第九話 魔法少女と深淵の魔人②

「そういうことだから、キノッピーも攻略のために頑張ってもらうわよ」

「うわぁ、鬼だッピ、悪魔だッピ」

「まあまあ、キノッピーのおかげで攻略できそうだよ。ありがとう」

「む……。葵が言うなら、許すッピ。でも、濫用は禁止だッピ」

「わかったよ。なるべく温存するからね」


 何とかキノッピーをなだめて機嫌を直してもらう。


「あの回復ヤバくね?」

「フライパンとか冗談かと思いましたが、冗談抜きで完全回復していますわ」

「こんなのズルい。これがあったら私の出番がなくなるじゃない!」

「安心してください、白瀬さん。あの回復は葵にしか効果がありません。それに、他の人がアレを食べると毒なので、逆に死にますよ」

「マジかよ。っていうか、何で新城さんはそんなこと知ってるんだ?」

「ふふふ、それは秘密です」


 キノコ超回復を見たことで、完全に納得したのか持ち物について、それ以上、何か言われることはなくなった。四十六階層をクリアした私たちは、氷室さんを中心に四十九階層までを難なく攻略していった。もちろん、途中、危なっかしい場面はあったものの、私と紫電さんのサポートと白瀬さんの回復によって、特に大きな問題もなかった。


「ここが、例のボスの部屋ですか?」

「そうだ。ここから先はかなり難易度が高くてな。俺たちも何回か挑戦しているんだが、なかなか攻略まで至っていない」


 とはいえ、紫電さんも氷室さんもS級の異能力者である。彼らが攻略できないとなると、かなり難易度が高いと想定される。


「ボスのギミックは取り巻きを無限に召喚するんだが、これは問題ない。氷室の異能があれば、取り巻きはいくらいても動きを封じられるからな」

「ボスが強い、ということですか?」

「うーん、そうなんだけど……。そうでもないというか」

「具体的には、ボスには何故か一切の攻撃が効かないようなのですわ」

「えっ?」


 一切の攻撃が効かない。となると、紫電さんの光も氷室さんの氷も効かないということだろう。


「それなら、私の攻撃も効かないんじゃ……」

「それは分からない。でも、現状では何が効くか分からないからな。だから多彩な攻撃ができる相沢をパーティーに入れたかったんだよな」

「もう、それだけじゃないですよ。私は、最初から葵ちゃんに目を付けてましたからね」

「ま、まあ、やってみますけど。あまり期待はしないでくださいね」


 そう言いながら、ボス部屋の扉を開ける。その広々とした部屋の中には中央に一体の巨人がぽつんと立っているだけだった。巨人はこちらに気付くと、雄叫びを上げるのと同時に巨大な岩をこちらに放り投げてくる。


「来るぞ」


 紫電さんの言葉を聞きながら、私たちは各々、飛んでくる岩を回避する。それと同時に雄叫びにより呼び出された取り巻きの動きを封じるために、氷室さんが凍結領域を展開した。取り巻きの動きが止まると、今度は紫電さんが光を両手に収束させ、巨人に向かって解き放つ。


「すごい……」

「いや、ダメだな」


 相変わらずの威力に圧倒されていると、紫電さんがため息をつきながらつぶやいた。光の波動砲を受けた巨人は身体がごっそりと抉られているが、それも見る見るうちに復元していってしまう。


「ダメージが入っていないわけじゃないんだが、あっという間に回復するんだよな」

「回復する以上に攻撃を入れれば……」

「それも試したことがある。だが、完全に消滅したはずなのに、すぐに元に戻っちまうんだ」

「あの時は、Aランクの子たちにも手伝ってもらってポーションを持ってもらったのにねぇ」

「そうだな。それで、俺たちの異能だけじゃ、あの巨人は突破できないと判断したんだ」


 それを打破する力、私がパーティーに組み込まれた理由がそこにあった。紫電さんたちの想いを受け、私は巨人に向かって前に進み出る。飛んでくる岩を剣で斬り落としながら、巨人との距離を詰めていく。そして、ある程度近づいたところで魔法を発動させる。


「『胞子領域スポアフィールド』『麻痺胞子パラライズスポア』」


 瞬く間にフィールドがキノコに覆われて、黄色がかった斑点のキノコが巨人を覆い尽くす──はずだった。実際には動きを止めるキノコが巨人から生えることなく、何の制約もなく動き続けていた。


「うーん、これならどうだろう……『幻想胞子ファンタズマルスポア』」


 また別の魔法を使ってみたが、同じように頭から生えるはずのキノコが生えることはなかった。しかし、先ほどまでは岩を投げて応戦してきた巨人が、今度は両腕を振り回しながら向かってきた。そして、単に暴れ回るような攻撃を仕掛けてくる。


「あれ? これは効いている?」


 魔法が効いているような感じは無いのに魔法が効いているような動きに変わったことに違和感を感じた私は、試しにラーフの力を使ってみることにした。


「これはどうだろうか……。『蝕』」


 黒い球体が巨人を包み込むようにして広がる。そして、あっという間に巨人を消し去ってしまった。


「これは……異能?」

「異能だって? だからか……」


 どうやら、私たちが戦っていた巨人は魔物ではなく、何者かの異能によって作り出されたものだった。そのことを不思議に思っていると、包み込んでいた黒い球体が細い糸のように何かを辿っているように進んでいるのが見えた。


「あれは……」


 その先には、頭にキノコを生やした黒光りする巨大な虫がいた。


「うわ、これって……」

「こんな巨大なの初めて見たぞ」

「気持ち悪いですわ」


 巨大とは言いつつも、せいぜい大きさは人の頭くらいの大きさである。しかし、その姿は私たちの恐怖心を刺激するには十分なものであった。蝕によって、頭のキノコが解除された虫は、カサカサと音を立てて走り回る。


「うわっ」

「きゃっ」


 突然の動きによって、私たちの間に動揺が走る。


「いったん退くわよ」


 美咲の言葉に、私たちは一斉に扉の外へと向かう。いくら巨大で素早いとはいえ、人の走る速度よりも早いわけではなさそうだった。


「油断しちゃダメよ」

「えっ?!」


 美咲の言葉に、僕はまっすぐ前を見て、危うく足を止めそうになる。そう、この虫は一匹いたら百匹はいると思えと言われるものだと言うことを失念していた。


「みんな、走り抜けるぞ!」


 巨大な虫が、私たちに迫りくる。実際には逃げようとしているのかもしれないが、こいつらは逃げる時に高いところを目指す習性がある。要するに私たちの身体を目指してきているのである。幸運なことに氷室さんの領域のおかげで動きが若干鈍くなっていて、辛うじて扉の外まで逃げることができた。


 そして、扉が閉まる直前、私は振り向くと魔法を使った。


「『猛毒胞子デッドリィポイズンスポア』」


 閉まる扉の向こうで、猛毒の胞子がばらまかれる。それを受けた虫たちは、バタバタと仰向けになって倒れ、ピクピクと脚だけ動かしていた。


「まるでバル〇ンね」

「葵ちゃんがいて良かったです」

「助かったぜ」


 逃げ切ったことで、全員が胸を撫で下ろす。しばらくして扉を開くと、百匹どころか千匹近い虫の死骸が転がっていた。


「よぉし、あとは任せろ」


 そう言って紫電さんが波動砲で死骸を全て薙ぎ払ってくれた。そしてきれいになった部屋を横切って、私たちは50階層の転移ゲートへと到着したのだった。


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