サイレント・シュプレヒコール

釣ール

切れない犯人

 違和感のない人生などない。

 すぐそばで笑う人間の半生を知らないからこそこちらもいつも通り疲れた表情をさり気なくため息とともにもらせる。


 それでもミュージシャンとして切り替えないと。


 といってもそうそうマネージャーが声をかけてくることもなく、危ないやからがいたら昔かじったクンクメールという立ち技格闘技でつかまらない程度に対処したり場所を変えて世の中にひろがっている疑問ぎもんだらけの格差と資本主義に衰退すいたいポルノを歌にするものの……結果はうまくいかなかった。



 子供から『意味がわからない』と素直な感想を。



 サラリーマンや主婦のファンからは無言で楽しまれ、老人たちはさっていくだけ。



 頼む!

 なんて言えない!

 ズルなんてするか。



 何も盛り上がらない人生だからこそ、この金が必要な社会にうったえるのだ。

 それで失った友情や家族などの人間関係で傷ついたオトコの叫びとして。



 そうやって強がっても副業やパートをしながらある程度資金を集めなければ曲も作れない。

 そこへもう少し踏み込んで不満を歌詞に観客へ伝わる等身大の人間を歌に出来れば。



 こういう時に才能に頼りたくなる。



 うるせえ!能力主義についても俺は歌にして抵抗するからな!



 青海波溺木魚せがいはどうぎょ、二十二歳青年はただ好きな音楽をかなでる。



 稼げないと覚悟を決めてもビジネスに頼らざるを得ない世界にため息をつきながら。



 嫌よりはマシ。

 そう思いながら好きなはずの音楽に疑いをもち今日も路上ライブをしているとスマホへ久しぶりに連絡があった。



 不必要な業務連絡をしてくる会社はすぐにバックれたのでかかってくるのは詐欺か家賃か知り合いぐらい。

 そこまで連絡をとるほどの友人は青海波せがいはの人間関係にはいなかった。



 だとしたらなんなのだろう。期待せずフリックすると「ひまか?」が第一声だった。


 某刑事ドラマの窓際部署へ話しかける肩書きある人物じゃあるまいし。


 いそがしくはなかったうえ詐欺や借金の頼みでもなかったからか話を聞く。


「俺たちがガキの頃にはやった妖怪なんちゃらってあったろ?あれに出てくるようなマジモンの妖怪がやってきてるらしい。」



「らしい?うわさレベルなら切るぞ?」



青海波せがいは待てって。話はここからだ。その妖怪の名前は〝アミキリ” そいつはほされた洗濯物を切るように人の縁を切るらしいんだ。おかげで俺も婚約寸前までいった金持ちのれいじょ……好きな女性の縁を切られちまった」



 妖怪関係なくお前の問題だろといいかけたがこの知り合いは要領ようりょうはよくてこの時代でも珍しい逆玉ぎゃくたまを狙っていたガチガチの美意識高い努力家だったことを思い出した。



 それでもうまくいく保証ほしょうなんてないことは分かっているはず。



 いいか別に。

 大昔にあったツチノコを捕まえる感覚でアミキリをつかまえて知り合いの無念を晴らせばいいだけ。



青海波せがいはに払う報酬はあるんだ。縁を切られたら好きな人からたんまりと破談のあかしとしてなぜか謝礼金しゃれいきんをもらった。それはそれで俺が問題あったのかと悩んだけどむこうは泣いていた。そして見た。〝アミキリ”を」



 添付された動画にはおそらく知り合いが別れた

 女性らしき人の後ろを撮っていた場面。

 そして何かに気がついた知り合いが後ろをふりむきカメラを撮るとそこに不気味に笑うハサミのようなうでをもつ特撮に出てもおかしくない生き物が確かにいた。



 青海波せがいはは謝礼金がいくらか具体的に確認してからアミキリを捕まえようと出没場所を突き止めたが体力がなくてあきらめた知り合いの記録も送ってもらった。



 これでしばらくは音楽活動に専念できる。



 やみくもにやっても好きなことは出来ない。

 だが今の時代は好きなことがなくて苦しんでいる人もいるのだ。



 稼ぐことが夢を与える時代ではないから青海波せがいはの音楽は売れなかったのかもしれない。



 ならアミキリを捕まえて知り合いだけでも助けよう。

 曲には出来ない音楽を自分の人生で鳴らすのだ。

 それにこんな時頼ってくれた知り合いには感謝してる。



 この世に見捨てられていないのならアミキリを捕まえて解決してやる!



 こうして知り合いへ会いに行き、アミキリ捕獲を計画する。




◇ ◇ ◇



 最初は知り合いが撮影した場所にアミキリがいると思っていたがまさかの廃墟か空き地か分からない場所だった。



 許可をとるのに手間取って心霊スポットも年々いくの難しくなっているなあと他人事のように考えていた青海波せがいは



「アミキリは縁を切る妖怪か。知り合い程度の俺たちなら構わないな」



「そんなさみしいこと逆玉と言われても真剣な婚約だったのに妖怪のせいで破談になったやつにさ」


 青海波せがいはは少し知り合いにいていた。

 母子家庭ぼしかていで大学はいけず、地方出身だったのでろくな仕事も娯楽もなくてなんとか上京した自分とカースト上位が行く大学へ進学してシンデレラストーリーを勝手に歩んだ人間なんざどうだっていい。



 金さえあれば好きなことが出来る。

 好きなことで金がかせげるわけがない。

 天才もトップアスリートも単位はもらえない夢のない日本で変なきれいごともざれごとも意味などない。



 一生暮らすには全然足りないがこの知り合いと二度と合わなくてすむのなら最高の報酬だ。



 報酬は念の為に前払いで受け取った。

 だが仕事は最後までやってやる!



