不遇で靴擦れ

お茶

前編

不遇で靴擦れ


右足に今、世界一小さな火が灯っている。

厳密に言えば、右足の親指関節の側部。

火と聞くと、どこか即効的に見えるが、

この火というのは蓄積された摩擦の賜物であり、まぁ言ってしまえば靴擦れという訳だ。

不遇です。私は歩くという生物の基礎能力を使っただけであり、この靴というのも、自分の責務を全うしただけの話である。

誰も悪くない。誰も悪くしたくない。

そんな、どうでもいい事をどうでもよくない事のように考えていると、

世界一大きな火である”夏”が、後方から「ヘイヘイ」と声をかけ、ニヤニヤと私の顔を覗きながら、通り過ぎようとする。

なんて悪趣味なやつだ。

そんな奴の仏頂面を見ていると、私までも卑屈になってくる。

私に靴擦れをもたらしたこのサンダルは、果たして本当に、靴としての責務を全うしたのだろうか。

私の歩行を円滑に、安全に、有意義に。

求められた最低限の仕事すらこなせてない彼は、責務ではなく、靴としての体裁を保っただけなのでは無いか。

と、随分屈折した”靴論評”を述べているが、このサンダルを履く度に私は靴擦れを起こし、二度と履かないと誓っている。ならば捨てるなり、下駄箱の奥底(別名靴の墓場)にしまうなりすればいいのに、面倒くさがって揃えることなく玄関に放り捨てたのは他でもなく私だ。ので、真犯人は私だ。軽い用事だし…と目先の利益に釣られて、後の損害を招く。いつの時代も、何となく備わる金言だ。まぁたかが靴擦れで見出したのは、私ぐらいだろうけど。


親指の火は徐々に規模を増していく。

誰にも飛び火する事もなく、

ただ、可憐な少女(自称)だけが火だるまになっていく。

コンビニまでの道のりは、およそ10分。少し散歩でもしようと遠回りした為、最短の2倍はかかっている。

とは言え、私は若い。諸君、若者の特権は何だ?

答えは1つ。

無駄遣いである。

若さ、時間、お金、労力、それらを無駄遣いする。これが許されるのは17歳の今でしかない。

そして、これは全くもって自論だが

「無駄にこそ、価値がある。」

神は細部に宿る。と言った言葉の通り

こだわり、ユーモア、小ネタ、空白。

無駄によって、美は生まれる。

これすなわち、「ロマン」である。

そもそもこの世の全ては「無」だ。

ならば、私のこの無駄遣いは、むしろ1番人生を謳歌してると言っても、刺し違えないだろう。

だがな、サンダルくん。その無駄は要らないな?

これは、二軍落ちかなぁ…。

期待の2023年度ドラフト4位ルーキー、

VANSのサンダルくんは、まだ夏に入ったばかりだと言うのに、同期からかなり差を付けられてしまっている。

というのも、”隅田倫子”の新アイテムドラフトは、2023年度、かなりの豊作を迎えた。

1位指名大型ルーキーのCOACHの財布。

彼は走攻守はさることながら、小技も使える5ツールプレイヤーだ。社会人卒として、即戦力を期待していたが、まさかの不動のレギュラー獲得である。無論、顔も良い。

2位指名のBAY FLOWで購入した白のワンピースもこれまた良い。安定した制球力で、試合を作り、ルーキーながら中8日登板を続けている。

3位指名4℃のピンクゴールドピアスも、実にファビュラス。しかしハート柄なのが難点。まだまだ荒削りだ。だが順調に二軍で実績を積んでいる。高卒ルーキーだと考えれば、近い将来の活躍を期待して、今は育成に尽力させよう。

下位指名選手も、私のラインナップの穴を上手く補填する形で、活躍してくれている。

5位指名carharttのブラウン色の帽子は、日射対策は勿論、見た目も非常に可愛い。

将来の守護神候補として、リリーフを支えている。

6位指名WEGOのバルーンパンツ。5位で締切と行きたいところだった。だが、球団社長(脳内倫子)の「守備がいいから…」の一言で、指名に踏み切った。スケールの大きい守備と意外性のあるバッティングで、ルーキーながら、一軍に帯同し続けている。


が…4位指名。VANSのサンダルくんよ。

君は私のチームに合わない。

私は靴擦れを起こしやすいタチであることを、すっかり忘れていた…。

そうやって、マーチンのサンダルも、先日泣く泣く戦力外となってしまった…。

友人と金銭トレードの打診を申し出たが、決まらず…。

友人からの電話を待っている時。

戦力外通告された選手のその後を追っている番組を思い出した。

マーチンのサンダル…契約金高かったのに…。彼には、プロ野球は愚か、独立リーグからの誘いも来なかった…。


兎にも角にもこのサンダルは私には合わない。

すごく、痛い。

皮がめくれている。いずれ水膨れにもなるだろう。

私は考える。いつも余計で、無意味で、不必要なことばかり考える。

でもそれが楽しいのも事実。

コンビニに着いて早々、セ○ンイレブンのナ○チキって、ファ○チキのパクリだよな…とか考えてしまったのも事実。

不遇少女は考え出すと止まらない。

止めようとも、思わない。

アイスのコーナーにしても、この町にしても、この世界にしても、

トピックというのはあらゆる所に存在する。

全て知りたい。

全て触ってみたい。

全て食べてみたい。

全て嗅いでみたい。

全て拾ってしまいたい。

そう思うのは、私が若いからなのだろうか?


