第三話 魔法少女と殺意①

 特別カウンセリングを無事に終えて、教室へと向かう。時間的に一限目がちょうど終わった時間だろうか、廊下に出ている人もちらほらと見えた。彼らの間を縫うようにして抜けて教室に入ると、クラスメイト達が一斉に私の方を見る。そして、一斉にひそひそと話をし始めた。一人一人の声は小さいけれども、これだけの人数が一斉に喋っていると、ざわざわといった騒がしさを感じる。


「まあ、男の娘から幼女にクラスチェンジしちゃったしね。しょうがないね……」


 普段は無能力者である私など、半ばいないものとして扱われているので、今の状況に気味の悪さを感じてしまう。しかたなく、彼らが騒いでいる理由をこじつけることで、自分を納得させることにした。


 少ししてチャイムが鳴ると、すぐに先生が入ってきて授業が始まる──前に、私を先生の隣に呼び出した。


「すでに話は聞いているかと思うが、こいつが相沢葵だ。少し見た目は変わっているがいつも通り接してやってくれ。それから、相沢は昨日、異能を覚醒させた」


 先生の言葉に、教室が少し騒がしくなる。それほどまでに無能力者が異能を覚醒すること──条件が分かって使えるようになること──は珍しいことだった。ざわつくクラスメイト達に先生は一度、咳払いをすると話を続けた。


「それでだ。異能を覚醒させてオルトロスを討伐した」


 その言葉でさらにざわつきが大きくなる。


「それだけじゃない。今朝は痴漢常習者を逮捕した。これらは規定通り、成績に加味される。お前らもこいつを見習って頑張れよ」


 それだけ言って先生は授業を始めるが、ざわつきは収まることが無く、授業どころではなかった。先生の方はあらかじめ想定していたのか、この状況でも淡々と授業を進めていた。そして、授業が終わると先生は去り際に一言付け加えた。


「あ、そうそう。相沢の異能は研究所で緊急調査中だ。今日一杯はかかると思うが、終わるまでは対人戦は禁止だからな」


 厄介なことに、その一言は特大の爆弾だった。一斉にクラスメイトの視線が刺さって、いたたまれない気持ちになる。


 その後、放課後までは美咲が近くにいてくれたこともあって、誰にも絡まれることなかった。


「葵、私はちょっと用事があって職員室に寄っていくから、葵は先に帰っていてもいいよ」

「いや、待ってるよ。駅まで一緒に行こう」

「そっか、くれぐれも周囲には気を付けてね」


 美咲は周囲のクラスメイトを視線で牽制する。ほとんどの人たちは、彼女の視線から目を逸らしたが、ごく一部の男子は逆に挑戦的な目で私たちを見てきた。


「わかった、気を付けるよ」

「それじゃあ、行ってくるわね」


 彼女を見送って、帰り支度をしていると、不意に声を掛けられた。


「おう、ちょっとツラ貸せや」


 そう言ってきたのは、クラスメイトの不良枠である轟剛とどろきつよしだった。その背後には金魚のフンであるクロとタマがいた。本名はもちろんあるが、3人でセットの扱いをされていて、誰も本名など覚えていなかった。


「いやだ。と言ったら?」

「お前に拒否権はねーんだよ」

「ミスタァ轟にチィィクするなんて、クレイズィなキッズだぜェ!」

「轟さんに逆らうんじゃねえよ。ゲフゥ」


 頭の悪い返しをしてくる三人に呆れていると、轟が急に胸倉をつかんで、そのまま校舎裏まで引きずられていく。ここに来て初めて、この姿になったことを恨めしく思った。校舎裏に連れてこられると、そのまま放り投げられた。


「きゃっ」

「ふん、元男のくせに、いっちょ前に女みたいな声出しやがって」

「……別に関係ないでしょ」

「元無能力者のくせに、ずいぶんと生意気な口をきくじゃねえか。おらっ」


 そう言って、私の腹に蹴りを入れてくる。重い衝撃を受けて、身体がくの字に曲がり口からうめき声が漏れた。


「ううう……」

「ちょっと、運よく結果出せたからっていい気になんじゃねえ」

「ぐはっ」

「てめえなんざ、最底辺で這いつくばってりゃいいんだよっ」

「あがっ」


 轟の拳や蹴りを何発も受けボロボロになりながらも耐えていると、轟の手が止まった。


「ふーふー、お前ら。そいつを脱がして押さえつけろ。俺に逆らえないように、その身体に教えてやるからよぉ」

「や、やめっ……」


 抵抗もむなしく服を脱がされ押さえつけられてしまう。身動きの取れない私に轟が迫ってきた。その瞬間、私の中で渦巻く感情が爆発した。


 ──何で私だけ、こんな目に。──何で無能力者だからって、こいつらの下の扱いなんだ。──何で、何で、なんで、ナンデ?


 そして、心に渦巻く感情と、それに対する疑問を、さらに心の奥、自分の根源とも言える場所から湧き上がる声が塗りつぶしていく。


 ──殺せ、殺せ、殺せ、ころせ、コロセ!


 その声が私の意識を黒く塗りつぶしていく。そして、それが私の中を満たした時、身体にも変化が起きた。


「な、なんだ!?」


 服こそ全裸のままだったが、頭から耳、お尻から尻尾が生えていた。それから私を襲おうとしている轟と、私を押さえているクロとタマを見た。不思議なことに、今の私にとって彼らはまるで――ゴミのようなものだった。


「「「ぐえっ」」」


押さえつけられていた左右の腕を振るうと、クロとタマが吹き飛んで轟にぶつかってカエルの潰れたようなうめき声を上げながら、三人まとめて吹き飛ばされていた。ただ腕を振りほどいただけで、ぶつかって吹き飛んだのはクロとタマのせいなのに、なぜか轟は怒りの表情を浮かべながら私を睨みつけてきた。


「やりやがったな。ぶっ殺してやるぁ! おい、お前らもマジメにやれ!」

「「へい」」


轟は鬼のような姿に、クロは黒い悪魔のような姿に、タマが白い雪だるまのような姿に変わる。どうやら三人とも変化系の異能のようだ。この系統は変化というステップが必要になるが、身体能力が上がる。しかし、私の目には大して変わっているようには見えなかった。


「食らいやがれ」


クロが炎の玉を、タマが氷の玉を投げつけてくる。それを素手で掴むとあっさりと握りつぶした。


「ふん、その程度でいい気になるなよ」


今度は轟が渾身の力で殴りつけてくる。それを半身になってかわし、バク転をしながらつま先を顎に入れる。


「んがっ、くそ、てめえ」

「そっちが殺す気なら、こっちも殺す気で行かせてもらおうかな。『愛の輝きシャイニングラブ胞子の心スポアハート』」


 呪文を唱えた瞬間、身体に天狐礼装、右手に宿星剣が現れる。


「とりあえず、雑魚には早々にご退場願おうかな」


 そう言って、宿星剣を横一閃に薙ぎ払うと、二人の首がポロリと落ちてコロコロと転がっていく。そして、首を失った身体は血を吹き出しながら倒れた。


「ひ、ひぃぃぃぃ。ひ、人殺し!」

「フフフ、何を言ってるんだか。そっちも殺そうとしてきたじゃないか。まあ、そんなに言うなら生き返らせてあげる。『胞子領域スポアフィールド』」


 私の唱えた呪文によって、あたり一面がキノコの世界となる。


「『寄生胞子パラサイトスポア』」


 そして、次の呪文を唱えると、クロとタマの首から頭が生えてきた──キノコの形だが。キノコ人間になった二人は「ウボアァァァ」などと言いながら、轟に向かって歩いていく。


「うわぁぁぁ、ち、近寄るんじゃねえ!」

「フフフ。酷い奴だな。友達じゃないのか?」


 轟は二人を一心不乱に蹴散らしていく。しかし、キノコ人間に、その程度の攻撃が効果あるはずもなく、再び彼に迫っていく。


「くそぉぉぉ。鬼め、悪魔め!」

「あはは、これはこれは……。とんだ友情だな。それに鬼はお前で、悪魔はそっちのやつじゃないか」


 渾身のギャグに彼とクロを指差して爆笑した。そして、ひとしきり笑ってから真顔に戻る。


「さて、と。そろそろ飽きてきちゃった。まずは、私を何度も殴った邪魔な右腕からかな」


 宿星剣を一振りして彼の右腕を切り落とした。キノコ人間を追い払うペースが落ちて、飲まれそうになって、左腕を必死に振り回す。


「あはは。いいね、その表情。さて、次は私を何度も蹴った右足かな」

「や、やめてくれぇぇぇ。謝る、謝るから、許してくれ」

「何言ってるんだい。これはお前が殺そうとしたから、仕方なく、こっちも殺そうとしてあげているんだよ。そう、お互いが合意の上での殺し合いだ。殺し合いに謝罪はいらない、ただ命を差し出せばいいのさ」


 そう言って、再び一振りして彼の右足を切り落とした。惨めに這いつくばる彼にキノコ人間が殺到する。二人の胞子を植え付けられて、瞬く間にキノコまみれになっていく。


「あはは、惨めな格好。可哀そうだから一息で殺してあげ──」


 気付いたら、私の首から下が完全に凍り付いていた。

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