第六話 魔法少女とフードファイター①

「目を覚ましたようであるぞ」


 意識を取り戻して瞼を開けると、銀色の長髪が目を引く、美しい容姿の男性が私の顔を覗き込んでいた。まだ心は男だけど、不意にイケメンに顔を覗き込まれて心臓が一瞬止まりそうになるほど驚いた。


「えっ、誰?」

「まったく……。人間はちょっと見た目が変わると惑わされてしまうのだな。そんなようでは我の巫女としては半人前だぞ」


 失礼な物言いにカチンときたが、その態度から彼が誰か想像ついてしまった。


「その上から目線で、巫女とか言ってくるってことは……。あの狐か」

「我にも『ライカ』という誇り高き名前があるのだ。『狐』と呼ぶのは失礼だぞ」

「初めて聞いたよ、その名前。まあ、いいけどさ。ライカ……。どうでも良いけど、なんで抱きかかえているの」

「ふふっ、それは我の大事な巫女だからな。こうして気にかけてあげないと心配なのだよ」


 ライカは危うくキスをしそうなほど顔を近づけて囁くように言ってくる。完全に女の子だったら、ときめきを覚えるのかもしれない。しかし、今の私には、ちょっと受け入れられないものだった。


「ライカ、あんまり顔を近づかないで。ちょっとキモイわ」

「失敬な。ここまで我に惚れなかった女子などいなかったぞ!」

「これでも私は心は男なんだからね。たぶん……」

「何だと!? では処女ではないと言うのか? それは詐欺だ!」


 好き勝手なことを言うライカを殴りたかったが、先ほど手も足も出なかったことを思い出して必死に耐えた。


「では巫女の話は無かった事に……」

「それはダメだ。だが処女ではないというのは……」


 この処女厨め。そんなことで懊悩しているライカに対する憎悪が膨らみつつあったが、その一触即発の雰囲気を救ったのがキノッピーだった。


「落ち着くッピ。こやつは神だから、清らかな乙女でないとダメなんだッピ」

「キノッピー、お前もか!」


 信頼していたキノッピーまで処女厨を擁護するような発言をし始めたことで、キノッピーに対する信頼は下落しまくっていた。しかし、そんな私の態度にキノッピーはドヤ顔になる。キノコに目と口しか付いていないのに、なぜドヤ顔になっていると分かるのかと言われると謎ではあるが、ともかくドヤ顔であった。


「魔王であるワシにとって処女とかどうでも良いことなんだッピ」

「そ、そうなの?!」


 私のキノッピーへの信頼度が大幅に上昇した。


「もちろんだッピ。ワシと契約して魔法少女になれば、男も非処女もみんな処女になるんだッピ」

「……」


 一瞬にして、上昇した信頼度が消滅していくのを感じた。確かに自分自身、男から女の子になってしまったわけだが……。そんな戸惑いを覚えている私をよそに、ライカがその言葉に食い付いた。


「なん、だと!? ならば、葵は処女ではないか。ならば問題なし。お前は正式に我の巫女と……」

「だが、それは待つんだッピ。葵はワシの眷属なんだッピ。ポッと出のお前に渡すわけにはいかないんだッピ」

「ふふふ、このイケメンとキノコ。どちらを葵が選ぶなど、聞くまでもないこと──」

「どちらかと言われれば、キノッピーかな……」

「──なん、だと!? このイケメンが目に入らぬと言うのか!」

「いや、なんでイケメンなら私が選ぶと思っているのか知らないけど、勝手に巫女なんて言っているヤツに付いていこうって思うわけないんだけど……」

「バカな! 我のこの姿で言い寄られて断るような処女は一人もいなかったというのに……全て我がいただいたというのに……」


 確かに顔はイケメンだ。しかし、私から見れば処女厨のゲス野郎にしか見えなかった。


「確かに顔はイケメンだけど……。その性格は、ちょっと受け入れられないわ。それならキノッピーの方が遥かにマシだ。死にかけたところを助けられたし……」

「くっ、なるほど。お前が死にかけたら助ければ良いのだな。ならば話は早い。我もお前と共に行くぞ」

「いえ、キノッピーで間に合ってますから」

「ぐぬぬ。ならば、その剣の力を解放する手伝いをしてやろう。それでどうだ?」

「うーん……」


 なおも迷う私に、ライカは呆れたようにため息を吐いた。


「やれやれ、そのキノコのことをどれだけ信用しているのかは知らんが……。そもそも、そのキノコもお前の先ほどの殺意の──」

「待つんだッピ。ちょっと二人だけで話をするんだッピ」


 そう言って、キノッピーはライカを連れて神社の奥へと消えていってしまった。五分ほど経ったくらいに戻ってきて、私の前に立った。


「交渉成立だッピ。ライカも葵の主になったッピ」

「そう言うことだ、これからもよろしく頼むぞ」

「えっ? どういうことだか、詳しく説明してよ!」


 私の剣幕に圧されて、バツが悪そうな表情の二人はおずおずと事情を説明し始めた。


「まず、ワシの契約は眷属になる契約だッピ」

「それは知ってる。それがどうかしたの?」

「人間を辞める、ということは魔族になることなんだッピ。魔族は長い間、人類と敵対してきたんだッピ。そのせいで、魔族の意識の中には人類に対する憎悪や殺意があるんだッピ。葵は、それに呑まれつつあるんだッピ」

「……要するに、魔族になったことで人類に対して敵対的になるってこと?」

「普段は問題ないんだッピ。でも、マイナスの感情を抱いて、その意識に呑み込まれるとマズいんだッピ」


 先日の轟との一件を思い出す。あの時も彼らに怒りや憎しみを抱いた結果、殺意に呑み込まれてしまって、彼らを当たり前のように殺そうとした。


「それって、何とかならないの?」

「ふふふ、そこで我の出番である」

「どういうこと?」

「先ほど言った剣の力の解放。それによって、その衝動を抑え込むのだ」

「そんなことが……できるの?」

「もちろんだ。その剣の裏側に描かれている九曜星は力をもって支配することで力を解放できるようになるのだが……、お前の力では解放できたとしても一つが限界だろう」

「九つのうちの、どれか一つってこと?」

「そうだ、そして最初であれば……。ドラゴンヘッドが良いだろう。それは太陽や月すらも食らい尽くすと言われているからな」

「その力で、魔族の衝動を食わせる、ってこと?」

「そうだ。完全に解決するわけではないが、だいぶマシになるだろう」

「そう言われても、解放の仕方がわからないし……」

「そんなの、戦うに決まっておるだろうが。それで勝てばお前の自由に力を使えるようになる、ハズだ……」


 ライカの言葉に憂鬱な気分になる。何より、つい先ほどこっぴどくライカに負けたばかりである。長年、無能力者として負け続けてきたのだが、オルトロスや轟に対して勝利を経験したことで、負けることに対して臆病になっていた。


「でも、勝てるかなぁ……。さっきライカにも全く歯が立たなかったし……」

「勝てるかは分からん。だが、我と比べる必要はあるまい。そもそも格が違いすぎる」

「そうなんだ……」

「人の身に余る神には違いないが、我からすれば低級な奴らよ。我の巫女ならば問題あるまい」

「いや、巫女って言うけど、いつの間に巫女になったんだよ」

「えっ? 先ほど、そこのキノコと交渉して契約内容を変更したのだ。だから我の力も使えるようになっているはずだぞ。もちろん、我には及ばぬがな」

「マジか……」

「そういうことだ。わかったらさっさと行ってくるがいい」


 いつの間にかライカのお尻から生えていた尻尾に弾かれて宙を舞う。そのまま私の意識は闇に呑まれていった。

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