「アミキリの縁切り対策はバッチリだ。本物の妖怪を捕獲して問題解決なんて令和のVRでもまだないはずだからさ」



 青海波せがいはは元々運動神経が良くて規制によって遊具がなくなった公園をなげき、地方の森で地主じぬしと悪口合戦しながら暴れつづけた過去がある。



 その頃に希少種らしい鳥のさえずりを聞いてから音楽活動をソロでやるために出来ることは全てやった。



 組む気はなかったバンドメンバーを集めて楽器の鳴らし方を聞くために野生さをおさえてコミュニケーションを勉強しながらドラムとギターを弾くことができた。



 解散した時も淡白な反応でメンバーと別れたが実際は気をつかいすぎてしゃべれなかっただけだ。

 武道館を地方の弱小バンドメンバーで観客を集めたかった夢をかたりあったことは今でも忘れられない。



 だからこそ発想を変える。

 好きなことをやるために資金を集める。



 アミキリを知り合いが追いつけない速さでくまなく廃墟、空き地、山を探し続けた。



 久しぶりに聞く名前を忘れたセミの鳴き声は悔しいが楽器よりまさった。



 ハサミに一反木綿いったんもめんという妖怪に似た身体で空を飛べるからって地上で辛酸しんさんなめさせられた人間の恨みは夢をつかむことを教えてやる!



 幸いなことにちまたではやりのクマは現れなかったうえ他の動画撮影者を前にした青海波せがいはは持ち前の筋肉(みせただけ)と威圧いあつでおしのけ、はりあう人間がいたら知り合いに管理者を自称じしょうさせて無理やり追い出すなどアミキリよりも人間の方がやっかいすぎた。



 前払いなんだから手を抜くわけにはいかない!

 時間と体力がありあまった令和二十二歳の執念いきざまを運悪く今も生き残っている妖怪へ叩き込むことを決める。



 それでもなかなかアミキリは姿をあらわさない。



 縁がなければ現れないのか?

 だが目撃情報ではここであっているらしい。



 どこかにこの山のこの時間帯で愛情を注ごうとしている人間カップルはいないのか?



 知り合いも縁談えんだん時に現れたのを動画で見た。

 ならばこの規制にしかれた時代に営みを行おうとするものたちが……



 やはりいたか。

 ここでは詳細をさける。



 ここでアミキリが現れるはずだ。



 音楽に人生をささぐことを決めてから消えた野生の感がアミキリの気配をとらえた。



 だがアミキリも馬鹿ではない。

 そして人間カップルの営みを邪魔しないよう知り合いの連絡をサイレントにした端末でやり取りしながらアミキリの場所を暗い木をのぼりつづけて探す。



 生まれ育った地方とは違う場所の木にのぼることになるとは思わなかったが獲物がそばにいるのを肌で感じる。



 人間とちがって下世話な欲望で縁を切るのではなく生きるために関わるのだから青海波せがいはも命がけでアミキリの元へ木を渡り近づく。



 アミキリの臭いを人間の香水と体臭の間から少しだけかぎわけ、タイミングを見計らってアミキリへジャンプし、身体へしがみついて誰にもいない場所をかき分けながら取っ組み合う。



 金だ。

 金だ。



 資本主義社会だからじゃない。

 あきるまで音楽を続けられる資金をこれでさらに上乗せできる!



 いっそ妖怪ハンター兼何でも屋としてなまった身体をきたえなおすか。ジムも器具もいらないし。



 アミキリはするどいハサミで攻撃をするが木の枝で一時的にハサミを輪ゴムでワニのアゴを縛る感覚でふうじて傷だらけになりながらさっき端末で居場所を教えた知り合いがやってくるまでアミキリを弱らせないといけない。



 もちろん妖怪相手だからって暴力は使わない。

 護身用ごしんようでいつも手に持っているひもでアミキリをしばり、プロレスなのか総合格闘技なのか分からない関節技サブミッションでとにかく弱らせる。



 まさかほぼ忘れていた野生の勘がここまで復活してくるとは。

 野外ライブを検討けんとうするか。



 アミキリはもしかすると対象を変えて知り合いの縁を切るかもしれない。



 そうしたら前払いした料金を返せと知り合いに言われ、逆に力で叶わない知り合いは考えた縁切り対策としてそばにいた人間カップルの近くまでわざと取っ組み合いを続ける。



 アミキリがハサミで縁を切るなどというフィクションどおりのことをするとは思わなかったのでほどけないようにしばったアミキリを人間カップルの元へとばし、驚いたところを知り合いが網をかけてなんとか運搬まで無事やり遂げた。



 人間カップルには謝っている。


「これで近くのビジネスホテル泊まれますよ」


 と金で解決させて。

 前払いを現金で行ってくれた知り合いに少し感謝した瞬間だった。




◇ ◇ ◇



 結局知り合いは破談のまま就活していたらしい。

 アミキリ捕獲成功を誰も期待していなかったのか運んだ先では高く評価されたらしいがその時も知り合いは青海波せがいはをほめて欲しいと言っていたとか。



 思っていたよりも良い奴だったからあれからしばらく音楽が出来なかった。



 なんか、世の中綺麗にものごとが終わることってないんだなと実感した。



 生活がお互い落ち着いてきた頃に青海波せがいはは知り合いと約束していたことを実行する。



「狩猟免許とって何でも屋やるぞ」



 妖怪の存在は自分達のなかで秘密にしている。

 なら気が晴れるまで人知らずこの資本主義社会を守って借りを作らせてやろう。



 せめて知り合いの就活のストレス発散になれるよう今度は青海波せがいはが知り合いをサポートする側になる。

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サイレント・シュプレヒコール 釣ール @pixixy1O

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