第四話 魔法少女と湯けむりの旅②
当然と言えば当然だが、1時間半くらいで、私たちは無事に箱根湯本駅へと到着した。温泉街だと聞いていたので、もう少し寂しい感じなのかと思ったけど、意外と駅前は開けていた。とりあえず、荷物を置くために先に宿へと向かうことにした。繁忙期ではないものの、前日に急遽行くことが決まったため、宿はお高めのところになってしまった。しかし、オルトロスの素材が思いの外高く引き取ってもらえたこともあり、貯金を取り崩さなくても賄うことができた。
「うわぁ、意外と部屋が広い」
「そうね。さすがは高級温泉宿ってところかしらね。まあ、外に行く前に少し休んでいきましょ」
「賛成ぃ~」
和風の趣がありながらも、古びた感じはなく、清潔で広々とした部屋で寛ぐ時間はとても幸せだった。まさにオルトロス様様だ。
「お風呂もひろーい」
「こらこら、あんまりはしゃがないの。まずは身体を洗うから、こっちにいらっしゃい」
宿から駅前の方まで歩いていくと、途中に見つけた日帰り温泉施設に入ることにした。木の香りが漂う広々とした浴場に足を踏み入れると、湯気が立ち込め、心地よい温かさが全身を包み込んだ。その光景に心が浮足立つ。美咲がそれをたしなめるように注意をしてきたので、大人しく身体を先に洗うことにしたが──。
「一人で洗えるよ」
「いいじゃない。どうせ二人だけなんだし」
「いやいや、子供じゃないんだから、それに男だよ?」
「その身体じゃ、説得力なんて全く無いけどね」
私の身体をどっちが洗うか、という争いが勃発した。私の身体を洗おうとする美咲と、子供じゃないからと拒否する私。もちろん、先日のお風呂の出来事が再現されるのを恐れているのもあった。しかし、押し負けて現れる羽目になった私は、先日の二の舞を演じることになってしまった。
「もう、いい加減に機嫌直してもいいんじゃない?」
「……」
「ほら、お風呂上りにコーヒー牛乳おごってあげるから、ね」
「……わかったよ」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、コーヒー牛乳の誘惑には勝てなかった。風呂上がりのコーヒー牛乳の誘惑に抗うことができなかった私は、しぶしぶ機嫌を直して上げることにした。
その後はゆったりと湯船に浸かって、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲んだりしてから、街を見て回る。ついでに夜のおやつなども買い足したりしていたら、すっかり日も暮れてしまったので、宿に戻ることにした。
宿に戻ると、ちょうど夕食の時間だったので、すぐに用意をしてもらうことにした。
「うわぁ、凄い料理……」
「落ち着いて、料理は逃げないわよ。でも食べきれるかしら?」
「大丈夫、問題ないよ。今ならいくらでも食べられそう」
定番の刺身の盛り合わせや煮物、ローストビーフ、天ぷら盛り合わせに加えて、温泉湯豆腐が付いていた。湯豆腐は温泉水で煮込まれており、口に入れるととろけるような柔らかさだった。あまりの柔らかさにスルスルと口に入ってしまう。
こうして、私たちは料理をもの凄い勢いで食べていたが……。
「……うぅ、も、もう食べられなさそう……」
「まったく、だから言わんこっちゃない」
「も、もしかして変身したら食べられるようになるかな……『
魔法少女形態になった私の胃袋は、いくらでも料理が入りそうなほど、余裕ができていた。
「あ、これならいける。よし、食べるぞ!」
「魔法少女の無駄遣いだわ……」
「まったくだッピ……」
キノッピーも登場して呆れたように肩を竦めていたが、料理に夢中になっていた私は、まったく気にしていなかった。それだけでなく、私を何者かが見つめていたことにも気付いていなかった。
「ごちそうさまでしたっ! いやあ、食った食った」
料理を無事に平らげて満足した私は、お腹をさすりながら変身を解いた。満腹感と幸福感が全身に広がり、自然と笑みがこぼれた。
「女の子にされて、キノッピーのことはどうかと思っていたけど、今は魔法少女になって良かったって心から思えるよ。ありがとう、キノッピー」
「……感謝されているハズなのに、あんまり嬉しくないのは気のせいなのかッピ?」
「……気にしない方がいいわよ」
こうして、大きな問題もなく夕食を終え、宿の温泉に入って疲れを取った私たちは、明日に備えて早めに寝ることにした。
「明日は、少し遠出するから、ちゃんと休むのよ」
「はぁい。それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
そう言って、明かりを消して布団の中で目を瞑ると、頭の中に声が聞こえてきた。
『……やっと、見つけたぞ』
突然聞こえた声に、思わず目を開けて周囲を見回した。しかし、隣の布団に美咲が眠っているだけで、他には誰もいなかった。そして、再び目を閉じる。
『……落ち着け。先ほど、お前の姿を見て確信した。お前は我の巫女であるな?』
さすがに2回目ともなると、慣れてきて普通に目を閉じたまま最後まで聞くことができた。
『いえ、違います。魔法少女ですよ』
『先ほど、耳と尻尾を出していたではないか。あれこそが我の巫女の証であるぞ』
『いえ、あれは魔法少女に変身した姿です』
『馬鹿な、そんなはずはない。お前は我の巫女だ』
『いいえ、違います』
『馬鹿な、そんなはずはない。お前は我の巫女だ』
『いいえ、違います』
『馬鹿な、そんなはずはない。お前は我の巫女だ』
どうやら、会話が無限ループに入ってしまったようだ。ここは『はい』と答えないと話が終わらないパターンだと気付いた私は、最大限の譲歩をすることにした。
『はい、もしかしたら、そうかもしれません』
『ほらほら、言ったではないか。とっとと認めればよいのだ』
声だけのはずなのに、なぜかドヤ顔が目に浮かんだ。もし、目の前にいたら殴り倒していただろう。しかし、物理的に不可能なため、さっさと話を切り上げる方向で進めることにした。
『それで、何の用ですか?』
『つれないな。せっかく言葉を交わせたというのに、そんな事務的なことを言うなんて』
『仕方ないじゃないですか。明日は遠出するので、ゆっくり休んで疲れを取らないといけないんです』
『なんと、それはちょうどいい。ついでに我の社に来るのだ』
『いやあ、行けるか分からないですね。そもそも行って何をするんですか?』
『もちろん、お前が我の巫女に相応しいか試してやるのだ』
『えっ? さっきから、我の巫女って、ずっと言ってますよね?』
『もちろんだ、だから試すのだろう。何、心配はいらない。我の巫女であれば容易いことだ』
どうやら結論から言うと、今は巫女(仮)の状態らしい。試して相応しくなければ巫女ではないとか……。さっきまでのやり取りは何だったんだろう。ふつふつとこみ上げる怒りのやり場が無くてもどかしい気持ちのまま、深い眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます