第4話「好きだから好きにはなれない心」

「暑くねーのかい、アオ」


「ごごごごご心配なく〜」


 今日も今日とて暑くエアコン全力稼働。


 明らかに、アオの様子がおかしすぎた。


 分厚いデニールの黒タイツで足を蒸らし、首もとまできっちりボタンを止めあげ、長袖にロングスカートという重装備だ。


 重いコーディネートで見ていて暑い。


 アオと顔を合わせたのだが、アオは俺の顔を見るなり九本の尻尾をバラバラに乱して唸りをあげてくる。


 ワーフォックス種族特有の挨拶ではない。


「まあいいが……おはよ、アオ」


「い、今はですね、私、貴方を見ていると気分が悪くなるのじゃ。あまりちこう寄られるのは……ガチ近寄らないで欲しいのじゃ……」


「お前、俺のことそんな嫌いだったか?」


 アオ、蛇蝎のごとく嫌ってるじゃん。


 気分でも悪いのか?


「……伝染病とかじゃないだろな」


 ウイルスとか細菌。


 あるいは食中毒か。


 俺はアオの前髪をあげて手を当てる。


「ぴっ」


 俺は自分の額の熱と比べた。


 俺の平均が三六・八度くらい。


 アオの体温は三六・五度かな。


 俺よりは少し低く、高熱感はない。


 アオの体熱はこもってないし、呼吸も見る限りならば正常、三半規管が狂ってるみたいの頭や足腰のふらつきもない。


 体が腫れてたりも無しか。


「バカモノ!!!!!!!」


「うぎゃあああああああ!」


 アオの腕、俺の腕を叩き落とした。


 痛み──呼吸を整えろ折れてない。


「破廉恥であろう」


「たしかに」


 アオはもうプリプリと怒っている。


 セクハラだったな悪いことをした。


 俺は残った腕をあげて指刺す。


 熱中症て茹で卵になるんだぞ。


「なあ、アオ、一応は病院──」


「──大変! ツナを病院に!」


 アオが今更、俺の腕を見て驚く。


 アオは介抱しようと寄ってきた。


 ちょうど俺が出した指に当たる。


 もにゅ。


 俺の指は服そしてその下を押す。


 服の下の固いブラジャー。


 ブラジャー下のふくらみ。


 アオの賓乳に、間接した。


「ひッ」


「うお」


 アオが、俺が、短い悲鳴をあげる。


 大絶叫を出す決壊まではまだある!


「わ、悪いアオ!」


 と、俺は慌てて腕を引いた。


「……」


「……」


 俺は恐る恐るアオの顔を見上げた。


 今のアオはとてもすごくおおきい。


 俺の顔は熱くも冷たくもなるが、アオの慎ましい胸の感触が頭からどうして離れず焼きつく。


 俺はアオの表情を見た。


 怒り、恥ずかしさ、照れ、一切ない!


 リアクションゼロ。


 対応の情報が無い。


 だが、無言ではいられない。


 俺はアオに違う話を投げた。


 胸を触り触られたのは無し。


「あ……アオが構築してるオンラインモール、決済手段や国越えでの流通の相談を受けていた話だが、幾つか紹介できる。雷子決算や配車サービス、雷子信用券決済や雷子借方券決済も問題ない。だが店舗の参加に関してはアオ、お前から説明すべきだろう」


「紹介とかはないんか?」


「他はうちから出たチームが企業と共同出資した会社が使える。俺から提案を出しただけだがな。アオを知ってるし簡単な説明会だけだったろう?」


「簡単……」と、アオはげっそり顔だ。


「だがうちに店を出せ、と、先方に言うだけじゃ新しいオンラインモールに参入しがたい。先方もオンラインモール用の部署を作るしな。新しいものを足すてのは大変な負担だ。面倒くさい」


「身も蓋も無いのぉ」


「事実だ。利益があっても面倒ならやらないってのが知性ある心ってもんなんだぞ」


 よし、おっぱいセクハラは流れたな。


 俺の心臓はまだ、ドキドキしている。


 ラッキースケベだ。


 だが一時的な幸運の対価は高いかも。


 アオは胸を触られて気分を害した筈。


 女性は性的なものを嫌がると聞いたことがある。おっぱいへのセクハラなどスリーアウト越えてゲームチェンジだ。試合終了だ。


 諦めるのか?


 しでかしたのに諦めたくないと心は言う。


「アオ、さっきのお詫びをやりなおさ──」


「──注目、注目、注目、傾注せよお前ら」


 俺の声を遮って声が響く。


 雷子回路で増幅された声。


 敷地の中央に拡声器のジャージ女だ。


 ジャージ女に、首から上は無かった。


 デュラハン種族の従業員は、いない。


 てか、インビジブルメイドのトオルさん!


