第16話 不意の遭遇

 都心の中でも美術館や博物館などの文化施設が集積している地区はいくつかある。その内の一つ、百年ほど前の梟が設立した博物館は最新技術と様々な視点から収集された歴史物が混在する施設として、多くの人々が休日に足を運ぶ。


 その日私たちが足を運んだ近代ゲーム産業展は、業界人らしき人から地域の住民、はたまたゲームに興味がありそうな私と同年代の学生まで様々な人々が存在していた。


「へぇ、最新鋭のゲームが中心だと思っていたが意外と歴史的な視点の展示も多いな。見覚えがあるものも多い」

「そうなのですか? 狭牙うちも獣越と科学技術の側面で幾らか情報提供は行っていますが……どちらかというと別の獣越者の領分だと思っていました」

「そうだな。私が行っているのは狭牙の前、飯角いいずみの時の話だな」

飯角いいずみ?」


 遠くで熊の獣越の力を得た子どもが、幻想の敵と戦う声が遠くから聞こえる。獣越の力をより気軽に、より本来とは異なる世界に没入して楽しめるようにというアトラクションもあるらしい。賑やかな体験エリアとは一転して、このエリアは囁き声が交わされるだけの静かなものだ。


「あの頃は獣越者への偏見を弱めることを優先してエンターテイメント分野に力を入れていたから、少し懐かしい気がするよ」

「……珍しいですね。環さまが昔のことをお話しするなど」

「そうか? ……言われてみればそうかもしれないな」


 展示されている据え置き型のレトロゲームを見つめる。……意識して排除していたそれを思い出すのは久しぶりだ。ガラス越しに隣に立つ男を見ると、その眉間には深いしわが刻まれていた。


「なんだ、その仏頂面は」

「いえ。……思えばかつてのあなた自身のことについて何もお話しくださったことはないな、と」


 有り体にいえば嫉妬ですと。私の肩に手を添えて引き寄せてくる。成長期で多少私も身長は伸びたとはいえ、長身の司狼の未だ胸元程度しかない。

 友人というには距離が離れすぎていて、兄弟というには司狼から向けられる視線は甘すぎる。


「過去のことを気にせずとも、今私の隣にいるのはお前だろう。蓮のことといい気にしすぎだと思うが」

「……あいにく、それだけで満足できるほど私の欲は薄くないのですよ」


 引き寄せた手のひらはそのままついと上に動き、頬をなぞってくる。

 新古渦巻く空間にありながらも切なる響きと甘い声は近くを通りかかった若者が思わず足を止めて振り返るだけの魅力があった。──本当に彼はこの十数年で魅力的な男になった。それは認めよう。

 小さく口元にこちらも笑みを浮かべ囁いた。




「言っておくが僕はまだお前のホテルでの狼藉を忘れたわけではないからな?」

「うっ……──」



 撫でてきた手を払いのけてその腕からもすり抜ける。僕が子どもで良かったと思えるのは、そうして浮かべた悪戯めいた笑み一つでただの児戯だと周囲が誤認することだ。


「……いけないですか。前もその前も今も。あなたに連なることならすべてを知りたいですし、これからのすべてに関わりたい。他の者など歯牙に掛けないでほしいと。そう思うのは」

「思うのは自由だが……逆に聞こうか」


 ──ぼくがそう簡単に縛られたがると思うか?


 彼の瞳に写る僕の金色の瞳はずいぶんと楽しげに細められていた。性格が悪いものだと自分でも思うが今更だ。八の字に眉を下げながらも、司狼が口を開きかけた。



「……おや、これはこれは。まさか我が狐月こげつ協賛の産業展に狭牙が敵情視察に来るなど。珍しいこともあったものだ」


 と。そこで聞きなじみのない声が司狼の後方から聞こえてくる。それと同時に、先ほどよりも勢いよく司狼がこちらの腕を引く。身長差もあり完全に彼の影に覆い隠されるようにして、声の主が見えなくなった。


「……あ゛ぁ? 今はただのプライベートだ。お忙しいお狐さまはさっさと仕事に戻ったらどうだ?」


 司狼はこちらに向けていた声とは真逆の、低い唸るような声で視線だけを向こう側へと向ける。私の頬をなぞっていた手は抜け出すことのないように肩を強く握りしめてくるのに心臓が跳ねる。

 向けられている先は異なれど、一年前のホテルを思わせる低い声だった。



「つれないね、司狼。ワタシとしてはライバルとして、同胞たる肉食獣として。もっと親交を深めてもらいたいものだけれど」

「はっ……。今この瞬間は特にお断りだ。さっさと失せやがれ。狐の」

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