第19話 狐穴に向かう

「と言うことでお邪魔するよ狐月こげつあつし

「……」


 先日の特別展の翌週火曜午後。狐月アミューズメント社の受付前に訪れた時に出迎えた取締役の顔は見ものだった。


「……どうしてキミがここにいるのかね。猫の」

「今日は学校もテスト最終日だ。サボってはいないよ」

「そうではなくて、ワタシは客に会いに来たのだが。面倒なパーティを避ける代償として、知り合いを案内してほしいと……」

「僕がそうだよ。飯角いいずみには伝手があったからね。その縁で友人と二人で見学をさせに来てもらったわけだ」

「ど、ども……」


 僕の影に隠れるようにして、蓮が顔だけを覗かせる。益々意図が分からないといった顔で、狐月は僕と蓮の顔を交互に見定めた。


「なぁ環! やっぱりお前また無茶してんだろ!?」

「失敬な。司狼の友人に会おうとできる範囲で尽力したまでだよ。法を侵すことは何もしてない」

「……とりあえずキミが主犯というのは分かったよ。猫の……環と言ったか。ワタシに何の用だ?」

「来訪の主目的は見学だよ。獣越産業とゲームの融合というのは友人も興味があるようでね」

「たしかに面白そうって言ったけどさぁ!?」


 掴みかかる勢いを避けて笑う。


「ほら、僕一人で彼に会いに来るよりはマシだろう? 司狼の反応が」

「俺と一緒でも怒ると思うんだよなぁ〜〜?」

「……はぁ、頭が痛くなるね。それで、本命の用件は」



 ──司狼に関してかい?


 細められた瞳に対し、こちらも口元に弧を描いた。



 ◇ ◆ ◇




「えっ、これってゲームの世界に自分が入って楽しめるのか!?」

「そうとも。いかに越具を使ったところで鳥の翼を長時間再現するのは身体の負担が大きい。幻身体げんしんたいについてはまだ謎も多いからね。だが獣越者の心身状態や、それ以外の他者の身体データを数値として取り込み、脳波にそれを即することで簡易的な獣越者体験が……」

「よく分かんねぇけどすげ〜!」

「こらっ、ちゃんと話を聞きたまえ! そしてこの偉大さを理解するのだ!」


 ……思ったよりもこの二人、相性がいいな。蓮を巻き込むことに良心がかけらも痛まなかったといえば嘘になるが、連れてきて正解だった。


 向かった先は先日足を運んだ博物館の特別展。夕方とはいえ平日だからか人は少なく、蓮が興味を示した体験コーナーも列を成してはいなかった。


「習うより慣れろじゃないかな。蓮みたいなタイプは特に。どれか試してみたら?」

「おっ、そうだな! んじゃ鳥の……ワシにしてみる!」


 機器を装着してボタンを押せば、画面が輝く。外で見ているこちらにはわからないが、今はゲームのチュートリアル場面のようだ。ヘッドホンから漏れ出る音がそれを示していた。



「……それで? 言っておくけどあの男がああも壊れた理由はワタシは知らないよ。むしろコチラが教えて欲しいくらいだ」

「だろうな」


 その点において、狐月に非があるとは思っていない。頷いて返せばますますいぶかしんだ視線を向けられた。


「なに。ここに来た半分は君から見た司狼の忌憚ない印象を聞きたくてね」

「……そんなことを聞いてどうするんだい?」


 蓮が奇妙な動きをはじめる。左右に飛んでは両手を揺らすのは、翼を模しているのだろう。鳥の獣越者は自らの両腕を幻翼げんよくと化して飛ぶという。もっとも、すでに八度の生を終えた環ですらそれを見たのは一度きりだったけれど。


「こちらについては私の元養い親としての興味本位だね。あの子が私のいない間、どんな交友関係を築いていたかを知りたがるのは、親としては自然だろう?」

「…………、……いけすかないスカしたやつだよ。アイツは」


 ポケットに手を突っ込んで息を吐き出した男は、苦々しい顔をしていた。


「猫ってことはアナタが育てたのでしょう? あの狼を。自分一人以外信じる必要はないといいたげな素振りはどうかと思うね。それに足る優秀さがあるからともかく」

「どちらも本人の性質だと思うが……」


 孤独たれと強制したことはなく、むしろその逆だ。能力面についても、三年間で出来ることをしただけに過ぎない。


「どうだろうね。一つだけ確かなことは、アイツはキミのことしか見ていないと言うことだ。シャクなことにね」


 狐の如く細められた瞳がこちらを敵意を込めて睨みつけてくる。


「……あの子のことが好きなのかい?」

「はっ、怖気おぞけがするね。自分のライバルにそれに相応しいだけの格を得ていてほしいと思うのは当たり前だろう?」


 吐き捨てた男は、返すようにこちらに問う。


「そう言うアナタはどうなんです? 前世では養父として育てていた子どもが今世では牙を向いてきている」

「……安全策はとっているよ」


 首輪ステイリング──特定の言葉で相手を縛る術は機能している。喉を潰されでもしない限りは対処の方法はあった。


「そういうことを聞きたいんじゃない。アナタ自身があの男の執心を得ていることに対してどう考えてるのかを聞きたいんだ」


 蘭茶の瞳がこちらを射抜く。

 浮かべた苦笑は、けれども続く言葉に凍りつくのを自覚した。



「ロウフ・ウルフェン」

「…………ッ。……その名を、どこで」


 幻耳げんじが立ち上がる。

 空気はいつの間にか張り詰めていて、狐と猫、狩りを行う獣たちが互いに警戒を示した。


ワタシたちは比較的狐月家に現れるからね。過去の獣の記録を調べることは不可能ではなかったよ」

「……」



「三代目の──九十九つくもたまきを凌辱して殺した狼。……司狼を拾ったのは、復讐か?」

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