√アオ?“これから一蓮托生”

「ツナ、聞いておるか?」


 アオが訝しんでいる。


 訝しむというか睨んでいる。


 青目が細められて迫力だな。


 いかん集中力がきれていた。


「疲れているようなら後日にするのじゃが」


「いや、大丈夫だ、続けてくれ、アオ」


 俺は自分の頰を叩く。


 しっかりしろよな俺。


 昨夜の、世界樹の呪いを考えていた。


 具体的な呪いの効果は感じられない。


『人ではないものだけを愛しなさい』


 世界樹が語った呪いの言葉だが、いったいどうやったらそんなのが、俺に降りかかるってんだ、まったく!


 世界樹の口が語ったのも謎だな。


 何故、俺か、何故、世界樹が、わからん。


「……やはり出店してくれる店舗が頭打ちじゃ大言を放っておいて情けない話じゃ……わしのプロジェクトは失敗しておる」


 と、アオはしょんぼりしている。


 尻尾はすっかり垂れ下がって覇気は失せていて、風を受けた帆のようだったとんがり耳も、今ではぺたんと、凪に入ってしまったらしい。


 アオは、呪いを知らない。


 俺だけが呪いを知っている。


 とはいえ、今はアオのプロジェクトだ。


「アオちゃん、デートにでも行こうか」


「で、で、で、デートじゃと!?」


 そういえば……アオとのデートは初めてだ。



『アオさん! 明日。楽しみにしてますね』


 と、電子メールが届いた。


 すっごく嫌な予感がする。


 アオのメールなんて初めてだ。


 アオなのだが実家──そもそも、うちで寝泊まりがおかしいんだがな──に帰っている。


 デートのおめかしが必要だと。


 スーツは……いるな、革靴も。


 アオの文面はそういうのじゃない。


 秘め事を楽しんでいた。


『おやすみなさい、アオくん!』


『はい、おやすみなさい』


 と、俺はメールを返しておく。


 やばいかもしれない……。


 アオは楽しみにしている。


 デートとは方便で冗談だ。


 アオと一緒に、店舗を巡る。


 デートと言えばデートだな。


 だがアオが期待しているのとは違う。


 アオは絶対に勘違いしているな……。


 楽しみにしてくれるのは嬉しいがな。


「さあて、どうすっかねェ……」


 俺は団扇であおぎながら、夜を過ごした。

 


「げっそり顔やめろ、アオ」


 スーツ姿のアオが、げっそりだ。


 炎天下ちょっと歩くのも辛めだ。


「電子商店街に入る店が幾つか決まったな。案外とアオは人気者だぞ。最後の後押しの愛嬌は最高だった。損がないならあとは、面倒を吹っ切れる理由だけで充分。アオにはその魅力がある」


「……どうもなのじゃ……」


「しょげるなよ、アオ」


 と、俺は助手席のアオをチラ見。


 アオは、まだ行く場所が残ってると、どんよりしながら、汗で透けるシャツのボタンを外す。少し過激な赤いスポーツブラジャーが見えていた。


「な、なぁに、最後は楽しいところさ」


 と、俺はハンドルを握っていてもわかる、脈が強くなっていた。アオはそういうことをする!


 アオバテがちで口を開けて舌を出している。


 俺はエアコンを少し強めた。


 ファンから冷たい風が吹く。


 アオが冷気を食べていた。


 アオは大きく口を開けて、真っ白な髪と眉を揺らしながら目を細めている。


「なんじゃ?」


「なんでも?」


 さて、そんなこんなで到着だ。


 レオンパーク!


 デカい遊園地だ。


 アオは目を輝かせていた。


 俺は、内心の不安がやっと解けた。


 疲れたアオの反応てのは怖いのだ。


 呆れられて、失望されると思った。



 遊園地の入口前でベンチで待つ。


 アオにスーツ姿で遊ばせはしない。


 おめかしをさせてしまったからな。


 ちゃんと活かせる機会出さないと!


