第二話 魔法少女と女の子の戸惑い②

翌朝、まだ眠気が残るものの登校する時間になったので起きて朝の支度を始めた。


「まだ眠そうね」

「昨日、色々あったからね。今日も特別カウンセリング受けなきゃだしなぁ」

「えっ? 特別カウンセリング?」

「うん、昨日、先生に報告したら勝手に予約入れられたんだよね」

「うーん、まあ、それはしかたないかな」


美咲は腕を組んで考え込んでいたが、特にやめるようには言ってこなかった。もっとも、言われたところで既に予約を入れられているので行かない、という訳にはいかないのだが……。


朝食までいただいてから、美咲と一緒に家を出て成城学園前駅まで向かう。朝の通勤ラッシュ時間からは外れているが、電車はそれなりに混んでいた。私が立っていると、背後で美咲が男の人の腕を捻りあげていた。


「いてて、何すんだよ!」

「あんた、痴漢しようとしたでしょ。その子に」


彼女は腕を捻り上げながら、私を指差す。


「ま、まだ、何もしていねーだろうが」

「やるつもりだったのは分かってるんだからね。私の異能を疑うのかしら?」

「ちっ、覚えてやがれ!」


電車が停車して、扉が開いた瞬間、美咲の手を振りほどいた男は一目散に逃げだした。


「ふん、逃げれると思ってるの? 葵、変身して捕まえなさい」

「ええっ、ここで? 他の人もいるんだけど……」

「問題無いわ。先に実績と既成事実を作った方が良いのよ」

「それも勘? まあいいけど――『愛の輝きシャイニングラブ胞子の心スポアハート』」


呪文を唱えると身体が胞子に包まれて、姿が魔法少女のものとなる。それと同時に周囲から悲鳴が上がった。無理もない、私の右手には抜き身の剣が握られていたのだから。悲鳴を無視して男を追いかける。身体能力が上がっているおかげで一瞬で追いつき、追い抜いてしまった。


「ひ、ひぃぃぃぃ。がはっ」


彼の目の前で向き直り、剣の柄で鳩尾を突くと、男は苦痛に顔を歪め、泡を吹いて倒れた。駅員がやってきたので、美咲と一緒に事情を説明する。学園には経緯を説明するが、男には余罪があるらしく、特にお咎めなしということだった。


「凄いわね。葵の異能」

「異能かどうかは分からないんだけどね」

「まあ、上の連中も異能が何かなんてはっきり分かっている訳じゃないし、そう言い張ればいいのよ」

「そんなものかなぁ」


この大捕り物で少し電車は遅れたが、無事に新宿に着いたので学園の方へと向かう。美咲と別れた後、私はカウンセリング棟へと向かった。異能学園のカウンセリングとは名ばかりで、実際には異能の実験や解析を行うための場所だった。


「おはようございます。特別カウンセリングに来たのですが……」

「えーっと、相沢葵……ちゃんね。手続きをするから、ソファに座って待っててちょうだい」


受付の人に話かけるとカウンセリングの手続きをするとのことで、少し待たされるようだ。もっとも、予約を入れていたので少し待つだけでカウンセリング室へと案内される。特別カウンセリングというのは、私のように突然異能の力が開花した人に対するカウンセリングで、何をするかと言えば異能特性測定と異能強度測定、そして問診という定期カウンセリングと同様の内容に加えて、異能DNA検査と異能モニタリングとなっている。


「それじゃあ、この装置の上に横になってちょうだい」

「はい」


最初は異能特性測定と異能強度測定だ。これはCTやMRIのような装置の中に入ってオーラのようなものを測定するものだ。これを使うことで発現する可能性のある異能の特徴と強さが分かるようになっている。しかし、『無能力者』の場合は正しく測定できない場合も多く、そこまで信頼できるものではない。


「うーん、やっぱりゼロなんだよなぁ。気にする必要は無いと言われるけど……、ここまで低いと気にするなっていう方が無理だ」


私も例外ではなく、いつも通りゼロが並んだ結果を見てため息を吐いた。そして、気持ちを入れ替えて問診へと向かう。問診は普段は大したことないのだけど、特別カウンセリングとなると色々と問い詰められると聞いていたので身構えていた。


「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「あ、ああ。おはよう。相沢葵さんね。そこに掛けてもらえるかな?」


先手必勝、とばかりに丁寧にあいさつすると、先生は少し面食らったような顔をして席を勧めた。


「えーっと、とりあえずは……。異能の発動条件が分かったってことかな?」

「あ、はい。そうです」

「具体的には?」

「たぶん、死にかけた時に助けを求めたのがきっかけだと思います」


キノッピーを召喚した時のことを思い出しながら質問に答えると、先生の動きが止まった。


「えっ?!」

「えっ?」


いきなり聞き返されて、私も思わず聞き返してしまった。先生は軽く咳払いすると、事情を説明する。


「いや、すまんね。先ほど連絡があったんだが……。今朝、痴漢の常習犯を捕まえたそうじゃないか」

「あ、はい。そうですね」

「ということは、痴漢されて死にかけたってことか……。いったい何をされたんだい?」


私の答えにブツブツ何かをつぶやいた後で、何をされたかを尋ねてきた。意味が分からなかったが、正直に答えることにした。


「いえ、何もされていませんよ。どこにも触れられていません」

「えっ?!」

「えっ?」

「もしかして、言葉責めで死にかけた……。どういうことだ……。まるで変態じゃないか……?」


再び先生は何かをつぶやいていたが、こちらに向き直ると真剣な表情で見つめてきた。


「ちなみにだが、死にかけるって言うのは比喩的な話であって、性的に絶頂する、という意味ではないよね? 要するにだ。今朝、痴漢にあって、言葉責めを受けて激しく絶頂した。ということじゃないよね?」


あまりに唐突な先生からのセクハラ発言――言葉は選んでいるようだが――に、私は全力で否定した。たぶん、顔は恥ずかしさで真っ赤になっていたと思う。その後、キノッピーのことと魔法少女のこと、今朝の顛末を詳しく説明して納得してもらうことができた。


「ああ、すまんね。なにぶん、異能とは別の力という考えが無かったものでね」

「いえ、こちらこそ……」


部屋を出るところで先生が言い訳がましく謝罪してきたが、素っ気なく返して、そのまま外に出た。


その後は異能DNA検査だけど、こちらは通常のDNA検査と同じ口腔粘膜を採取して行うものだった。結果は後日になるため、採取したものを渡してモニタリングルームへと向かう。


「よく来たね。それじゃあ、さっそく部屋の中で異能を使ってもらうけど、今朝と同じようにやってもらえるかな?」


こちらの先生も今朝の話を聞いていたらしい。そう注文を付けてきたので、モニタリングルームに入って今朝と同じように変身してから移動して剣の柄で突く仕草をした。終わったことを知らせるために、お辞儀をすると入口の扉が開いたので外に出る。


「ありがとう。モニタリングの結果は……。普段であれば、ここで伝えるんだが……。他の結果とも比較しないといけないから、後日正式に報告するということにして欲しい」

「わかりました」


どうも、すぐに結果を出せないような状況らしかったので、私は了解するとお辞儀をしてカウンセリング棟を後にした。

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