ぽんこつ女神の手違いで異世界転移したら、ゾンビ娘を救う裏の勇者になった

加賀谷 依胡

第1話 ゾンビで美少女【1】

「いやー、手伝いありがとな。助かったよ」


 朗らかに笑う友人が乱雑に段ボールを放るので、その大雑把さに呆れつつ室内を見回した。


「随分と古いアパートだなあ。俺は好きだけど」

「家賃を抑えないとガチャ回せないからな」


 友人は豪快に笑う。彼のこういうところが憎めないが、考えなしという感も否めない。農学部の畑を荒らしたという噂が立っていたほどだ。心配にもなるというものである。


「天井まで回すのをやめたらもっといい家に住めるんじゃないか?」

「俺には適度で切り上げられるほうが理解できない」


 彼は言って聞くようなたちではない。今イベ後も無事に生きていることを祈るばかりだ。


「まあ、今日は奢ってくれるんだろ?」

「もちろん。谷牛でいいか?」

「贅沢は言わない、がっ……⁉」

「あっ、ケン⁉」


 足元が抜ける感覚。埃臭さ。体に加わる衝撃。頭が揺さぶられ、目が回るような不快さに瞼を閉じる。友人の声が遠くに聞こえた。






   第1話 ゾンビで美少女






「いてて……なんで床が抜けるん――」

 眼鏡の無事を確認しながら起き上がったケンは、いまの衝撃で眼鏡がイカれたのかと唖然とした。

 友人が引っ越したボロアパートの床が抜け、ケンは床下に落下した。一階だったのが幸いだと安堵していた気持ちは一瞬にして吹き飛んでしまった。

 ケンの目に飛び込んで来たのは、原型を留めないほど崩れた洋風の建物だった。ぐるりを見回すと、ケンはレンガの散乱する路地の真ん中に尻餅をついている。火が鎮まったばかりなのか、ところどころで黒い煙が上がっていた。横転した馬車、無惨に転がる看板、砕け散った木箱や樽。焦げ臭い空気が充満していた。

(あれ? 俺、もしかして異世界転移してる?)

 気を失って夢を見ているのかもしれないと思うより先にそう考えた辺り、自分がオタクであることを痛感させられる。夢で終わらせるのもつまらない、と立ち上がった。煙の匂いと生温い風が現実味を漂わせる。

(まあ、重要なのはどこの世界に転移したか、だよな……)

 足元の舗道はところどころに穴が空いている。人の姿はないが、のんびり歩いていられる場所ではないことは明らかほどの頽廃たいはいだった。

 肝が据わっていると言われることの多いケンだが、この荒れた街には多少なりとも怯んでいる。紛争か、魔物の襲撃か……。とにかくここで棒立ちしていても始まらない。夢にしろ異世界転移にしろ、情報を集めるためには足を動かすしかないだろう。ケンは意を決して歩き出した。

(うーん……戦場のような雰囲気だが……人が避難してそうな家屋もない。避難所のような場所があるのかな……)


「いっけな~い! 遅刻遅刻~!」


(んっ……? なんだ、このベタな台詞は……)

 遠くない場所から聞こえたように感じるのは、女の子の声だった。街の荒廃ぶりに見合わない言葉であるが、人は居たらしい。少々安堵しつつ、辺りを見回す。言葉を交わせるならありがたい。

 路地の角に差し掛かったところで、体に衝撃が加わる。誰かとぶつかったのだ。ケンも相手も、痛みの声を上げて尻餅をついた。

「いたた……もー、なんなの⁉」

「ご、ごめ……いやゾンビ!」

 顔を上げたケンは声が裏返った。

 ボロボロではあるが、スカートを穿いているため女の子ではあるようだ。しかし、目が落ち窪み、歯は鋭く、血にまみれている。全体的に土気色をしているそれは、まさしくゾンビに違いなかった。

 顔が崩れているため、どういった顔付きの女の子なのかはよくわからない。腕を組んでつんとそっぽを向いているため、おそらく怒っているのだろう。

「えっ……ホラゲの世界……?」

Kenjiケンジ

「はっ⁉」

 ゾンビの女の子に呆然としていたケンのそばに、突如として光の柱が降りてきた。神々しさに目を細めると、区切りのない白いドレスを身に纏った長い青髪の女性が姿を現す。西洋系の顔立ちで、美女と呼ぶに相応しいほどの美貌だった。ケンは推しの系統と違うためなんとも思わなかったが、そうでなければ見惚れてしまうだろう。ケンの世界とは別次元の存在であることは確かに思えた。

KenjiケンジListen私の話を to me聞いてください

「あっ、日本語対応してない感じスか。あと俺、ケンです」

 思わず横槍を入れてしまったケンに、澄ました表情だった美女が悪戯っぽく破顔する。

It’s a冗談jokeですよ! ちゃんと日本語、勉強シマシタ!」

「あからさまなカタコトだ」

「日本はゲーム大国。日本語対応は急務。勉強はしたくてしたのではアリマセン」

「夏休みに宿題を課される小学生の顔だ」

 ころころと表情の変わる美女も非常に魅力的だが、いまだ怒っている様子のゾンビ少女も放置でいいのだろうか、と気になってしまう。ゾンビ少女は腰に手を当て、話が終わるのを待っているようだった。

「聞いてクダサイ! I made a私は失敗して mistake《しまいました》!」

「キャラが立ってますね」

「ケンは私の手違いでこの世界に召喚してしまったのデース!」

「え」

 それは、ゾンビ少女と曲がり角で衝突する以上の衝撃だった。異世界転移だったらテンションが上がると考えていたが、どうせ夢だろうと思い直して次の言葉を待つ。

「この世界には、すでに勇者がイマス。だからケンに勇者の力を授けることはデキマセーン! でもその代わり、チート能力を差し上げマス!」

「話が光速だ」

「それは……」

 どこからかドラムロールの音が聞こえる。無駄に凝った演出に、随分と愉快な夢を見ているようだ、とケンはそんなことを考えていた。

 そして、シンバルが鳴り響く。

「ゾンビの女の子を本来の姿に近い状態にできる能力デース!」

「本来の姿に戻す能力にアップグレードしてもらえませんかね」

「試しに、そこのつんけんしてる女の子にLet’s try!」

 美女が手のひらで差すゾンビ少女を見遣ると、ゾンビ少女は腕を組んでついとそっぽを向く。怒りつつもその場を去らないゾンビ少女が、予定調和の気配を感じさせる。

「どうやって使ったらいいんスかね」

「Oh! 私は女神なのでチュートリアルには慣れてマセン!」

「こういう場合、女神がチュートリアルを務めるのは普通のことだと思うけど」

 自称女神が手のひらを空に向けると、ぽん、という軽い音とともに分厚い本が現れる。こんな夢を見たと話せば、きっと友人はまた豪快に笑うのだろう。自称女神は本を適当にぱらぱらと捲る。使い慣れた説明書ではないのか、もしくは探す気がないようにも見えた。

「ちなみに!」と、自称女神。「私の願いを叶えてくれたら、ちょっとだけ力をアップグレードしますヨ!」

「なんスか。課金スか。てか俺が女神の願いを叶えるんだ」

「モッタイナイの意味を教えてクダサイ!」

「うっ……」

 翻訳できない日本語として定着している「勿体無い」は、日本人であっても正確に説明できるか怪しい言葉だ。そもそも日本人は考えて「勿体無い」と言っているわけではない。それは日本人の魂に刻まれた言葉だ。説明できないから翻訳できないのである。

「……身近にあるすべての物を大事にしよう、ということ、です……」

「I see! だから日本人はスイカの皮も食べるのですネ!」

「それはちょっと違うと思うけど……。というか、なんか日本のこと貶してない?」

「ではお約束通り、能力をアップグレードしマース! 少々お待ちクダサイ……」

「あの子が放置で可哀想なのでお早めに」

 女神はスッと目を閉じると、手を体の前で揃え背筋を伸ばす。そうしていると本当に女神みたいだ、とケンは思ったが、それは心の内に留めておくことにした。

 おもむろにゾンビ少女に視線を遣る。ゾンビ少女はハッとした顔になって、またついとそっぽを向いた。

「なに見てんのよ!」

「きみ、名前は?」

「ないわよ、そんなもの。ゾンビになったときに忘れたわ」

「ふうん……。ゾンビ同士じゃ名前を呼ぶ必要もないってことか……」

 ゾンビから可愛らしい女の子の声が聞こえるというのは妙なものだ。ケンの印象では、ゾンビは唸るだけだと思っていた。もしくは威嚇だ。ホラー映画やホラーゲームの知識で凝り固まった頭は、その乖離をなかなか受け入れない。そもそも夢だとすれば、受け入れるも何もないのだろう。