「アオ……あらためて、じゃ」


 すっかり覚えた声がした。


 今日、最初に会ったままの天使だ。


 天使というには少しだけもこもこ。


「どうじゃ!?」


 大胆なホットパンツはお尻の肉か太腿か悩むほど艶かしい美脚を存分に見せつけ、ピンクのオフショルダで肩も肌を魅せている。そして靴にはフラットサンダルとはまた王道なサマースタイルか。頭にはキャスケットでややボリュームがあるので、締めつけや蒸れるのは減る。


 やんちゃなお転婆さんて感じだな。


 興奮する。


 と、言うことを全部話していたら、アオはちょっとうんざりしているようだった。シンプルにいこうか。


「すげぇエロいぞアオ!」


「素直じゃなあツナは!」


「やっぱりな!」と、アオは満足気でドカドカ大股に歩いては九の尻尾が右に左にゆらりゆらり。


 デート──正確にはレオンパーク運営への営業ついで──に選んだテーマパークは、絶叫系アトラクションが並ぶ類のものではない。


 ちなみにアオは映画が好きである。


 ツナネットワーク情報からである。


「ツナ! あれ、映画で見たぞ!!」


 アオの目がピカピカ輝く。


 初めて映画館にやってきた子供のように!


 レオンパークは、来園者を騙す恐怖のテーマパークであり、園内にあるのは映画が題材のアトラクションで建築されているのだ!


 例えば、どこかの異国の街並みが再現されているが、映画ピクトランドヤードの悪夢の街が再現されていて、閑静で清潔な街並みの裏には凄惨な大事件の序章のような雰囲気がある。


 まあそれはともかくだ。


 アオがレオンパークのあらゆるデザインに目を光らせながら、九の尻尾が暴れる。


「ツナ! あれを知っておるか!?」


 と、アオが指差したのは、ほぼ入口だ。


 入って数分の経たない場所で足止まる。


「し、“死者からの攻撃”の劇中に出てくるホテル・コンバイン……」


 呪われたホテルという王道な建物である。


 劇中では地下室が死体改造構造になっていて、改造センタから武装したゾンビ軍団が出てくる秘密基地がホテル・コンバインである。


 そういうことになった。


「がおー」


 と、アオは記念写真を見る。


 俺はホテル・コンバインを出るとき、演出のカロリの高さに、早くも体力不足を実感中である。


 だがアオとデートだ弱音を吐けるかよ。


「知っておるか? 改造されるキメラゾンダーには何十種類というバリエーションがあるのじゃ。テーマパークのあちこちに隠しゾンダーがおるそうじゃぞ!」


「化け物だらけてことだな」


「アオ! ゾンダー・Ⅷじゃ!」


 と、アオはホテル・コンバインの壁からゾンダー・Ⅷを発見したとはしゃいでいる。


 ゾンダー・Ⅷて一瞬しか劇中いないぞ。


 ディレクターズカット版やノーカット版とか知ってるが、廃棄物処理区画に廃棄されているシーンが二秒間あるだけだ。


 マニアックすぎる、アオ……。


 こいつあ気合いがいるぞい!!


 で、やっぱり想像通りだな!!


