第2話 イゴールのガンショップ

「あそこよ」

 路地の角から覗き込んだリンが指差す先に、レンガ造りの小さな店があった。不釣り合いな大きさの看板には、ゴシック体で「Igor’s Gun shop」と書かれている。いかにもと言わざるを得ない店構えに、むしろ惚れ惚れしてしまう。

「じゃあ、行って来るよ。適当に待っててくれ」

「さっさと済ませてよね」

「わかってるよ」

 やけに重いドアを開けると、カランコロンカラン、とこれまたいかにもな鈴の音が鳴った。カウンターで待ち受けていたのが、筋骨隆々で背の高い立派なひげの男性だ。ケンに気付いた男は、満面の笑みで出迎える。

「やあ! イゴールのガンショップへようこそ! 初めて見る顔だね」

「あ、日本語対応してるんスね」

「もちろん! 勇者が日本人だからね」

「うわーまた重要っぽい情報を得てしまったー」

 思わず天を仰いだケンに、イゴールは豪快に笑った。その表情にあの友人の破顔が重なる。

「細かいことは気にしなーい!」

「はあ……。ちなみに、勇者って何者なんですか?」

「この街をゾンビから救うために女神様に異世界から召喚された三人組のようだよ」

「口が羽根のように軽い。女神様というのは、青い髪の人ですか?」

「赤い髪のエヴァ様だよ。青い髪はユリシア様、緑の髪がポリーン様だ」

 チュートリアルで登場した女神は本当に女神だったわけか、とケンは心の中でそんなことを考える。自称呼ばわりしたことは申し訳ないとは思わないが、ああ見えて信仰心を集めているようだ。

「それを知らないということは、きみも異世界から来た人のようだね」

「ユリシア様に手違いで召喚されてしまったんです」

「ああ、なるほど。じゃあ、少なくともこの街で生き延びなければならないね。そんな異世界人におすすめなのが、これ!」

「話が音速だ」

 イゴールがドンとカウンターに置いたのは、重厚なショットガンだった。ホラーゲームでよく見る散弾銃だ。

「いきなりショットガン⁉ 初めは拳銃からとかじゃないんスか?」

「拳銃の使い方を学ぶのと、ショットガンの使い方を学ぶのとでは結局、同じ労力だろう? それだったら初めから強い武器を入手したほうが効率的だよ」

「ホラゲの根底を覆すセリフだ。あ、でも俺、お金を持ってないんですよね……」

「大丈夫! そういうときのイゴールローン!」

「イゴールローン」

 溌剌とした笑みを浮かべるイゴールは、おまけに白い歯をきらんと光らせる。

「ケンが入手したお金からちょっとずつ天引きされるシステムさ」

「都合の良いシステムだ。……ん? あれ、なんで俺の名前……」

「武具屋と話しているときはステータスウィンドウが開くからね」

「個人情報とは……。俺には見えてないし……」

 ケンはイゴールに促されるままにショットガンを持ってみるが、思っていたより重い。ホラーゲームの主人公たちは鍛え抜かれた肉体だからこそ軽々と扱えていたのだ、と自分の筋肉のない腕を見て思った。

「この街にあるガンショップはうちだけだから、ここで銃を買えばチュートリアルがついてくるよ」

「やっつけ感があるな」

「裏においで」

「え、まだ買うって決めたわけじゃ……」

 イゴールは押しの強い笑みを浮かべ、店の奥側を親指で差す。チュートリアルがあるのはありがたいが、ショットガンを正確に扱えるかというと甚だ疑問である。

「というか、拳銃のほうが安いんじゃないスか?」

「それはもちろん」

「清々しいー……」

「けど、銃の心得がないきみが拳銃で生き延びることはできないと思うよ。命は金より重い!」

 イゴールの言うことは尤もだ。拳銃は装填できる弾薬の数が多い反面、威力が低い。ケンの能力では、そう簡単にヘッドショットが出せるかというと怪しい。その点、ショットガンは散弾であるため、頭から狙いが外れていても広範囲に攻撃することができる。ただし、ショットガンは装填数が低いことがマイナスポイントである。リロード時は隙ができるのが世の常だ。

「……ちなみに、ショットガンはおいくらで?」

「初心者割引で25Gジーにしてあげよう!」

「……Gジーがなんの単位なのかわからなくて高いのか安いのかわからない……。ちなみに拳銃は?」

「8Gジーさ」

「やっす……いのか……? Gジーってなんの単位なんだよ……」

5Gファイブジーみたいなもんさ」

「飛ぶんスか?」

「さ、裏においで!」

「ええ……」

 引き摺られるように店の裏に行くと、広い射撃場が設けられていた。五箇所のレーンの奥には、それぞれ人型のパネルが設置されている。ゾンビ戦を想定しているとわかっていても、なんとなく的にしづらい形のように思えた。

「表から見た店のサイズと合ってないんスけど」

「細かいことは気にしな~い」

 強引に始められたチュートリアルだが、イゴールの説明は簡潔で明瞭かつ的確であった。銃には触れたことすらないケンでも、使い方がわかると簡単なようにも思える。しかし、やはりショットガン自体が重く、なかなかエイムが安定しない。それでもリンを待たせているからと、ある程度のところでチュートリアルを切り上げた。

