6章
第31話 次の約束
「水曜は休んでたけどもう大丈夫なのか?」
「ああ、ちょっとトラブルがあったけど、今は問題ないよ」
朝のHR前に正面の席を陣取った蓮。開口一番の問いかけに返事をしながらノートを開く。
「ならいいけどさ。具体的に何があったんだよ」
「……ちょっとここでは話しにくいかな。昼、屋上でいいかい?」
「あつ、もういいや。大体わかったから」
一瞬で突き放すような物言いへと変化した蓮に眉を顰めるが、吹聴する話題でもない。昨日の板書きの内容を写すうちに、話題も遷る。
「ま、今日学校来れたなら良かったわ。来月の修学旅行の班決めと自由行動で、争奪戦のトロフィーがいなかったらどうにもならねぇもんな」
「人を勝手にトロフィー扱いしないでくれないかな」
「俺じゃなくてクラスの女子に言えよ」
無茶を言う、と肩をすくめて苦笑する。学校の行事で組みたくない相手もいないから、その辺りは大体隣にいる腐れ縁に任せるつもりだが。そこまで考えたところで、以前から聞いていた旅行の道程と脳内の地図が重なった。
「まあ、そこは蓮が近づきたいって子がいるならその子と一緒になるように動いてあげてもいいけど」
「えッ!? マジで??!」
机をはさんでこちらに身を乗り出す蓮のせいで生まれたミミズが這うような文字を睨めつけて、消しゴムでその痕跡を消していく。
「もちろん交換条件はあるけどね。二日目のグループ見学の時間、ちょっと抜け出して僕に付き合ってよ。先生には話を通しておくから」
「うげ……んなことだろうとは思ったけどさ。どこに行くつもりだよ」
満面の笑みを一気に渋面に歪ませた素直な顔立ちに噴出しながら、口元に手を当てる。下手に咳ばらいをしたせいか、続く言葉が少し掠れた。
「……あの辺りに二代目の頃の故郷があったんだ。そこの記録が残っていないか、資料館を覗いてみたくて」
「……」
やけに上ずった声を笑うでもなく、蓮は浮かしていた腰を正面に降ろす。
「ま、そういうのなら別にいーけど。行く途中の飲みもんくらいは奢れよ」
「分かってるよ。……ありがとう」
「どーも。でもそれさ、修学旅行の合間に行く必要あんの?」
視線をそこでノートに記していた文字から正面の蓮へと向ける。頬杖をついた彼は、わざとらしく視線を斜め上へと向けていた。
「いやさ、別に一人で行けとは言わねえけど、お前が行きたいって言ったら絶対連れてってくれる奴いるだろ? そいつじゃなくて俺でいいの?」
彼が誰を指しているのかは言わずとも分かった。分かったけれども、シャーペンの動作がその問いかけで完全に固まる。
「……? おい、どうした環」
「そういえば言ってないな。司狼に修学旅行のこと」
「はァ!?」
◇ ◆ ◇
「いやだから、それは絶対早めに言った方が良いって、後回しにしねぇで」
「とは言ってもね。もうすぐ満月が近づいているのに、こちらから連絡を取るのは気が進まないな……来週じゃダメか?」
朝のやり取りから半日以上、蓮は口を開けば同じ主張ばかりしてくる。
「いやいやいや、 その間に環のかあちゃんとか別のとこからその話が耳に入ったらどうすんだよ!」
こちらの肩をわしづかみにして揺らしてくるのをさせるがままにしながら、言われるがままその光景を予想する。
「……あぁ、確かに、こっちに相談なしに仕事とか後回しにして勝手について来そうだ」
「だろ!? うっかり俺とお前の二人で抜け出してるのが見つかったら絶対ヤベェことになるって!」
一年前の再来……とまではさすがにならないと思いたいが。蓮の脳内ではそれよりも恐ろしい戦いが勃発しているらしい。大仰な身振りで両腕を抑えてわざとらしく歯を鳴らした。
「向こうも自重はするだろうよ。お前が明日の朝には爪と牙で引き裂かれてゴミ箱行き、とかにはならないはずだ」
「想像がエグいんだけどぉ!? ……はぁぁぁ……ああもう、すぐ話したくない事情があるってんなら、せめて満月終わったら話してくれよ。っていうか今、次会う約束ここでしといてくれ」
「……蓮にそこまで指示される理由がないんだけど」
金の目を細めれば、大げさな仕草で両手を挙げてくる。その一方で悪びれない顔をするからこの友人が憎めないのだ。
「いいだろ、別に。そうしなきゃさっきの約束も俺知らねえから! ほら、さっさと連絡するする!」
「チッ……」
舌打ちをわざとらしくして見せるが、大仰な仕草に反する顔色の安定感や、わざとらしい声の上擦りの意図くらいは分かっていた。視線をわずかに端末に落としてから、けれども指先は動かない。
「……とはいえ、別にそこまで緊急でもないし。今日中には連絡しておくから、あとでもいいだろ」
「はぁぁ……しょうがねぇなぁ」
「悪いね」
理由まで見透かされているかは分からないけれど、彼に連絡を取ろうとしていない僕のことを、蓮はきっと気付いている。けれども直接指摘をしない優しさに甘えさせてもらうことにした。修学旅行ではデザートの一つくらい奢ってやろう。
ディスプレイに表示されたたった四文字の漢字をタップできない指先のいくじなさにため息を飲み込んだ。
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