第五話 魔法少女と呼び声②

 どうやら、こちらから声を掛けろということらしいので、さっそく意識を集中した。


『全く何もないんだけど、今日は無しってことでいいのかな?』

『何を言っているんだ。お前が近くに来ないから案内できないだけではないか』

『そんなこと言ったって、どこか分からないし、無理だよ』

『むううう、分かった。そうしたら、最初に行った駅まで行くがよい。特別に、そこから案内してやろう』

『宿の近くのでいいのかな?』

『そうだ、そこから案内を開始する。ちゃんと来いよ』

『はいはい、わかりましたって。それじゃあ』


 用件は済んだので速やかに会話を打ち切った。そして、話した内容をキノッピーたちにに伝えることにした。


「何でも箱根湯本の駅の近くらしいんだけど、そこまで来たら案内するって」

「むむむ、よし、ではさっそく向かうッピ」

「それが、昨日言ってた行きたいところってこと?」

「そうそう、まあ、駅からならどうせ途中だし、問題ないかな」

「そうね。それじゃあ、のんびり戻りましょうか」

「ダメだ、早く行ってケリをつけるんだッピ」

「いや、船の上だし、その後はバスだからね。焦らなくても大丈夫でしょ」

「むむむ、仕方ないんだッピ」


 納得しきっていない様子だったが、打つ手なしということであきらめたようだ。そして、私たちは出発駅である箱根湯本駅へと戻ってきた。


「やっと帰ってこれた……」

「まあ、これから行くんでしょ」

「そうだね。帰ってもいいかな?」

『いいわけないだろうが。早速案内するぞ。ちゃんと来い』

「どうやら行かないとダメみたいだ」

「まあ、さくっと行っちゃいましょ」


 こうして、謎の声の案内に従って向かった先は、商店街の奥にある神社だった。


「ここなの?」

「ここって、別に場所だけ教えてもらえれば普通にたどり着けるよね」

「そうだよね。道案内いらなかったんじゃないかな」

『どうでも良いではないか。早く中に入るがよい』

『はあい』

「じゃあ、中に行こうか」

「りょーかい」


 中に入ると、あたりの雰囲気が変わり、社殿の上に尻尾がたくさんついた巨大な狐がいるのが見えた。


「よくぞ来た。我が巫女よ」

「まだ、巫女じゃないよね?」

「ふ、少し試したあとは巫女になるのだから、問題ではあるまい」

「試すって言っても、どうするのさ」

「簡単なことだ。我と戦って力を示せばよい」


 改めて、社殿の上に鎮座している狐を見上げた。どう考えても、自分が勝てる相手だとは思えなかった。


「うーん、たぶん勝てないと思うから、あきらめるよ」

「ダメだ、逃がさん」


 どう考えても強制戦闘だった。しかも、どう考えても負ける未来しか見えなかった。仕方ないので、魔法少女に変身する。


「『愛の輝きシャイニングラブ胞子の心スポアハート』」


 一瞬で魔法少女の姿に変わると、最初から全力とばかりに魔法を使う。


「『胞子領域スポアフィールド』」


 辺り一面にキノコが生える。しかし──。


「無駄なことだ」


 狐が一言喋ると、キノコの世界はまるで幻のように消え去り、代わりに狐の神域が広がった。


「我の神域で、そのような小細工ができるわけなかろう」

「くそっ、キノッピー、何か手はないのか? このままじゃ勝ち目がない!」

「心のキノコを活性化させるッピ。攻撃としては使えないが、さらなる能力向上が期待できるッピ」

「心のキノコって……何?」

「誰もが持つ心のキノコなんだッピ。葵も意識を集中させるんだッピ」


 キノッピーの言葉に従って、心に意識を集中させる。すると、心の真ん中に巨大な赤い傘に白い斑点のキノコの存在を感じ取れた。その力を引き出すために、心に浮かんだ呪文を唱える。


「『活性化・超越巨大茸アクティベート・スーパーマッシュルーム』」


 その力が私の身体に流れ込む。見る見るうちに、私の身体は巨大化していった。最終的には、4倍の大きさにまで膨れ上がる。だが、巨大な幼女の姿になっただけなのが少し残念だ。巨大化した宿星剣を握りしめ、狐に向かって斬りつけた。


「なにっ、七星剣……いや、宿星剣か!」


 狐は剣を見て驚いていたが、右手で難なく斬撃を受け止めてしまった。


「ふむ……。確かに宿星剣、ではあるが……。まったく力が引き出せていないではないか。嘆かわしい」


 受け止めた剣をしげしげと見ながら、深いため息を漏らす。その仕草に苛立ちを覚え、再び斬りつけようとするが、剣は狐の右手でしっかりと押さえられており、ピクリとも動かすことができなかった。慌てて、剣を消すと狐から距離を取る。


「くそぅ、全く歯が立たないよ……」


 圧倒的な力量の差を見せつけられ、早くも心が折れかけていた。その表情を見た狐がニヤリと笑う。


「まあ、こちらは将来に期待と言うことだな。次はこちらの番だな。見事受けてみせよ」


 狐は尻尾のうちの1本を振るうと火の玉を現出させる。それを私に向かって放ってきた。慌てて右手に宿星剣を取り出し、火の玉を薙ぎ払おうとする。


「ふむ、足りぬな」

「なっ、そんなっ」


 オルトロスの炎すら打ち払った斬撃は、狐の火の玉には効果が無く、剣にまとわりついて燃え盛っていた。炎による熱が間近にいる私の身体をチリチリと焼いていく。耐えきれずに再び剣を消すと、今度は炎が私の身体に移ってきて燃え始めた。


「うわああぁぁ」


 地面をゴロゴロと転がりながら、火が消えるのを祈る。ほどなくして火は消えたが、私の身体はダメージを受けすぎたせいだろうか、巨大化していた身体は元の大きさに戻っていた。もし、巨大化していなかったら、先ほどで死んでいたのだと思うと恐怖で足がすくみそうになった。


「ふむ、耐えきったか……。存外、素晴らしいではないか」

「せめて一発でも……くそぅ……」

「まだやる気か……。戦意の高さも十分である」


 涼しい顔をして見下ろす狐に怒りを覚える。そして、気付いた時には以前と同じように殺意に呑み込まれていた。


「むむ、いかん。葵、抑えるッピ!」


 キノッピーも慌てて止めようとしたが、すでに手遅れだった。殺意は私の身体を満たし、宿星剣へと伝っていく。それに歓喜するかのように剣に刻まれた七つの星が黒く輝き始める。


「ほう、剣を強引に覚醒させるとはな。だが、それが可能なのは七星のみ。九星はそれでは足りぬ。そして、その程度では我の命には届かぬよ」


 身に宿る全ての殺意を剣に込め、それを振り上げる。そして、一呼吸おいて狐を見据えると、思いっきり振り下ろした。その殺意は黒い光の斬撃となって、狐に襲い掛かる。


「だが、これならば十分だ。我の巫女に相応しい」


 そう言って、右手で振り払うと、その斬撃は黒い光の粒子となって粉々に砕け散った。


 ──そして、力を使い果たした私は、そのまま意識を失った。

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