「この街には知性のあるゾンビがいることを知っているかい?」

 店のカウンターに戻ったとき、イゴールはそれまでの穏やかさを残しつつ静かな声で言った。

「はい、知ってます」

「エヴァ様はすべてのゾンビを駆除しようとしているんだ。対して、ユリシア様は知性のあるゾンビだけ救おうとしている。ポリーン様は中立だ。きみがユリシア様に召喚された者なら、知性のあるゾンビにとっては、きみが勇者なのかもしれないね」

「序盤から重要な情報が畳み掛けてくる~」

「僕個人としては、ぜひともゾンビ娘を救ってもらいたいよ」

 またイゴールは豪快に笑う。女神ユリシアより頼りになるような気がした。

「イゴールさんはユリシア様派なんですね」

「もちろん! 最推しだよ!」

「推しは女神様……。ということは、俺はいずれ勇者と対立しそうですね」

「うーむ……勇者は話せばわかるタイプではないだろうね」

「拳で語り合うタイプですか?」

「いや、非モテ陰キャのコミュ障オタクだよ」

「ディスりがエグい……」

 イゴールの笑みに悪意はない。誰かがそう言っていたのかもしれない。

「まあ、そういう人が異世界で無双するのはよくある話か……。というか、俺も陰キャのオタクですけど」

「人とある程度のコミュニケーションが取れる陰キャオタクだから、スペックは高いはずだよ」

「なんのスペックだろう」

 ケンはネタバレを食らったような気分だったが、いずれ対立する可能性があるなら勇者の情報を得られたことは運が良かった。どんな戦い方をするかはわからないが、情報を集めておくに越したことはないだろう。敵対することを防ぐこともできるかもしれない。なんにしても情報を得るのは重要だ。

「いろいろと話してくれてありがとうございます」

「今後とも、イゴールのガンショップをご贔屓に!」

「語彙力が高すぎて胡散臭いな」

 ショットガンの重さに腕がぷるぷるしつつイゴールのガンショップを出ると、知らない話し声が聞こえた。男の声と、それを突っ撥ねるリンの声だ。少し速足で店のアプローチを抜ける。リンはふたりの男らしいゾンビに詰め寄られていた。いわゆるナンパだ。

「リン」

 わざとらしくショットガンを肩に担ぎ、リンのもとへ歩み寄る。リンはどこか安堵した様子だった。男ゾンビたちはつまらなそうにして去って行く。

「大丈夫か?」

「遅かったじゃない! 朝になるかと思ってここんとこがビクビクしてたんだから!」

「具体的な個所は言わないでくれ。あのゾンビたちは知性のあるゾンビなのか?」

「そうね。人間だったときの感覚が残っているのかもしれないわ」

「リンは残っていないのか?」

「どうかしら。少なくとも、いままで街を彷徨っていただけだからわからないわ。でも……」

 リンがちらりとケンを見る。その視線の意図を掴めずケンが首を傾げると、リンは腕を組んでついとそっぽを向いた。

「なんでもない! 早く賢者のところに行きましょ。ショットガンをあたしに向けたら許さないから!」

「じゃあ、リンは戦闘中は俺の後ろにいなよ。それなら、ついでに守れるしな」

「……つっ、ついでって何よ!」

「怒るなよ……」

 ゾンビ顔にも慣れてくると、リンがなんとなく唇を尖らせているような気がしていた。拗ねているようにも見えるが、ツンデレの定石で言うと、要は照れ隠しだ。そう考えるとゾンビ顔も可愛く見えてくるような気がしないでもない。


 それからしばらく、リンの案内で賢者の住む屋敷に向かって歩き続けた。ショットガンの重さに腕がグラビティの魔法でもかけられたのかと思うくらい地面に引っ張られる。これをホラゲのように構えながら歩いていたら、筋肉痛で済めばいいほうだ、とそんなことを思った。

「思ったよりゾンビに出くわさないな。その辺にいくらでもいると思ってたよ」

「勇者が倒して回ってるんでしょうね。勇者が歩いた場所を歩いているのかもしれないわ」

「知性のあるゾンビも倒しているんだろうか」

「勇者には知性があろうがなかろうが関係ないわ。こうしてあたしと口を利くのはあんただけよ」

「他のゾンビ娘とは話さないのか?」

「あたしは群れるのが好きじゃないの。ひとりでいるのが好きなの!」

 そう言ってリンはついとそっぽを向くが、ケンにはあべこべのように思えた。他のゾンビ娘とも接点を持ちたいが、強気な性格が災いして上手く馴染めないのだろう。

「でも、こうして俺を案内してくれるんだから、孤高になりきれない感じだな」

「べ、別にいいでしょ! なに、不服なわけ?」

「まさか! 優しいゾンビ娘に出会えて幸運だったよ」

 ケンは素直に自分の気持ちを伝えただけだが、リンは少し狼狽えているように見えた。そのままリンが言葉に詰まっていたとき、ケンのそばに光の柱が現れる。その光がなんなのかは瞬時に察知できた。



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