第一話 魔法少女と炎の魔犬②

「そ、そんなこと、言われたって……。僕じゃ、何も、できない、よ……」


 私は尻餅をついたまま、痛みに加えて、それの発する威圧感に耐えながら、途切れ途切れに答える。その姿を見たそれも、状況を察したのか、腕を組んで考えているようだった。


「よろしい、ならば契約をするッピ」

「け、契約?」

「そうだッピ。契約してワシの眷属になれば、お前のケガも治って力も得られるッピ。どうだッピ?」

「ち、力を?」


 私は、まさに死にかけと言っていい状態だ。そこから脱することができるだけでなく、力まで手に入るとなると、悪い話では無いように思えた。しかし──。


「でも、何か……。代償があるんじゃ?」

「そんな大したものではないッピ。魔王の眷属だから人間は辞めてもらうッピ」

「えっ? 魔王!? それに、人間を辞めるって……」


 このキノコにしか見えないモノが魔王だと思えなかった僕は、一瞬だけ呆気に取られてしまった。さらには人間を辞めると言われて、戸惑いを覚える。


「ぐぬぬ、信じられないッピ? ワシは魔王キノッピーだッピ。それに人間を辞めても、そこまで外見は変わらないッピ」

「……信じる。信じるよ」


 詰め寄られて、思わず信じると言ってしまった。もっとも、そのおかげでキノッピーの表情が少しだけ和らいだ。そして再び顔を近づけると、今度は和やかな声で話しかけてきた。


「それで契約しないかッピ? 今なら特別サービスで強力な装備を付けるッピ」


 まるで熟練のセールスマンのような売り込みに、思わず首を縦に振ってしまう。


「わ、わかった。契約するよ」

「では、名前を教えるッピ」

「わ、私の名前は相沢葵、です……」

「では……。『我、キノッピーは汝、相沢葵を眷属とし、力を分け与えることを契約せん。汝、己の身を我に捧げることを誓うか?』」


 キノッピーの問いに少し逡巡するが、私は意を決して大きく頷く。


「誓います」


 そう答えた瞬間、私の身体は大量の胞子に包まれた。驚きと戸惑いの中で、自分とは異なる新たな力が流れ込んでくることを感じた。


「けほっけほっ、何なんだよ、これは……。えっ?」


 胞子に包まれた思わず咳き込んでしまうが、それと同時に全身の暖かさと共に不思議な感覚に襲われる。


「何だ、この感覚……」


 失われた手足の感覚が確かに戻ってくる感触があった。でも、それだけじゃない。何か根本的に違う。視点が低くなった? いや、それだけじゃ説明がつかない。ふと胸元に目をやると、わずかな膨らみがあった。「まさか……」という予感と共に、おそるおそる下半身を確認すると……。そこにあるはずのものが無かった。


「えっ、無いんだけど! どういうこと? それに身体が小さくなってる?」


 僕は手足が戻ったことに安堵しつつも、身体の変化にともなう違和感に戸惑いを覚える。しかし、キノッピーは意味がわからないとばかりに首を傾げていた。


「無い? 女性には元々無いはずだッピ。もちろん、契約して魔法少女になったのだから無くて当然だッピ」

「えっ? 魔法少女なんて聞いていないんだけど……。それに私は男だったんだけど……」

「何と、変態だったッピ? それに、ワシの眷属が魔法少女なのは常識だッピ」

「変態言うな! それに常識って……そんなの知らないよ!」


 自分でも『普通』ではないことは理解している。学園で失意のどん底にいた私に美咲が勧めてくれたのが女装だった。元々、女の子っぽい顔つきをしていた私は、それによって仮初の自信と知りながらも立ち直りつつあった。しかし、そんな私でも女の子の身体になってしまったことで、驚きと戸惑いを感じていた。


「でも……、なんか魔法少女っていう割には小さくない?」

「だいたい十歳から十五歳くらいの年齢になるッピ。たぶん、葵は成長が遅いんだッピ」

「いい加減だなぁ」


 僕は自分の小さくなった身体を見下ろしながら、複雑な気持ちになった。何よりパットを失ったことで、私の胸すらも男だった時より遥かに小さくなっていた。パットを押さえるために付けていたブラジャーすらもスカスカになっているのを見て悲しい気持ちになった。しかし、力を手に入れたことによる自信で上書きできれば……、と気持ちを切り替える。


