第153話 摸擬戦という名の稽古。

ケンゾウに俺がケルスの相手をする事を伝え、ケルスにギンジの師匠である俺が相手をしてやると言うと。


「あんた侍だろ?」

「ああ、でも安心しろ、素手でやってやるからそんなに怖がる必要も無い」

「はっ? 俺が怖がるだと? 良いぜ、お前に勝てばこいつに勝ったも同然だ」

「続けて出来るのか?」


ケンゾウの問に頷き、中央へ移動したので俺も移動し、刀と脇差しと外套を収納する。


「では、キジ丸殿とケルスの摸擬戦を始める。両者準備は良いな?」


互いに頷くとケンゾウが手を上げ、合図を出す。


「では、始め!!」


開始と共に動くと思ったがケルスは、ギンジの師匠である俺を警戒してるのか、無暗に突っ込んでは来ないようだ。

その辺の判断は出来るんだな。


「俺は歴代最強の牙天流当主になる男だ……素手の奴に負けるはずがない」

「いつでも来い。なんなら目を瞑ってやろうか?」

「このっ、死ねぇ!!」


あからさまな挑発に乗るとは、若いねぇ。

ケルスは、右足を前に踏み込むと同時に木刀を横一閃。

しかし、そんなものは当たるはずもなく、少し後ろに下がってギリギリで避ける。

ちゃんと間合いを見て当たらない位置に下がっただけだ。


ケルスが熟練者なら踏み込みの位置を誤魔化し、間合いを読まれないようにするだろうけど、こいつはまだまだ若い。

経験が圧倒的に足らないね。

なので次の行動も読みやすい。


左足を前に更に踏み込み、両手で木刀を持ち突きを放つ。

と見せかけ、脇を締めて腰を捻り突きから袈裟斬りへの軌道変更。

フェイントのつもりだろうが、お前の重心と姿勢がそうする事を教えてくれてる。

心眼を使わなくとも視えるな。


俺はケルスが、軌道修正するタイミングで素早く懐に入り、驚いた表情をしてるケルスの腹に、左手で軽く掌底を打ち込み5メートル程吹っ飛ばした。


「重心、姿勢、踏み込み、全ての動きが素直過ぎて、次に何をするのか手に取るように分かる。体捌きや足運びの訓練はしてないのか? そんなんじゃ何年やっても俺に攻撃は当たらないぞ?」

「ゴホッ……まだまだ!!」


ケルスは立ち上がり、左手を突き出し風球を放つと同時に走り出す。


「だから、動きが素直過ぎる」


俺が風球を避けながら前に出るとケルスは、一瞬身体が硬直する。

これは予想外の動きをされたからだ。

ケルスは、俺が風球をギンジと同じように弾くと思っていたんだろう。

俺が風球を弾いたら次の風球を放つ準備をしていたのが姿勢で分かった。


ケルスは動きながらの魔法にまだ慣れてないようだな。

もっと訓練しろよ。


一瞬硬直したケルスは、右手に持つ木刀を振り下ろしてくるが踏み込みは、俺の方が速く、硬直した分遅くなったケルスの振り下ろす手首を左手で掴みながら身体を回し、一本背負いの要領でスパーンッ! と床に叩きつけた。


「カハッ!」

「予想外の動きをされても動きを止めるな。その分、動きが遅れるからな」


ケルスは、何とか立ち上がり、木刀を構える。


「まだまだぁ!」

「よし、いくらでも来い」


それからもケルスのあらゆる攻撃を躱し、蹴って吹っ飛ばしたり、投げて床に叩き付けたりしながらその都度、アドバイスというか指摘をして何度目かのダウンをした頃、何とか立ち上がり、息を切らせながらも木刀を構えたケルス。


「はあはあはあ……次で……決める」

「良いぞ」


少し呼吸を整えるとケルスは、摸擬戦を始めてから初めて木刀に魔力を流し、両手で持って下段の構えを取る。

何か技をやるつもりかな?


「牙天流・牙狼」


そう呟くとケルスは、今までで一番速く俺に迫り、下から斬り上げて来たので斜めに身体を逸らしギリギリ避けるとほぼ同時に、上から斬撃が迫って来た。

これは魔力による斬撃だな。

なら……。


俺は、右手に魔力を纏わせ、上から迫る斬撃を弾くと今度は、斬り上げた木刀が横薙ぎで迫って来る。

三連攻撃か、面白い。


迫る木刀が俺に当たる直前、ケルスは後方へ10メートル程吹っ飛び、床に倒れて動かなくなった。


道場内がシーンとしてる中、キテツが笑う。


「アハハハハハハ!!」

「あっ、勝者キジ丸!」

「うわぁ~、今のは痛いですね」

「えっ、えっ? 何が起こったんですか?」


ギンジは見えたようで引いてる。

シナは何が起きたのか見えなかったようだ。


俺がやったのは、ただケルスの顔面を殴っただけ。

奴の木刀が迫る中俺は、踏み込みと同時に殴った。

ただ今回は、ケルスの体力が無かったからだろう、木刀が遅かったので踏み込んで殴らせてもらったのだ。

もっと速くあの技を使っていれば、まだ試合は続いてたかもな。


ケルス程度の攻撃なら手で木刀を止める事も出来たけど、これは摸擬戦。

戦いを想定してやらないと意味が無いので、もしあれが真剣だと考えれば、踏み込んで斬られないようにするしかなかったのだ。


「おーい、大丈夫かぁ?」


ケンゾウがケルスの所へ行き、しゃがみ込んで身体を突っつく。


「こりゃ当分目を覚まさないな」

「そのまま寝かせとけ、それよりキジ丸。次は俺とやらないか?」


キテツが座りながら、挑戦的な笑みを浮かべてそんな事を言う。

相変わらずこいつも好きだねぇ。

俺も笑みを浮かべて答える。


「ああ、いい……」

『師範代居ますか!?』


道場の外から突然男の声がし、全員そちらを見ると少しすると茶髪で黒のTシャツに白いズボンを履いた男が、息を切らせて姿を現す。


「ロクセ、どうした?」

「師範代、あっ、当主様」

「俺の事はいいから何があった?」

「はい、『また』死体が出ました」


また?

魔物に殺されたのかな?

なんて思ってるとシナの表情が暗くなり、ケンゾウとキテツは苦虫を噛み潰したような表情に変わり、キテツが口を開く。


「どこの者だ?」

「蛇九流の門下生です」

「チッ、またか」


ケンゾウが吐き捨てるように言う。


「死因は?」

「警察の調べでは、今回も自殺ではないかと」

「ロクセ、今回はどこで死んでた?」


ケンゾウの問いにロクセという男は「北東にあるビルから飛び降りたようです」と答えた。

誰かが自殺しただけで偉い騒ぎだな?


「キテツ、何か起こってるのか?」

「キジ丸……ここ最近、いろんな道場の門下生が次々と死んでるんだ。それも全員、自殺だ」


ほう、この街で何か起きてるようだな。

全員自殺ねぇ……怪しい。

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