「じゃあ、俺が名前を付けてあげるよ」

「はっ⁉ なっ、なんであんたに名付けされなきゃいけないの⁉」

 ゾンビ少女は怒った口調であるが、まんざらでもない様子だ。典型的なツンデレだった。

「いや、呼ぶときに不便だと思って。ゾンビっ子、って呼んでいいならそれでもいいけど」

「いいわけないでしょ! この街だけでどれだけゾンビがいると思ってんの⁉」

「じゃあ、やっぱり名前が必要だろ」

 ゾンビ少女は疑うようにケンを睨む。少しだけ怯んだケンが曖昧に笑うと、ふん、とゾンビ少女は鼻を鳴らした。

「いいわ。ダサい名前だったら酸を吐くから!」

「ゾンビらしい脅し文句だ……」

 さて、とケンは思考を巡らせる。いままでの推したちが頭の中を次々に流れては消えていく。様々な名前があるが、このゾンビ少女に似合う名前はどれだろうか、と脳内の検索機能をフル稼働した。ややあって、ピンと閃いて顔を上げる。

「リン、はどうだ?」

「……リン……。ふん、悪くないわ」

 そのとき、ケンは体の周りに風が吹き抜けたような感覚になった。風が体から何かを浚っていくような、そんな感覚だ。

「気に入ってもらえてよかったよ」

「気に入ったとは言ってないでしょ! ダサくないからいいって言っただけよ!」

「わかった、わかった。というか、アップグレードはまだスかね」

 黙ったままの女神を振り向くと、なにやら頭から黒い煙が漏れている。おまけに電気がパチパチと弾けており、処理能力が追い付いていないのが明白だった。

「セットアップ処理中……ただいま回線が混み合っております……しばらくお待ちください……」

 機械的な声が言う。アップグレードの進捗を確認した際に流れる仕組みなのだろう。

「これはダメなやつだ。リン、悪いがもう少しその姿で我慢してくれるか?」

「我慢も何も、あたしは元からこの姿よ」

「ああ、そうか……ごめん……」

「なんで謝るのよ。人間だった頃の記憶はないし、別にこの姿でいるのが悪いとは思ってないわ」

「そうか。リンがどんな女の子だったか気になるな」

「ふん。ご期待に沿えるとは限らないわよ」

「まあ、それならそれで別にいいよ」

 ケンの視点では、ゾンビ少女――リンは不満げなように見える。期待はしてほしいが期待外れだとがっかりされないかと気にしているのだろう。ゾンビと言えど女の子。可愛いと思われたいということだろう。

「女神様が当てにならないと考えると、俺はこれからどうしたらいいのか……」

「この街……セルシリアには賢者がいるわ。行ってみたら?」

 街外れの丘の屋敷に住んでるわよ、とリンが遠くのほうを指差す。セルシリアは随分と広い街のようで、指の先に見える丘は大きな木が生えているということしかわからなかった。

「なるほど。女神様を当てにせずとも頼れる当てはあるということか」

「女神様のこと貶しすぎでしょ」

「よし、わかった。じゃあ行くぞ」

 足を踏み出しながら言うケンに、えっ、とリンは落ち窪んだ目を丸くする。

「あたしも行くの⁉」

「俺はこの街のことをよく知らない。リンが案内してくれるなら助かるよ」

「うーん……」

 リンは躊躇うようにもじもじしている。初対面の女の子に対して失礼な誘いだったかと、ごめん、とケンは軽く手を振った。

「嫌なら別にいいよ」

「別に嫌ってわけじゃないけど……」

「リンがいてくれたら心強いよ」

「……わかったわ。べっ、別にあんたを助けるためとかじゃないんだからね!」

「わかった、わかった」



【新しい仲間が加わった】 リン:ゾンビ娘 type ツンデレ




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