「そんなことはどうでも良いんだッピ。あの犬っころを倒すんだッピ」


 低く唸り声を上げるオルトロスと対面して、自らの力を信じて殴りかかっていく。


「きゃっ」


 しかし渾身の力を込めた一撃は、オルトロスの猫パンチならぬ犬パンチによってあっさりと迎撃されてしまった。オルトロスは相変わらず低く唸り声を上げるだけだったが、私に対してはドヤ顔で鼻で笑っているように見えた。


「ちょっと、全然ダメじゃないか。力を手に入れるどころか、弱くなってるよ……」


 恨みのこもった目でキノッピーに抗議するが、今度はキノッピーまで私を鼻で笑う。


「ふっ、ふざけてないでサッサと変身の呪文を唱えるんだッピ」

「変身の呪文なんて分からないんだけど……」

「『愛の輝きシャイニングラブ胞子の心スポアハート』だッピ」

「最初から教えてよ……。『愛の輝きシャイニングラブ胞子の心スポアハート』」


 呪文を唱えると僕の頭から狐の耳が、そしてお尻から尻尾が一本生えた。そして、肩が少しはだけた、袖と襟に茶色い縁取りのある花柄の衣と赤くて裾に白いレースをあしらったミニスカート、そして青い帯がリボンのように後ろで結ばれていて、結び目からは色とりどりの組紐が垂れ下がった服装に変わった。さらに、僕の右手には表側に柄杓の形をした七つの星が、裏には月と太陽、そして五角形に結ばれた星、その下に左右に並んだ星が描かれた剣が握られていた。


「この格好は一体……」

「これは……天狐礼装と宿星剣ではないかッピ」

「知っているの? キノッピー!」

「知らないッピ。名前だけ聞いたことがあるッピ。でも、強力な装備のはずなんだッピ」

「何で知らないのに、強力だってわかるんだよ……」

「変身の時に放出される魔力でわかるんだッピ。葵は魔法少女の素質があるんだッピ」


 どうやら異能の素質は無いけど、魔法少女の素質があったらしい。しかし、見た目は女だったとはいえ、中身は男だった私の心境は複雑だった。変身したおかげで戦うための動き方や魔法の使い方などが自然に頭の中にイメージできるようになる。こうしてオルトロスを見ると、それほど強いようには見えなかった。


「さあ、やるんだッピ!」


 キノッピーが私を盾にするように後ろに下がると、オルトロスが立ち上がってにじり寄ってくる。そして、ある程度近づいたところで口から炎を吐き出した。その炎を難なくかわすと、今度は背後から悲鳴が上がった。


「あっちっちだッピ。なに避けてるんだッピ。ちゃんと庇うんだッピ」

「えぇぇ……」


 回避したことで炎の直撃を食らったことにより、キノッピーは激おこだった。彼の身体は少しだけ焦げ目がついていて、あたりに香ばしい匂いが漂っていた。


「ちゃんと戦うんだッピ! 炎は剣で弾くんだッピ」

「わ、わかったよ……」


 キノッピーに怒られている間にもオルトロスは次の炎を吐き出す。それを宿星剣で次々に切り裂くと火の粉となって消滅した。


「その調子だッピ。早くトドメを刺すんだッピ!」


 急かすキノッピーの言葉に頷いて、オルトロスの首を宿星剣で切り落とした。そして、大きな音を立てながら横に倒れる。


「やった! やったよ!」


 素早くオルトロスの素材と魔石を剥ぎ取ってカバンにしまう。ユニークモンスターの素材は貴重なこともあり、かなりの高値で取引されるので、とてもありがたい。


「これで終わりだッピ?」

「いや、奥までいかないといけないんだけど……」

「それじゃあ、どんどん先に進むんだッピ。今の葵なら、この程度の敵など余裕なんだッピ」


 ユニークモンスターを討伐した後は、強い敵に遭遇することもなく、あっさりと第一階層の一番奥にいるボスモンスターであるゴブリン一匹を討伐した。そして、証拠となる部位を剥ぎ取ってから学園へと戻った。

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