第3話 チート能力の発動条件

 澄ました顔で光の柱から出て来た女神ユリシアは、すぐに破顔してニヤニヤし始める。

「ケンの推しゾンビ娘はリンなのデスネ」

「んなっ……!」

 揶揄うような口振りに、リンは絶句した。ケンは、光の柱から出て来るときの顔のままでいれば女神だと断言できるのに、とそんなことを思った。

「他のゾンビ娘に会ったらわからないでしょ!」

「ふふ。でも、ケンとリンは良い感じデスヨ?」

「何しに来たんスかね」

 半ば呆れながら言うケンに、ユリシアは得意げに胸を張る。

「セットアップが終わったので、改めてチュートリアルをしまショウ!」

「チート能力より先にショットガンのチュートリアルを終えるとは」

「チート能力の発動条件は簡単デス! Cキーを連打デス!」

 ケンはまたドラムロールが入るのかと思っていたが、随分とあっさり教えてくれた。ぽんこつ女神のことだから、忘れている可能性も否めないが。

「Cキーどこスかね」

「ユリシア様ってなんで女神なのかしら」

「ふふふ、詳しく聞きたいデスカ?」

「別にいい」

 声を揃えるケンとリンに、女神ユリシアは頭を抱える。

Oh my godああ神よ!」

「女神が神に祈ってるよ」

「ではチート能力のチュートリアルを始めまショウ」

「切り替え早」

 ユリシアは先ほどの説明書を持っていない。さすが女神もしくは腐っても女神。この短時間で暗記したのだろう。ぽんこつ女神のことだから、忘れているのかもしれないが。

「ケンのチート能力を発動する条件……それはウインクをすることデース!」

「キッツー……」

 今度はケンが天を仰ぐ番だった。ユリシアはドヤ顔を決めているが、リンがどんな表情をしているかは想像に易い。

「女神様……僕は今年で十九歳なんですよ」

I know知ってます

「大学生なんですよ」

「I know」

「成人してるんスよ」

「I know」

「成人男性に、女の子に向かってウインクしろって言うんですか」

「じゃあ、ちょっと試しにリンに向けて使ってみまショウ!」

「ええ……」

 助けを求めるように振り向くケンに、リンは軽く肩をすくめて見せる。

「別にいいわよ。もし最悪なウインクだったら、その眼鏡を握り潰す絶好の機会じゃない」

「そんな欲求があったとは」

 顔面偏差値の高くない自分にウインクとは、とケンはまた天を仰ぐ。できることなら回避したいが、ぽんこつ女神は有無を言わせぬ様子だ。リンもどこかそわそわしている。

「……本当にいいのか、リン」

「いいって言ってるでしょ。さっさとしてよね」

 溜め息を落としつつ、ええいままよ、と意を決してリンに向かって右目を瞬かせる。その瞬間、小さな爆発とともにリンの姿が一変した。肌は土気色でところどころ腐っているのはそのままだが、短いピンク色の髪と大きな水色の瞳、ブラウスの上にグレーのセーターを重ね、薄いピンク色のスカートを身に着けている。どこからどう見ても、可愛らしい女の子だ。

「成功した……」

「リンはケンのウインクが気に入ったようデスネ」

「そっ、そんなんじゃないわ! たまたま直視してしまっただけよ!」

 あまりの変貌ぶりに、ケンは不躾な視線をリンに注いでしまった。それに気付いたリンが、キッと眉を吊り上げる。表情もよく見えるようになった。

「なに見てんのよ!」

「その可愛い見た目からリンの声が聞こえると、まだ違和感があるな」

「かっ……ふん、これから慣れればいいでしょ!」

「花粉?」

「Hey! ち・な・み・に!」

「嫌な予感がする」

 顔をしかめるケンに対し、ユリシアはニヤニヤと笑っている。

「ゾンビ娘の服装は、そのが最も似合うとケンがイメージした服装になるのデス!」

「うわ、変態……」

「俺は被害者だ」

 自分のイメージにしては悪とおしゃれな服装だ、とケンは思った。歳を経るごとに推しが増えていったが、その中の誰かのイメージとリンが重なったのかもしれない。

「でも、そうね……悪くないわ」

 リンは自分の体を確かめるように動かして見ている。これがリンの本来の姿に近いなら、随分と可愛らしい女の子に案内してもらえたものだ、とケンはぼんやりと考えた。

「まあまあね!」

「気に入ってもらえたなら何よりだよ」

「き、気に入ったとは言ってないでしょ!」

「わかった、わかった。発動条件だけ下方修正してもらえないスかね」

「次のアプデは一週間後デース!」

「諦めるしかなさそうね。ま、他のゾンビ娘が気に入るとは限らないしね」

 他のゾンビ娘と出会っても、リンのように親切にしてくれる子ばかりではないのだろう。リンが構わないのならふたりのままでもいいこともあるかもしれない。それを言ったらリンは怒りそうだ、とケンは思った。

「リンに気に入ってもらえたならそれでよしとするよ」

「なに、不満なわけ?」

「まさか」

「では、話はまとまりましたネ!」

 さっさと退場しようとするユリシアを、ケンは慌てて呼び止める。

「俺はいずれ、勇者と対立することになるんでしょうか」

「それは勇者次第でしょう」

 ぽんこつ女神が突如として背筋を伸ばすので、ケンは思わず顔を引き攣らせた。リンも同じような表情をしている。

「会わずに済むならそれに越したことはありませんが、この街は狭い。ゾンビ娘を引き連れたケンを勇者がどう思うかはわかりません。接触は、可能な限り避けたほうがいいでしょう」