 アオは普通に映画を見ていてはわからないようなことをネタにして投げてきた。


「ツナ。ターマック3で、アンドロイドのIN-800がどうして救世主の主人公に冷たいかての知ってる?」


 と、アオは等身大のIN-802のレプリカを前にして言う。アオはIN-802よりずっと小さい。


 アンドロイドは人の形だった。


「劇中でも小説でも描写は無かったな。ただ、リプログラミングされる前に未来で主人公を殺した記憶がある、未来では主人公を殺した個体がそのまま使われているのは……」


「きっと、志願したのかもしれんの? そして自分には資格が無いからこそ距離を離してるて解釈だと少し面白いとは思わんか?」


「そうだな」と、俺は返した。


 映画ターマックのシリーズで大量の展示物。


 博物館を思わせるやや暗い館内で、照明のスポットライトが展示物を照らす熱を感じる。


 映画専門のテーマパークの来園者は少ない。


 アオが語るターマックの、考察について行きたくなる人間も、探せば多くいるのだろうが、やりとりのできる手段は無い。


 レオンパークはそういう場所にはなれない。


……余計なことを考えちまったな。


「自分の気持ちを隠すマシーン、どうじゃ?」


「どうてなんだ?」


 と、言いながら俺は続けた。


「仕事でなら隠しごとは困るがな。ただ、覚悟のあらわれである隠しごとに気づいてしまう、見方が大きく変わる瞬間てのは良い!」


「じゃよなあ!!」


 と、アオは満面の笑み。


「次はどこに──」


「──ツナ、地図を見よ!」


 まだまだ続きそうだな。


 半日しか時間が無いのが惜しい。



「このホテルわなぁ!」


 夕食を食べようか。


 というわけで、園内ホテル──ホテル・コンバインとは別だ──で食事をという流れなのだが……。


 アオが景色を見下ろす。


 天井がオープンな開放風。


 というか崩壊した町の建物だ。


 見下ろす風景は入口の街並みとは別物だ。


 連続ドラマだが映画並みのクオリティであるブラックレインアシッドで、シーズン1の最終話、全滅したNNRFの拠点の屋上だ。


 天文台の残骸風。


 そして劇中のようにテーブルが並べられて、食事をしているのだ。


 アオは最初から最後まで明るい。


 帰るのが惜しくなるくらいには。


 アオは、どうかはわからないが。


「ふおォー!!」


 アオが壊れた。


 というわけではなく、ホテルのイベントに大興奮していた。着ぐるみ、というには重々しく巨大な装甲服を着込んだPA(パワードアーマー)の一団のご登場である。


「お待たせ致しましたー!」


 と、NNRFの戦闘員がディナーをくれた。


「ありがとう」


 と、俺は料理を受けとった。


 俺の料理はたらこスパゲティ(大盛)だ。


 アオはボロネーゼで肉が増し増しだぞ。


「あー、楽しいな!」


 アオの記念撮影も終わり、ちょっぴり冷めてしまった。料理をようやく食べる。熱々ではないが柔らかな温かさだ。



 ちょっとした出張から帰ってきた。


 穏やかな夜空が町を包んでいて、田園や畦道、山間の道を抜けていく。俺の家までは、まだ少しある。


 世界樹が見えていた。


 アオが言う。


「好きじゃ。付き合え」


「俺から言おうとしてたが? 付き合おう」


「あっさりしすぎじゃぞ?」


「青春よりもあっさりにな」


 と、俺は、アオの言葉をゆっくり噛みしめる。好き、付き合おう、そういう積極的に近づかれるのには弱いんだ。


 だが──だが、世界樹の呪いがよぎる。


 呪いかどうかさえもわからない言葉が。


「ツナ。わしは心の内を明かしたが、お前はどうするんじゃ? 勿論、わしのことが好きで好きでたまらぬというのは知っておるし、聞いた。さて──」


 と、アオの顔がフロントガラスに映りこむ。あぁ、ワーフォックス種族なんだな。悩みや心情を操る狐という感じか。


「──お主の秘密を聞かせてくれんか」


「実は昨夜、世界樹に呪われたんだが」


 俺はすげえ素直に秘密を解いた。


 しばらく静かな間でつづいてく。


「はァ〜〜!?」


 アオが素っ頓狂な声をあげる!


「おぬ、お主、世界樹に!?」


「実はそうなんだ。いやぁ〜まいるよな、もうどうしようかって話しで。だがアオが協力者で助かる! 一生墓まで持っていくところだったが、まさかアオから一緒に分かち合おうてお付き合いだもんな〜」


「……」


「アオ?」


 アオの顔色が悪い。


 世界樹さまだもの。


 そういうこともあるわな!


「安心しろアオ! なぁに俺だぜ?」


「意味がわからんのじゃが!?」


「どんな呪い祝福みたいなもんよ。家の地縛霊だって今やガールフレンド座敷童みたいなもんなんだから、世界樹の呪いなんてどうにでもなる!」


「初耳なのじゃ! 幽霊おるのか!?」


 わはは、と、俺はドライブが楽しくなった。


 妖艶な雰囲気なアオはどこかに消えていた。


 アオルートなんてこんなもんだ!


 さぁ明日も忙しくなるなぁアオ!






√アオ?“これから一蓮托生”〈終〉

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