 トオルさんは拡声器をハウリングさせながら言う。


「本日は総員定時であがりましょう。かめてよりのスケジュールとおり邪聖剣学園の世界樹下での集合となりまーす!」


 そういえばそうだった。鎮樹祭だ。


 地域での存在感アップのため、参加してくれたら嬉しいなイベントである。俺は色々あるので強制参加だが……。


「アオは今年どうするね? 一緒に行くか」


 と、俺はアオを誘ってみる。


 まあ何にせよ仕事あがりで皆一緒だ。


 弁当やら酒でも買ってゆるく鎮樹祭。


 弁当は人数分発注済みなので取りに行く。


 弁当屋“やまんば花道”の弁当はナマモノだ。今日中に食べなきゃで気を使うが俺の趣味だな。冷たい肉が好きだし。


 発注は数でしか出していない。


 アオが注文したかは知らない。


「弁当は持ってるか?」


「やまんばで注文しておる」


 と、アオはスレンダーな胸を押す。


「重畳。さあてさっさと弁当貰いに行くか」


「もう行くのか?」


「アオは知らんだろうが、俺が纏めて取ってくるんだ。リヤカーでな」


 庭にあるアルミ合金フレームだ。


 ちゃんと日々メンテナンス済み。


「大抵は誰かしらも載せる。去年は……セントールのミセナさんだったぞ」


「……セントールが……リヤカー?」


「大声じゃ言えないが50cc原付より重いぞ」


 今年はアオを載せることになった。


 まあ、なんだかんだ機嫌良くてよろしい。



 近くにある分校の世界樹──と言ってもどこにでもある苗木だ──は、満開を迎えていた。


 太陽の光が無くとも黄金色に輝くそれは、夜の闇を払い、闇に惹かれたものを引き戻せる輝きを放っている。


 世界樹だ。


 伝説では、太陽が無い時代、世界樹が世界を照らしていたのだそうだ。見上げれば、ありえそうな話だなと俺は感じた。


 本当に人間産の伝承かは疑問だがな。


「人間が大勢いるのじゃ!」


 と、アオが青々した目を輝かせる。


 夜の世界樹スポットとして有名な邪聖剣学園は、二四時間、図書館を解放していることもあって敷地内の世界樹への花見もフリーパスなのだ。


 日曜日前ということでにぎわっていた。


 世界樹の苗木に集まるのは人間だけじゃない。モンスター娘の女の子たち姿もある。


 人が多いのだから騒がしいところだ。


「伝説の世界樹だから願掛け組も例年通りだ」


 集まった人々の中には、世界樹に拝み倒しているのが少なからずいる。願いを叶えてくれる、という伝承があるからだ。


「おーい」


 俺は両手にジュースが入ったビニール袋をぶらさげている。アルコールは苦手なので、桃ジュースとシュークリームだ。


 あと、やまんば花道での夜食だ。


 まわりではビールなど酒が多い。


 アルコールの匂いとほろ酔いだ。


「アオ、世界樹の下に一緒にいてくれ」


 俺は、アオをそれとなく誘って、邪聖剣学園でのボランティア活動をする極めて自然な導入に成功させたところだ。


 アオは土曜日の仕事明けということで、ちょっと疲れているのか、普段は人間に化けている部分が、真っ白系の二足歩行をする狐になっている。


 人型狐だ。


 アオのながーいノーズが高くあがる。


「アオ。餅巾着があるんだが食べるか?」


「欲しいのじゃ!」



 世界樹のあちこちでテントが張られる。


 邪聖剣学園での世界樹の苗木のボランティアといえば、世界樹の近くで歌って騒ぐことだ。


 世界樹はけっこう感情ぽいものがある。


 木の言葉では寂しがり屋な気質らしい。


 俺には木の言葉はわからないがな。


 まあ、世界樹は長くコミュニケーションをしないと強いストレスから立ち枯れするのだそうだ。実際、完全に孤立する世界樹は大きく成長しないのだそうだ。


「ツナさん。代表として最初に一言を」


 と、テントに集まる社員のなかでも古参なゴブリン種族の子が、俺に話を求めてきた。恒例だな。面倒とは思っちゃいけない。必要なことだ。


 当たり障りないことを言った。


「それでは今週もおつかれい、かんぱい」


 かんぱい。


 皆が持ち寄った思い思いの酒──中には一升瓶にお猪口という猛者やら、ボトル喇叭飲みの酒豪──という名の得物に、挨拶していく。


 チン、と高い音が小気味よく続いた。


 俺はアオを見る。


 少し離れてしまった。


 書類上は従業員となっている連中は、まあ見事に人間じゃないのばっかりだ。逆に言えば俺だけがある意味では『別物』なわけか?


 従業員同士でグループはある。


 大学時代から企業でどうするか、という選択肢のなかでうちに転がってきた連中ばかりだしな。


 元々、仲の良いグループが固まっている。


 だからまあ俺は、ちょい、ぼっち気味だ。


 人間だしな、と、ジュースを一口含んだ。


 アオは、同じチームの二人──イタチ人とタヌキ人──と一緒で俺が入れる隙は、針の穴ほどもない。


 アオは缶チューハイを飲んでいる。


 ジュースみたいな物ではない。


 缶チューハイから焼酎の匂い、炭酸水の泡がパチパチと弾ける音が聞こえた。


 そんなアオと目があう。


 アオが缶チューハイで口元を隠しながら、クスクスと笑っているように見えた。いや、妖艶な“にんまり”顔だろうか?


 いつもより上機嫌だな。


 アオには珍しい感じだ。


 そして人間以外と話す。


 寂しいとか、そうではないとかじゃない。


 アオは違う世界のお姫さまなのだろうな。


 なんとなく疎外感と納得感がしみてきた。


 俺は、ジュースを飲み干す。


 少し酒の味で苦くて沁みた。

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