今日は…ピノだね。


日差しが無いとはいえ、夏夜は暑い。

夏くんは本当にタチが悪い。

ニヤニヤと通り過ぎる上に、仏頂面で遠くから手を振ってきやがる。

余熱のように籠る熱気に、むせ返りそうになる。

…もう食べちゃお。

こんな酷暑では、家に着く前に溶けてしまうかもしれない。

目先の利益を優先するとどうたらこうたらは、もう知らん。

利益を確実に得ることの方が大事だろ。

コンビニから出たばかりだと言うのに、もう溶け始めている。

体が冷気を欲している。無論、親指の火は消えない。

道中にある公園に目をやる。

幼い頃、よく遊んだ公園。

もうあだ名も無くしてしまった幼なじみ。

今度あったら君のこと、何て呼べばいいのだろうか。

もう後ろ姿も忘れてしまった幼なじみ。

そもそも君のこと、どうやって見つければいいのだろうか。

何かを得ることは、何かを失うことでもある。

冷気を手にした今。

体は、熱を手放した。

では、やがてやってくる冬。

その熱は帰ってきてくれるのだろうか。

不遇だ。

求めるってのは、そんなに悪いことなのか。

少し、靴擦れの様子も見よう。

そう思い立ち、ブランコに座る。

お天気占いでもするように、サンダルを軽く放り飛ばす。

17歳。まだまだ若いけど、これでも失った物は多い。

友達。時間。お金。

本当は、怖い。

無駄ばかり集める生活。これでいいのだろうか。

失った物に見合うだけの物を、

私は得られたのだろうか。

自分がやりたいことも、自分しかやれないことも、自分自身が1番わかっていない。

このところ、学校も億劫になってきている。

友達がいない訳では無い。

何なら、それなりにイツメンとやらはいる。

だけど、彼女らの瞳があまりにも美しすぎて。

そんな瞳に、底なしの無である私を写すのはあまりにおこがましい気もしてきて。

そうやって、良い子ちゃんぶってるけど、結局は自分が無気力なだけでもあって。

ただポツンと、消えてしまいたいと思う。

これが、モラトリアムとやらなのか?

よく分からないけど。


錆び付いたブランコは、ギコギコと不協和音を連れて、私を揺らす。

とっくにピノは食べ終わっているのに、なぜか帰りたくない。

こんな時、「今夜は返さないぜベイベー」なんてキザなセリフを吐く王子様でも居たら良いな〜って考えるけど、

純血を保ち続けてしまっている私には虚しい妄想だ。

不遇少女は考える。

望んで産まれたわけでもないのに、この世界は能動的人生を歩まない者を拒む。

自死を肯定するわけじゃない。

ただ、生きているのだから、死にたいと思うことは別に不思議な話ではない。

私は死にたいとは思わないが、ただ忽然と消えてしまいたいとは思う。

それすらも、社会は悪だと見なす傾向がある。

生きずらい。

みんな不遇だ。

不遇の元に生まれ、不遇の道を行く。

このサンダルくんだって、本当はカスタネットになりたかったのかもしれない。

自分のBPMに、皆を溶かしてしまいたかったのかもしれない。

が、サンダルである事を強いられてしまった。

彼だって、不遇じゃないか。

ごめんね、さっき酷いこと言って。

貶しては慰めて貶しては慰めて…

DV彼氏みたいだね。ふふふ。

でも、この世界にはそういう人が多いのかもしれない。

「役」があって、それを演じることに精一杯な人間だっているのかもしれない。

私だって、「未来を待ち望む女子高生」を演じさせられている。

実際はお先真っ暗どころか、そもそも行く道すらないただの齢17の女だ。

私は、何をしたいんだろう。

私にとってのカスタネットって、何なんだろう。

不遇少女は考える。

隅田倫子の思案は、留まることを知らない。


さて、帰りますかと腰を上げた所で、一気に視点はズームアップ。

ずっと気づかなかったが、モグラの絵が描かれた土管。通称モグラトンネルに、誰かいる。

目を細めて見ると、やはり小学生の男児であろうか。座り込んで俯いている。というか…寝ている…?体育座りで、頭が垂れている。

隠れんぼしてたらうたた寝しちゃって、そのままみんな帰っちゃったとか?

それか不良少年か?

また不遇少女は考える…が、

考えがまとまる前に体は動いていた。

少年に声をかける。

「あの〜…ボク…大丈夫…?」

「…。」

「ねぇ?大丈夫?生きてる〜?」

「…。」

これじゃ埒が明かない。

軽く肩を揺さぶってみる。

まるでコンピューターのように、少年は目を覚ます。

「…ママ…?」

ママ?この子は私をママと言ったのか?

いやいや、私は17年間、純血を保った高貴な女ぞ。

この子を産んだ覚えなど到底無い。

きっと、寝ぼけたのだろう。

「あっ…ママじゃ…ないです…。」

ハッとなる少年。

「わっ、あっ、ごめんなさい。寝ぼけて、間違えました。ごめんなさい。」

「あ、うん。大丈夫。まぁ、その…それはいいんだけど。もう夜中の11時だよ?お家帰らなくて大丈夫なの?」

「あっ…はい。大丈夫です。」

「いやいや君が大丈夫でも、親御さんは大丈夫じゃないでしょ。心配してるよ。早く帰った方がいいよ。」

「…帰る場所がないんです。」

「え?」

「僕、去年お母さんとお父さん。死んじゃったんです。交通事故で。

それで親戚の家で暮らしてるんですけど。僕のこと、あんまり好きじゃないんです。あの家に居ると、嫌なこと言われるし、ここにいる方がマシなんです。」

「あっ、そうなんだ…へぇ〜…大変だね…。」

さすがの不遇少女も、返すに適した言葉を考えられなかった。

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