第3話「恋の聴き耳は狐耳」
新品のエアコンが回っておる。
自動モードで室温二五度じゃ。
快調、快調、絡繰にしてはやりおる。
「母上への文、ようやっと不安なく書けそうなのじゃ。改まるものなどないがの。まあツナのことでも書いておこうか」
母上の楽しみが、いつからかツナの話題なのじゃ。最後に来た文にも、ツナとの『その後』をどうするべきか事細かに、緻密に並べているほど。
母上、暇なのであろう。
母上への文の種とする為にもツナからは目を離さず見ておる。母上へは新しい観察報告もできよう。
基本、ツナは呑気なのじゃ。
ぽけぇーとして猫とひなたぼっこしているか昼寝をしているような呑気なヒト種属じゃ。
母上も「怠惰の極み!」とツナを断罪し、野太刀を背負って乗りこみをかけそうになっておったが……いつのまにかたちきえたの?
まあよいわ。
ツナが誰彼構わず優しいところや、あくびをして顎が引きつって奇声をあげたり、昼寝をしていたら猫が腕の中にいて猫を抱ける男としてワーキャットから揶揄われたり、屁をこいたとき何も言わないが顔を真っ赤にしている可愛らしい仕草くらいでよかろう。
ふふっ……。
ツナはお間抜けであるからな。
わしとまったく真逆の男じゃ。
ういやつめ、ツナめ。
「しかし、ツナめ、好いていると常々アレは口にするというに……何故、食事の一つにも誘わぬのか。もしや、わしは遊ばれておるのではなかろうな?」
いや、無い。
断じて無い。
あの子狐のごとき男が、わしを?
無い、決定的に無い、それは無い。
家の外から声が聞こえる。
わしの耳は反射的に動く。
「……ツナ?」
なんじゃ差し入れかの。
「アオの好きなところはいっぱいある」
わしの名前……。
す、少し聞いてみようかの!
わしは耳だけ窓枠から出して、外からの声を拾おうとはかる。ツナと話しておるのは、トオルか。透明女め、どんな流れで、わしの話なんぞ!
壁耳の魔法……。
「アオは、ちょっと姫みたいだろ」
「口調だけは姫みたいな感じだな」
黙れ黙れ黙れい!
口調だけは姫!?
どういう意味なのじゃ、トオル!
「もうちょい聞いてくれよ、トオルさん。トオルさんが聞きたかったアオの好きなところだ。俺はアオを、ぐちゃぐちゃに抱きたいくらい求めてる」
「きっしょ」
きっしょ。
わしとトオルの心が重なっておる。
しかし、ツナめ、なんという野獣。
温厚な仮面の下に畜生を飼っておるわ!
「ん……」
わしは尻尾の一本を抱きしめる。
「気分が良いときのアオの狐耳を揉むように撫でると、うたたねしてる子狐みたいなそれはそれは無垢を極めた乙女で穏やかな顔をしているとこ」
わしそんな顔をしておるのか!?
はじめてしったのじゃ!!!!!
え、わし、けっこう耳を撫でられるのじゃが、それはわしへの奉仕の精神ではないのかや?
騙されたのじゃ!!
あ゛ァ〜!!!!!
どんな顔をすれば良いのかの!?
「他にもあるぞ。アオは基本的に昼間、ずっと起きていられないから昼寝をするんだが、その時に自分の尻尾を抱きしめて寝るんだ。だが時々、俺がその尻尾と間違えられて、ギュッとしてくる。赤ん坊かコアラみたいにあの手でしがみつかれるのは可愛いな」
あ゛ァァァァッ!!!!
わしの恥の大陳列じゃ!
過去のわしを島流しにしてやりたい!
窓枠から出す耳まで熱を帯びておる。
「稲荷に味付けしている時、こっそり台所に現れるところもだな。アオは稲荷が好物なんだ。我慢できず気になって下界に降りてくる。こんなに可愛い生き物はそうはいない。しかもなんで稲荷が好きて、九尾の伝説で興味をもったからなんだ」
もういっそ誰かわしを殺してくれ……。
アオが語るのはわしの恥ばかりじゃ。
「でも……やっぱり一番は、アオだからだな。アオを見てたらわかるだろ? 一所懸命を地で生きられるのはそうはいない。真面目で、自分にだけ厳しい。見ていて不安になるような、だけど、いつも妥協しない努力家で、諦めない、そんな強さがアオにはあるし、俺が頼りにしてる──大好きな人だ。そういうところに惚れてる」
えええええええええ!?!?
ツナは今わしに惚れてると!
たしかに、たしかに言ったのじゃ!
わしは伸ばしていた耳を畳むようにペタンと手を置くが、凄い熱を帯びておる。
わしの尻尾が九の九本ともが、今にも空を飛ぼうかというほどにバタバタと暴れておる。
「さてトオルさん、俺はアオが大好きなわけだがデートに誘ったことがない。どうやったら誘えるんだ……?」
「……私に訊くかぁ、酷い男だ、ツナは」
トオルが達観しておるかのように言う。
番を失うビーバーみたいな雰囲気じゃ。
「ツナは、アオちゃんが好きなんだな」
「おう。ひねっくれたお嬢様だ。だが……好きだ。綺麗なディープブルーの瞳ももちろん美しいんだ。真っ白な尻尾が九本もあるのもな。賓乳だしな。賓乳は良いぞ。美しい。勃起する。だが、アオの魅力は──」
なんじゃ?
知りたいぞ!
はよう言え!
わそはさらに耳を立てる。
魔法出力をあげ風の震えを受信。
聞き逃さぬよう魔力を張る!!
「──と、料理が冷めちまうな」
と、あと少しでツナは話を切りあげる!
階段を軋ませる足音が聞こえるのじゃ!
くぅ、これまでか!!
わしは魔力カット、敏感なトオルに逆探知されぬよう閉じて、多少、乱れてしもうた尻尾と服を整える。
「なんじゃあツナ!!」
と、ツナが扉を開ける前に言う。
きぃ、と、扉が開きツナが出た。
「びっくりした。また聞き耳を立てたな、アオ。足音を聞いてたから待ち伏せしたんだろ」
「ふーん。お前さまのドカドカと鳴らす足音なんぞすぐにわかるわ!」
あっぶなかったのじゃ。
魔力波の痕跡を消しておったらギリじゃ。
まーあ?
ツナは魔力にうといのでわかるまい。
差し入れの手料理か。
くんくん。
稲荷寿司じゃ!
わーい!!!!
わしは、大皿に積まれている揚げと米の、稲荷寿司を立ったまま掴んでは次々と、口に放りこんでいく。
揚げによく染みておる、腕をあげたな。
米と混ぜる具のバランス、舌触りも丸。
「用事は済んだであろう? 帰れ帰れ!」
と、わしは手で払う。
わし……なんでこんなことを……。
先程、盗み聞きしていた話を思いだす。
ツナめがわしを好いていると繰り返す。
今のわしは、顔を赤くしてはおらぬか?
鏡が無くて今のわしの顔がわからぬ!!
「どうしたんだよ」
と、ツナが見てくる。
真っ直ぐに、わしの心まで。
「さ、さ、さっさと出てけー!」
「俺の家なんだがな!?」
わしはツナを追いだす。
ツナが持ってきた稲荷寿司は、大皿ごと分捕った。欲しいものは手に入れた、わしの中にある、あるのだが……。
もしょもしょと稲荷寿司を食べる。
閉じたドアをツナがノックしない。
ツナが離れていくのが聞こえておる。
「……明日はどんな顔すればよいのじゃ……」
と、わしは言いながら自身の両頬を両の手で抑える。すっかり熱を帯びて熟れたリンゴになっておる。
そんなわしを窓から見る世界樹が見えた。
「わ、わしもツナを好いておるのか!?」
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