7章
第36話 枷
環や蓮が通っている千支第三中学は公立だ。環自身はそもそも学力の可否などなくとも"環"である時点で社会的な評価もある。中学受験をするくらいなら、知己である蓮と同じ場所に通うほうがよほど息がしやすかった。その学校では修学旅行が二年の後半にあるが、飛行機を使った遠場ではなく信州や甲州が主な目的地だった。
「環の昔の住処ってこの辺なのか?」
「正確にはもっと山のふもとだったけれどね、一度廃村になってたし、記録か何かが残ってればいい方かな」
「うわ……。で、それを探す数合わせに俺が選ばれたわけか」
渋面を作る蓮だが、何だかんだ付き合ってくれるのだから人がいい。学校の集団行動で見学している城から数駅ほど離れた駅に二人で降り立ったところだった。
「先生たちのことだからこれくらいの行動なら許してくれるとは思うけど、一人での行動は心配されるだろうと思ってね」
「俺がいてもその辺の数になるか分からねぇんだよな~、まあアイス奢ってくれたしいいけどさ」
駅の構内で売っていたご当地ソフトクリームをかじりながら笑う蓮は、それにしてもと話を変える。
「司狼のやつの方はちゃんと話通したんだよな? 後でめちゃくちゃ睨まれるのとか勘弁だからな俺」
「……一応話は通したよ。本人の納得はさておき」
「不安……」
ならサクッと終わらせて早めに皆のところに帰ろうぜと促す蓮に頷く。
「そうだね。そう時間はかからないと思うよ」
◇ ◆ ◇
宣言通り、資料室での作業自体は移動時間とさほど変わらないくらいのものだった。司書の女性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません、やはりお求めの地域の集落情報はこちらが全部のようで……」
「いえ、そんな気はしていましたから。お忙しいのにありがとうございます」
──かつての故郷についての資料は残存していなかった。あれだけ蹂躙され、生き残りもいなかったのならば仕方がないが、胸を覆う虚無感はどうにも消せない。隣で息を吐き出す音が聞こえたかと思えば、軽くこちらの背中をたたいてくる。
「ま、そういう時もあるって! 逆に環が証言することで歴史的なかいめい? がされるかもしれないんだからさ、一個前に進んだってことにしようぜ」
「……別に解明をしたいわけじゃないんだけど。まあいいか」
隣であっけらかんと笑う表情は衒いなく、だからこそこちらも肩の力を抜いて資料館から出ることが出来る。
「蓮、予定の帰りの電車まではまだ時間あるし、もう一つくらいなら何か奢ってあげるよ」
「マジ? ラッキー、さっきアイス食ったからあったかいもん……たこ焼きとか?」
「ご当地ものじゃないけどいいの? というか夕飯はちゃんと食べるんだよ」
お前は俺のかーちゃんかよと笑う蓮は、大通りから外れた細道の奥にのぼりがあるのを見つけたようだ。ちょっと買ってくると手を振って駆け出すのを見送る。今日の予定としてはこの後皆に合流して宿に戻るだけ。なら今のうちにお土産でも考えておくべきか。母もだが、司狼にも何か用意した方が良いだろう。
──数か月ほど前に関係性の名称は変わったとはいえ、渡すものの種類や質は換える必要はないだろうか? ……仮に何を渡したところで喜ばない想像が出来ないのは逆に厄介だな。
「………ん?」
思考をしながらも細道の奥へと傾けていた耳が異常を感知する。蓮の足音が留まり、代わりに聞こえてきたのは……か細い悲鳴。
「蓮!」
反射的に駆け出した先、足音が先ほどまで聞こえていた場所まで駆けだせば、人気がほとんどない細道の奥、大の男二人掛かりで抑え込まれ猿ぐつわを嚙まされている彼の姿を見つける。
「チッ、もう感知しやがったか。これだから獣越者ってのは……」
「そこのガキぃ! これ以上近寄るんじゃねぇ! このダチがどうなってもいいのか!?」
「む~~~~~!!」
蓮の首元にナイフを当てた男の言葉に足を止める。
ここから飛び掛かって男二人を
「……彼を放していただけませんか」
「そうはいかねぇな。このガキがテメェと一緒に狐野郎のところに行ってるのまでは調べがついてるんだ。ケモノどもとよろしくやる奴らを野放しには出来ねぇな」
「……」
言を聞くに彼らは獣越偏見者の中でも過激派の一派なのだろう。
──狭牙や狐月のように目立った会社の関係者との付き合いを知って、僕に狙いをつけたということだろう。蓮の首にナイフを当てていない側の男が手のひらをこちらへと向けてくる。
「テメェもケモノなんだろう? なら例の石を持ってるだろう。とっとと差し出しな」
「……彼に危害をこれ以上不用意に加えないことを約束していただければ」
「へっ、俺らも
……保証は何もないが、言質は取った。無言で獣石をポケットから取り出して差し出せば、蓮の顔がますます青ざめる。
受け取った男はそれを忌々しそうに眺めてから、キーホルダーほどの大きさをした黒い硬質な板を取り出す。越具だということはその場にいた環や蓮にも一目見ればわかった。
「ディタレントワードは……『くそったれの猫野郎』でいいか。『くそったれの猫野郎』、今から俺らがテメェの飼い主だ」
「…………ッ!!」
ばちりと越具と獣石の間に火花が散る。火花は一瞬で消えることなく、細長い糸となり環の首へと巻き付いた。ばちんと機能が止まったように、視界が暗闇に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます