第五話 魔法少女と呼び声①
翌朝……、私の目覚めは決してすっきりしたものじゃなかった。あの後、眠れなかった、ということは無かったんだけど、中途半端なやり取りしかしていないせいだった。
「来いとか言われたものの、どこに行けばいいか……。まったく分からないや」
『道案内は任せておけ』
「うわっ」
突然、頭の中に声が聞こえたせいで、変な声が漏れてしまったじゃないか。
「何々? 突然、叫び出して……」
「あ、いや、何でもないよ。あはは……」
不審な表情で美咲に聞かれて、慌てて誤魔化したが、心臓はまだドキドキしていた。
『ちょっと、目を開けてるのに何で話しかけられるのさ』
『いや、別に関係ないが』
『昨日のはいったい……』
『それは、お前が動揺したからだ。落ち着いた状態でないとやり取りできないだけだ』
確かに、言われてみれば、昨日も突然話しかけられてびっくりしたわけで、声が途切れたのはそれが原因だったのかと、今さらながらに気付いた。
『そもそも、こうして話しかけられなければ、案内できないではないか』
『あ、そういうことなのか。来いと言ってて、場所教えないとかどんだけとか思ったけど……』
『我を何と心得る。そんな中途半端なことはせぬわ。まあ、そういうことなので、誘導するから、しっかりと来るように』
そう言い残して、再び声が聞こえなくなってしまった。
「ちょっと、葵。何、ボーっとしてんのよ」
「あ、ゴメン。今日なんだけど、一か所寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」
「……いいけど。どこよ」
「あ、実は……、ちょっと分かりにくい場所だから、その場で案内するよ」
「んん、まあいいけど」
「ありがとう」
「それはそうと、朝食の時間だからね。さっさと食べて出る準備をするわよ」
「はあい」
ささっと朝食を食べた私たちは外出の準備をする。もちろん、昨日買ったおやつも万全だ。
「それじゃあ、行こっか」
「うん」
宿を出て箱根湯本駅へと向かい、箱根ゴールデンコースと呼ばれるルートで大涌谷へと向かう。このルートは箱根登山鉄道からケーブルカーとロープウェイを乗り継いでいき、箱根の景色を楽しむことができるらしい。
「うわぁ、すごぉい」
美咲の方はむしろ冷静で、私をなだめるようなことを言ってきているせいか、よけいに自分が子供みたいにはしゃいでいるようで、もやもやしていた。
大涌谷駅でロープウェイから降りると、広がる自然の景色に圧倒された。地面から湯気が立ち上る様子は、まるで温泉地そのもの。山の斜面から吹き降ろす爽やかな風が心地よく、自然の息吹を感じさせた。
「真っ黒な卵……」
「表面だけよ。中は普通だから」
自然の景色を満喫した私たちは、近くの売店で黒たまごを買ってみた。真っ黒なゆで卵は見た目こそ不思議だったが、美咲が殻を剥いて見せてくれた。中から現れた真っ白な白身と鮮やかな黄身に驚き、私も思い切って殻を剥いてみた。
「お、美味しそう……」
付いていた塩をパラパラと振って食べると、その美味しさに心が震えた。もちろん、味自体は何の変哲もないゆで卵なのだが、最初の黒い見た目とのギャップと大自然の風景を見ながら食べることで、より美味しく感じられた。
一通り大自然の偉大さを満喫した後は、再びロープウェイに乗り反対方向にある桃源台駅へと向かう。次は箱根海賊船に乗って箱根の街へ帰るのだ。海・賊・船だ。
「これはもう、海賊王を目指すしかないのか?」
「バカなこと言ってないで、早く乗るわよ」
やはり分かっていない。女の子になったとしても、その前が男の娘だったとしても、少年の心は不滅である。海賊船と聞いて、心が昂らないはずがなかった。惜しむらくは、腕や足が伸びたりしないところだろう。もっとも、それでは二番煎じというものだ。
「キノコと胞子を自在に操ることができる実を食べた私こそが、海賊王に相応しい……」
そんな悪魔の実は聞いたことが無かったが、適当にキノキノの実とでも言っておこう、などと妄想しつつ、美咲に急かされるようにして船に乗り込んだ。そして、すぐに変身して舳先へと向かう。
「アイーム、フライーング!」
やはり船に乗ったら、これは定番だろう。運動神経の良くない私が舳先に立つには変身の力が必要だったので、迷うことなく魔法少女となって、係員の制止を振り切って舳先に立った。
「そこの君、危ないから早く戻ってきなさーい!」
そして次の瞬間、当然ながら係員の人に注意されてしまった。そそくさと舳先から降りて戻ると、美咲に頭を引っ叩かれた。
「あいたっ」
「なに恥ずかしいことやってんのよ」
「いやいや、船乗ったらやるしかないじゃない」
「まったく……。魔法少女の無駄遣いは止めなさい。そろそろキノッピーも怒るんじゃないの?」
「全く問題ないッピ。ワシの眷属としての宣伝にもなるッピ」
「大丈夫だって。って、いいのか……」
「中には後から自分のモノだという輩が多いんだッピ。だから、早いうちにワシのモノだという既成事実を作っとくんだッピ」
どうやら、自分が眷属であることを周囲に認めさせて、他の人が手を出せないようにするのが大事らしいのだが……。それを聞いて、昨日のことを思い出した。
「そう言えば、なんか巫女って言われたんだよね」
「誰にだッピ?」
「いや、分からないんだけど、寝ようとしたら、急に頭の中に声が聞こえてきたんだよね」
その言葉を聞いて、キノッピーは急に難しい顔をした。もっとも、目と口しか付いていないので、何となくしかわからないんだけど。
「それはまずいんだッピ。これは葵がNTRの危機なんだッピ」
「NTR?」
「ネトラレって言って、なんやかんやあって、別のヤツのモノになっちゃうんだッピ」
「良く分からないんだけど……。キノッピーとも契約してるだけで、キノッピーのモノじゃないよね」
「何を言うんだッピ。ワシの眷属、すなわちワシのモノになってるんだッピ」
よくよく思い返してみると、そんなことを言っていたような気がした。
「でも、契約しちゃってるんなら、そう簡単に変わらないんじゃないの?」
「契約じゃ、心は縛れないんだッピ。葵が他のヤツにメロメロにされたら終わりなんだッピ」
「メロメロって……そんなバカな」
「甘く見てると痛い目を見るんだッピ。これまでに何人も別のキノコに虜にされた女を見てきたんだッピ」
キノッピーは経験者らしく、警戒心をあらわにしていた。
「と言っても、あれから何の音沙汰もないんだよね……」
「それならば、こちらから攻めていくんだッピ」
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