第四話 魔法少女と湯けむりの旅①

 翌日、学園に着いてすぐにカウンセリング棟へと向かう。すでに話は通っているらしく、すぐに会議室へと通された──会議室?

 疑問に思いながら会議室へと入ると、学園長の藤堂だけではなく、研究者と思しき人が数名、それから鬼道先生と……。


「なんで異能自衛隊司令官の竜造寺さんが?」

「ああ、黙っていてすまないね。今回の件は非常に特殊な事例だったので、お越しいただいたのだよ」

「特殊ですか?」

「そうだ、君の異能は完全に別物の力だった。もっと分かりやすく言えば、君自身も人間とは異なる存在になっている可能性が高い」

「あっ……」


 キノッピーに『人間を辞める』と言われていたが、改めて言われるとショックだった。


「異能DNA検査の結果が問題だ。君はその意味を知っているか?」

「はい、異能細胞の活性度を見るためです」

「そうだ、異能の発動は異能細胞を通して行われる。その異能細胞の活性度が本来の異能の強さを示しているんだ。これは無能力者でも見ることができて、発動していない異能の潜在能力を測ることができるんだが……」

「活性化していない、ということですか?」

「いや、それどころか異能細胞自体が消失していた。君のDNA配列も人間のものとは思えない部分があった。それで、君が人間ではない可能性が高いと判断したんだ」


 この事実を聞いた瞬間、心が絶望に染まり、叫びたくなるような痛みが胸を突き刺した。その痛みを必死に押し殺し、震える声で今後について尋ねた。


「ということは、私は退学ですか?」


 何年にもわたって無能力者だと嘲られ、やっと力が手に入ったと思ったら異能ではなかったと言われた。それは学園で何年も耐えてきた私の努力を否定するもので、その痛みに心が悲鳴を上げ続けていた。しかし、私の不安を理解したのだろう。学園長は穏やかな笑みを浮かべた。


「安心したまえ。そのようなことは決して起こらないと誓おう。そもそも、この学園がなぜ創設されたかわかっているのかね?」

「えっと、異能を研究開発するため、でしょうか?」

「それだけでは半分しか正解とは言えないな。異能学園の目的はダンジョンという脅威に対抗して国家や国民を守ることだ。その手段として発見された異能を研究開発するための機関が学園と言える」

「でも、私のは異能じゃないって……」

「そうだ、君の能力は異能じゃない。でも、だからこそ価値があるんだよ」

「えっ、どういうことですか?」


 学園長の言葉の意味がわからず、先ほどから戸惑いっぱなしだった。


「まず、異能学園はダンジョンという脅威に対抗することが目的だ。言い換えればダンジョンに対抗できるという事実が優先される。もちろん、異能はその中でも優秀な武器だ。だけど、異能には分かっている限りでも二つの欠点がある」

「二つの欠点?」

「そうだ、一つは異能の個人差が大きいことだ。そのため、同じ異能と言っても格差が存在する。君たちが無能力者と言って蔑まれていたようにね。もう一つは、汎用性の無さだ。異能は一種類しか使えない。もちろん工夫すれば、多くのシチュエーションで使える。しかし、例えば身体強化の異能では炎を起こすことも、電撃を放つこともできないわけだ」

「なるほど……」


 確かに、異能は人それぞれ違う。しかし、そのことが格差を生んでいるのもまた事実であった。そして、無能力者の自分にとっては身をもって実感している現実であった。それに加えて、異能は一種類しか使えない。ゆえに、あらゆるシチュエーションに対応するのは難しく、ダンジョンを攻略する際には半固定化されたパーティー単位で臨む必要があった。


「と言っても、私の力もあらゆる場面に対応できるかというと……」

「それでもだ。君の力は『身体強化』『武装構築』『キノコ人間化』の三種類が確認されている。一種類しか使えない異能に対して、三種類も使えるのは大きな価値がある。それに──」

「まだ他にも使える可能性がある、ということですよね?」

「そうだ。我々はそう考えている。だから、君を退学させるつもりはない。安心してくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」

「ああ、それから新城さんから聞いているとは思うが、こちらも昨日の件で少し慌ただしくてね。生徒たちも浮足立っていて、面倒なことになりそうなんだ。それで申し訳ないのだが、一週間ほど休学という扱いにして欲しい。その間は学園へ来なければ、自由にしてもらって構わない。必要があれば、授業はオンラインでできるように手配をしておこう。それから──」


 そう言って、学園長は竜造寺へと目配せする。


「もし良ければ、僕たちの仕事を見学に来てもらっても構わない。事前に申請は必要だがね」

「えっ、本当ですか?」


 異能自衛隊と言えば、異能学園を優秀な成績で卒業した者の進路でもある。少数精鋭を旨としているため、非常に狭き門である。そのため異能自衛隊の見学を勧められると言うことは、優秀な生徒であるということだけでなく、また、将来の就職先が保証されているということの証明でもあった。


「ぜ、是非ともお願いします」

「こちらこそ、幼馴染の子も一緒に来てくれてもいいからね」

「えっ、美咲もいいんですか?」

「もちろんだよ。それじゃあ、また後でね」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って、カウンセリング棟を出た私は、入口で待っていた美咲と合流する。


「お疲れ様。それじゃあ、さっそく行きましょう」

「了解」


 私たちは新宿駅から小田急線に乗って箱根まで向かう。ロマンスカーを使えば1時間半ほどで箱根に到着する予定だ。駅で買った弁当やお菓子、飲み物を手に、指定された席に座ると、窓の外には都会の風景が広がっていた。


「緊張するなぁ」

「何言ってんのよ。確かに旅行みたいな感じだけど、緊張するほどの距離じゃないでしょ?」

「ま、まぁ。そうなんだけどね。でも、こうして二人だけだとデートみたいじゃない?」

「あ、ああ。まあ、そうね。もっとも、葵も女の子になっちゃったし、デート感はあまりないんじゃないの?」


 確かに傍から見れば、女の子二人、しかも年齢的には姉妹という感じだろう。しかし、未だに私は男の子という意識が強く、どうしてもデートみたいに感じてしまう。


「それはそうなんだけど、私はまだ自分が女の子だって受け入れきれていないから……」

「まあ、そうよね。でも、今回は葵の気分転換が目的だから。気を張ってたら意味無いわよ」

「わかってるって」


 そんな他愛もない話をしながら、列車は箱根へと向かって走り続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る