第1話 ゾンビで美少女【2】

 リンと歩き出してしばらく。初対面こそ怯んだもの、ゾンビが隣を歩いているという異様な状況を、ケンはすでに受け入れつつあった。ホラー映画やホラーゲームでは討伐対象だが、リンと名付けた彼女は、いままでに画面越しに見てきたゾンビとは違う気がする。こうして隣を歩いていても、嫌悪感はほとんどない。見た目は依然としてゾンビだが。

この街セルシリアが壊滅しているのは、勇者のせいなのか?」

「ゾンビの襲撃よ。勇者が召喚されたのはそのあとね」

「ゾンビの襲撃……」

 思わずリンを見つめるケンに、リンはまたついとそっぽを向く。リンもどこからどう見てもゾンビだが、仕草ひとつで随分と可愛らしく感じるものだ。

「何よ! あたしは関係ないわ!」

「そう。人間を襲うタイプのゾンビと襲わないタイプのゾンビがいるのかな」

「簡単に言うとそういうことね」

 リンはゾンビだが、理性や知性を感じる。そもそも、曲がり角でケンと衝突した際、人間を襲うタイプのゾンビであれば、こうして綺麗な身体のまま道を歩くこともなかっただろう。ともすれば仲間入りしていた可能性もある。リンが人間を襲わないタイプのゾンビであることがとてもありがたく思えた。

「ゾンビの襲撃はあっという間だったわ。犠牲になった人間も少なくないでしょうね」

「なんのための襲撃だったんだ?」

「さあ。ゾンビが考えあって人間を襲うと思う?」

「……思わないな」

 おそらくセルシリアを襲撃したゾンビにも、ホラーゲームのように手引きした黒幕がいるのだろう。最終的に戦うことになるのだろうか、と考えたケンは、勇者がいるのだからそれは自分の役目ではないと思い直す。勇者に関しては、自称女神が言っていただけでその存在はまだ確認していない。

「まずは武器ね。あんた、丸腰みたいだし。いま、この街はゾンビだらけよ」

 いまのところリン以外のゾンビとは遭遇していないが、自称女神の様子を見るに、いまはチュートリアルの最中なのだろう。そのうち、最弱のゾンビが出て来るはずだ。そうであれば、リンの言う通り武器が必要になる。

「ゾンビ戦と言うと、やっぱり銃かな」

「あんた、銃の心得は?」

「あるわけないだろ」

「なんで? ハワイでパパに習わなかったの?」

「現代日本にそんなパパはいないよ」

「いないことないでしょ」

 日本は許可なく銃を所持すれば捕まる世界である。ケンは許可を得てまで銃を所持するような身分でもない。銃を握ったことと言えばせいぜいエアガンである。

「そっちの通りにガンショップがあるから案内してあげるわ」

「そうか。ありがとう」

「悪いけど、あたしはガンショップには近付けないわよ。あんなところにいたら気が狂うわ」

「場所だけ教えてくれたらそれでいいよ」

「ふん。ついて来なさい」

 意気揚々とリンは歩き出す。ガンショップをゾンビに案内してもらうというのは本末転倒な気がしたが、ケンはもう気にしないことにした。

 リンの動向が予定調和だとしても、右も左もわからない世界でこうして世話を焼いてくれる存在は貴重だ。なにより、手違いで異世界に放り出されてひとりにされることを考えると、隣で話をしてくれる仲間は心強かった。

「ケン、そこで屈みなさい」

 緊張した声でリンが言う。その指先にあるのは積まれた木箱だ。その意図を瞬時に察知したケンは、サッと木箱の陰に身を滑り込ませる。リンはケンを隠すように木箱に頬杖をついた。通りを三体のゾンビが横切って行く。序盤に登場するゾンビは弱いと相場が決まっているが、現在、ケンは丸腰。そもそもゾンビと戦う術がないのだ。

 低い唸り声を上げながらゆっくりと歩いて行くゾンビは、ゾンビであるが故、リンの状態を不自然だと思わなかったようだ。

「……いいわよ」

「ふう……。ありがとう、リン」

「雑魚死にするのだけはやめてよね」

「リンがいれば大丈夫だろ」

 笑いかけるケンに、リンはどこか不満げに見えた。リンがツンデレっ娘であることはすでにケンも把握している。初対面のケンに頼りにされることに照れているのだろう。

 辺りをひと通り警戒したあと、再び歩き出したリンにケンも続く。この一帯に他のゾンビはいないようだ。

「ゾンビは基本的に、生きた人間を見ると襲い掛かる仕組みになってるわ。常に飢餓状態だから」

「じゃあ、なぜリンは襲い掛かって来ないんだ?」

「この世界には、知性のあるゾンビが存在するの。それが、あたしみたいな言葉を話すゾンビよ」

「へえ……。リンは頭が良いんだな」

「何それ。馬鹿にしてんの?」

「まさか」

 ゾンビが言葉を発して感情を表現するという状況にも、なんとなく慣れてきた。リンは感情豊かな女の子だ。そう思うと、ゾンビ顔にも愛着が湧いてくるというものだ。

「なによ、その顔」

「いやいや、なんでもないよ」

 あの豪快に笑う友人であれば、見た目も美少女だったらよかった、と言うのだろう。ケンとしては、会話ができるなら充分である。

「ところで、女神様が『勇者の力』って言ってたが、勇者もこの街にいるのか?」

「ええ、いるわよ」

 リンの表情が曇ったように見える。これまでの状況を整理すると、勇者はおそらく、この街を救うために戦う。それはゾンビと対立する存在なのだろう。

「勇者はあんたと同じ異世界人ね。この街のゾンビを討伐するために召喚されたわ」

「お、おお……後々に取っておいたほうが盛り上がりそうな情報……」

「あたしたちにとって、勇者は敵よ。知性があろうがなかろうが、すべてのゾンビを殲滅するのがあいつら・・・・の役目だから」

複数人パーティであることも判明したな……」

「だから、あんたみたいなゾンビと話す変人が来たのは、知性のあるゾンビにとってはよかったのかもね。……あっ、あたしがそう思うってわけじゃないから!」

「満点です」

 リンは腕を組んでついとそっぽを向く。ケンのいままでの推しにツンデレっ娘はいなかったが、実際に目にするとゾンビでも可愛いと思うものだ。

「知性のあるゾンビは『ゾンビ娘』と呼ばれているわ」

「急にソシャゲ感が出てきたな」

 しかし、そういった呼称があるのも納得である。リンは知性のあるゾンビであり、可愛い女の子である。先ほど通りを横切った自我のないゾンビとは大違いで、人間を襲わないという点もそれで説明がつくようだった。

「あんたは、ゾンビ娘を勇者から守るためにこの世界に来たのかもね」

「ええ……」

「何よ、嫌なの?」

「いや、なんか……こんな序盤にそんな大事っぽい台詞を言われてよかったのかなーと……」

「責任重大だって言ってるの。さっさと丸腰を解消しなさいよね」

「わかった、わかった」

 戸惑いはあるが、重要な設定もしくは情報を早めに得られたことは、ケンにとって僥倖であった。ひとりきりであれば知り得なかった情報だ。ぽんこつ女神に手違いで召喚されて放り出されるところ、リンという貴重な存在を得ることができた。ステータスの開き方がわかれば、きっと「運」の数値は高かっただろう。ケンはなんとなく、そんなことを考えていた。






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