第七話 魔法少女と氷姫②

 そして二日後、旅行から帰ってきて学園に行った私たちは、まるで猛獣を捕獲するかのような勢いで拘束された挙句、先生の所に連行された。


「おう、来たか。待ってたぞ。ああ、お前たちは帰っていいからな。成績には加点しておくから」

「「「ありがとうございます。死ぬ気で頑張って良かったです」」」


 先生とご対面させられ、連れてきた生徒たちは先生にお礼を言っていた。成績をダシにするとは酷い大人である。無駄なのは分かっているが、職権濫用で訴えたい気分にもなる。そもそも私たちを捕獲するのに死ぬ気で頑張るとか、何と戦っているのだろうか……。


「それで、どういうことですか?」

「いやぁ、土壇場で逃げられたらマズいじゃないか。Sランクの指名だぞ。私のボーナスにも関わってくるんだから、全力を出すに決まってる」


 ジト目で先生を見ると、苦笑いを浮かべながら釈明してきた。


「まあまあ、そんなことより顔合わせだ。みんな武闘場で待ってるぞ」

「えっ、何で武闘場?」

「これからパーティー編入試験をするからだ。氷室と紫電のやつが是非ともって言っていてな……。まあ、頑張ってくれや」

「……それ、最初から知ってましたよね?」

「……さあな」


 その時の先生は、絶対に知っていた、という顔だった。美咲の言った通りの展開になってしまったが、拒否権は無いので戦うしかないだろう。勝てるとは思えないが……。


「ふふふ、来ましたわね。お待ちしておりましたわ」

「まったく……、一週間も禁止とかありえねえだろ。俺たちが直談判してやったんだぜ」

「……ありがとうございます」


 どうやら、彼らのお陰で休みが一週間から四日に減らされてしまったようだ。まさに余計なお世話だ。しかし、そのことを正直に言って気分を害するのも得策ではないため、素直にお礼だけ言うことにした。氷室さんは、気さくな感じの紫電さんとは違って、さすが氷姫と呼ばれるだけあって孤高のお嬢様という感じだ。


「さて、それじゃあ。早速やろうかね」

「ちょっと、何で普通に先に戦おうとしているのよ。ここはレディファーストではないかしら」

「いやいや、いつも俺が先に戦ってるだろ?」

「今回は別です。あなたに穢されて中古になった葵ちゃんと戦えというのですか」

「ちょ、誤解を招く言い方やめてくんね」

「どっちにしても、私が葵ちゃんの初めてを頂くのです」

「……いや、初めてって。そもそも彼女と最初に戦ったのは轟のやつじゃねえか」

「あんなゴミはノーカンです。例えばですよ。あなたが猫と『ピー』したとして、それで童貞喪失と言えるのですか?」

「やれやれ、わかったわかった。降参だ。先に戦っていいぜ」


 急速に品位が下がっていく氷室さんに、呆れたような表情を浮かべながら紫電さんが先を譲る。もっとも、私たちも彼女のイメージの大暴落に茫然としていたのだが……。


「分かれば良いのです。そもそも猫は素人でも玄人でもありませんから──」

「はいはい、それ以上は黙っててね。とっとと始めちゃって、あとがつかえてるんだから」

「わかりました。では参りましょう」


 こうして、氷室さんと戦うことになった私は闘技場に降ろされた。反対側には氷室さんが準備万端な様子で待機していた。


「それでは模擬戦闘、はじめッッッ!」


 やたらと気合の入った合成音声により、模擬戦闘が開始された。


「『愛の輝きシャイニングラブ胞子の心スポアハート』」


 開始早々、一瞬で魔法少女に変身して魔法を使う。


「『胞子領域スポアフィールド』」


 辺り一面がキノコに包まれる。しかし、そのキノコが一瞬で凍結してしまった。


「ふふふ、キノコは寒さに弱いのです。ほら、もうグニャグニャですよ」


 キノコを一本もぎ取ると、左手で茎の部分を掴み、右手で先端を指でつまみながら左右に振る。彼女の言葉通り、弾力が無くなってフニャフニャになっていた。先ほどのセリフの影響からか、彼女の言葉が下品に聞こえてしまうのは気のせいなのだろうか……。