「なんか急に日本語が流暢になりましたね」

「女神もアプデ済みデース!」

「完了してないみたいスね」

 にっこりと笑って見せるユリシアに、とにかく、とリンが咳払いする。

「賢者のところに行きましょ。女神よりおじいちゃんの知恵袋よ」

「その通りデス! じゃあ私はこれで! Adiosさよなら!」

「なんか違うの混じったな」

 光の柱に飛び込んだユリシアは、掻き消えた光とともに去って行った。騒々しい女神だ、とケンは心の中で呟く。キャラが濃すぎて怖い、とすら思った。

「行くわよ」

「ああ」

 先を歩き出すリンに続きながら、ケンはリンの横顔をこっそり観察する。ゾンビ然としたリンの姿からかけ離れた外見にはいまだ違和感があるが、この可愛らしい女の子が自分の仲間になったと思うと……――

「なにニヤニヤしてんのよ」

 ケンの視線に気付いたリンが、不機嫌な顔で振り向く。

「え、いや……こんな可愛い子が隣にいてくれるなら、間違えた召喚されたのも損ではなかったかなーと思ってな」

「……キモ」

「ええ……」

 リンが本気で引いた顔になるので、ケンは思わず軽く両手を挙げた。

「どうせ非モテ陰キャの根暗オタクだったんでしょ」

「この世界の人、オタクに厳しくない?」

「ホラゲの世界でオタクは生きていけないわよ。眼鏡のオタクは最初に死ぬって相場が決まってるんだから」

「俺はその市場は知らないな」

 しばらく歩いて行った先、待ち構えていたように二体のゾンビが出現した。打ち合わせ通りリンを背後に隠すと、ケンは重いショットガンを構える。イゴールに教わった通りに射撃を続けるが、いまいち手応えがない。ゾンビは頭を潰さなければ倒せない。その思い込みのため、なかなか上手く当たらなかった。

「下手くそ! 外してるじゃない!」

「チュートリアル直後に実地って厳しいだろ……」

「ショットガンなんて適当に撃てばいいのよ! 散弾なんだから頭部にも当たるでしょ! だいたい、ボディショットだって倒せるんだから!」

「なるほど。ヘッドショットにこだわる必要はないのか」

「ホラゲ初心者か!」

 ボディショットだとしても、的が動いていることに違いはない。掴まれたときのためのナイフがないため、少々焦りながら弾丸を撃ち込んだ。そのあいだのリロードが最も不安になる瞬間だ。最初の一体をどうにか下すと、二体目にもボディショットをお見舞いする。かなり散弾を消費したが、こちらに届く前に倒すことができた。

「はあ……なんとかなったか……」

「戦闘が終わったらリロードしとくのよ」

「ああ、そうか」

 リロードの手際も良くなり、ボディショットを確実に撃ち込むことができるようになれば、戦闘はもっとスムーズにこなせそうだ。

 ひとつ息をつくケンのそばで、突如としてウインドウが開いた。それによると、経験値とお金を手に入れたらしい。さらにイゴールローンで天引きされた金額も表示されている。どうやって確認するのかと思っていたため、それが解決されて安堵の息をついた。

「経験値が入るってことは、レベルがあるのか?」

「レベルと言うよりスキルね。経験値を貯めるとスキルが身に付くわ」

「リンにもスキルはあるのか?」

「そんなのないわよ。でもこの先、何か身に付くかもしれないわね。“名付け”を受けたし」

「名付け?」

 リンが歩き出すのに続きながら、ケンは首を傾げる。

「あんた、知らないであたしに名前をつけたの? 名付けというのは、魔力回路を繋ぐ契約。魂の系譜に連なる魔法ね。あんたが獲得した経験値が、あたしにも入るようになるのよ」

「俺は魔法を使えないぞ?」

「この世界に来て、魔力回路が開放されたんじゃない? ご都合設定ね」

「ふうん……」

 ライトノベルでは、異世界転移や転生によって魔法を使えるようになる設定はよく見掛ける。ケンにその自覚はなかったが、リンの言うように、随分と都合の良い設定になっているようだ。

「というか、なんでリンはそこまで詳しいんだ?」

「お助けキャラだからよ。異世界人をサポートするために生まれたキャラクターね」

「じゃあ、俺がリンと出会ったのは偶然じゃないってことなのか?」

「それは偶然よ。お助けキャラは何人かいるの。その中であたしがケンのパートナーに選ばれたってことね」

「なるほど……。じゃあ、初めに出会うゾンビ娘が違う子だったら、こんなに親切にしてくれなかったかもしれないのか?」

「それはあり得るわね。みんながみんな、異世界人に好意的とは限らないわ」

 お助けキャラと言っても、もちろん個々が自我と感情を持っている。リンは世話焼きのようだが、他のゾンビ娘にもそれが望めるかと言うと甚だ疑問だ。

「じゃあ、リンに出会えてよかったよ」

「はっ!?」

「右も左もわからないから、親切なゾンビ娘で助かった」

「……ふんっ、運に感謝することね。ユリシア様が引き合わせてくれたのかもしれないけどね」

「親切な子を選んでくれたってことか」

「ぽんこつ女神だけど、そういうことはしっかり考えてるのかもしれないわね」

「ラノベ読者を取り込むことだけが目的のニッチなぽんこつ女神じゃなかったんだな」

「あんた、女神様に対してファジーな立ち位置よね」

 もうすぐ賢者の屋敷よ、とリンが歩を進める。そういえば、とケンはふと考えた。女神ユリシアはチート能力の説明をしてくれたが、ケンがこの世界で目的とすることを言わなかった。それがあるのかないのか、自由気まま好き勝手に過ごしていればいいのか、ケンはいまだ判然としない。そういった抜けている点も、ぽんこつ女神たる所以ゆえんなのかもしれない、とそんなことを思った。





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