送りつける。
「大丈夫、もう満足した。その顔で」
「俺のどの顔!? いいから貰っとけ」
まったく。
……アオに見られたら殺されるかもだな。
タテナシさんがナメタケの瓶をスカートの中に入れる。俺はちょうど隣の席だから見えてしまった。股に押しつけられた瓶に、カラストンビから伸びた歯舌が綺麗に舐めとっていた。
もう慣れたな!
「ツナくん、あーん、してくれる?」
と、タテナシさんがスカートをたくした。
「絶対できるか!? 昨日初対面なのに距離感が近いな!? 社交的なのか!?」
「ふふっ……僕が社交的、か。ツナくんが初めてだよ、社交的だなんて言ってくれたのは」
タテナシさんの頬がポッと赤く染まる。
タコの擬態的なものなのかわからん!!
「お礼に僕の実験室に招待するよ」
俺、アオに殺されるかもしれん。
「タテナシさん、行かせてください」
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