「思ったんだけど、キノコって意外と使えないよね」


 そんなキノッピーが聞いたら怒りそうなことをつぶやきながら、次の手を考える。その間にも、足や腕が凍り始めているため、直感に従って冷気を回避しながらとなる。


「とりあえず、接近して攻撃してみるしかないかなぁ」


 冷気を回避しつつ、氷室さんに近づいて剣を振るう。しかし、当たる直前で彼女を守るように氷の壁が立ちふさがり、剣を弾いてしまう。


「なっ」

「甘すぎるわ。私の異能が冷気だと思ったら大間違いよ」


 今度は巨大な氷柱を作り出し、その鋭い尖端を向けて放ってきた。剣が弾かれたことで体制を崩していたせいで、ギリギリで回避できた。


「うわっ、危なかった……」

「惜しかったわね」


 どうやら、彼女も氷柱は連射できないらしく、再び冷気をばらまいてきた。


「うーん、冷気を何とかしないとジリ貧だなぁ。どうしようか……。ためしに使ってみるかな。『蝕』」


 前方に出現させた黒い球体のようなものを彼女に向かって投げつける。その球体は変形しながら、冷気を食べるようにして侵食していく。


「なっ。負けてられませんわ」


 氷室さんもさらに冷気を出して対抗する。しかし、全てを食らい尽くすと言われるほどのラーフの力に勝てるはずもなく、冷気を辿るようにして彼女の身体を包み込んでしまった。


「あっ、やめてくださいまし。そこはダメですわ。いや、やめて。あん」


 恐らく彼女も必死に抵抗しているのだろうけど、黒い球体に呑み込まれており状況はわからないままであった。もっとも、聞こえてくる声が卑猥すぎて、変な想像ばかりが先立ってしまう。もはや氷姫じゃなくて、卑猥姫の間違いなんじゃないかと思ってしまう。だが、この魔法は物質的には影響を及ぼせないはずなので、何も無いはずだ──。


「ちょっと、見ないでくださいまし。お嫁に行けなくなってしまいますわ」


 しかし、『蝕』が晴れた後、彼女の服は至る所がはだけていた。ツッコミを入れたくなるのを我慢しつつ、彼女に降参して──。


「しかたありませんわ。ここまで辱められてしまいましたもの。潔く負けを認めて、葵ちゃんの妻になりますわ」

「……?!」


 どういうことか問い詰めようとしたが、その前にシステムによって闘技場から追い出されてしまった。


「WINNER、相沢葵ッッッ!」


 機械音声の勝利宣言が響き渡る。しかし、勝利したはずなのに状況は混迷を極めていた。そんな様子を見かねて、紫電さんが頭の後ろをかきながら話しかけてきた。


「ああ、すまねえな。こいつ、こういうヤツなんで、あんまりマジメに捉えねえでくれると助かるわ。まあ、お前さんが、そういう趣味なら……俺は何も言わねえ」

「そういう趣味?」

「女同士で愛し合う趣味、ってことでいいのか?」

「YES! 辱められてしまった私は、すでに葵ちゃんのモノです。私のピーやピーピーしてピーピーピッ──」

「やかましい」

「キャッ、激しすぎますわ。ですが、私は身も心も葵ちゃんのモノ──」


 もはや手のつけようのない彼女の様子を見ながら、紫電さんが耳打ちをしてきた。


「とりあえず、頭を下げて、『ごめんなさい』って言っておいてくれ。それで落ち着くはずだ」


 彼の様子を伺うと、眉が下がっていて、本当に困っているように見えた。私は彼のためにも、と思って、彼女に向き直ると頭を下げた。


「ごめんなさい」

「……!」


 突然押し黙ってしまった彼女との間に気まずい空気が流れる。彼女の様子を伺おうと顔を上げると、彼女の目から涙がぽろぽろと流れ落ちていた。


「ああ、ああ、また、フラれてしまいましたわ。嫌われてしまいましたわ」


 そう言って、涙をこぼす彼女の姿が痛々しく見えてしまい、思わず彼女の右手を両手で持ち、彼女の目をしっかりと見る。


「嫌いじゃ、ないですよ。好きです。でも、さっきのは突然だったので。友達からで良ければ……」


 一転して、彼女の顔が花が咲いたような笑顔になる。


「も、もちろんですわ。私と葵ちゃんは一生の友達ですから。その先はゆっくりとお互いを知っていけばいいのですわ」


 彼女の左手が私の手に添えられた。そのあまりにもまっすぐな好意によって、顔が熱くなって、心臓がドキドキしてきた。


「さあて、そろそろいいかな?」

「まったく、相変わらず空気が読めませんのね」

「やれやれ、これでも精一杯空気を読んで待ってあげたんだがなぁ」


 話を切り上げようとしてくれた紫電さんに氷室さんが嫌味を言うが、呆れたように肩を竦めると、私の方を見てきた。


「大丈夫です」

「よっし、それじゃあ。始めるとしようか」


 そして、私は再び闘技場へと降り立った。

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