第6話 ファッションは実用性重視にしろ

 ――翌日、ユウはエミリアに連れられて街の中を歩いていた。

「昨日はよく眠れましたか?」

「はい、おかげさまで」

 そう言ってユウは軽く頭を下げる。

「それは良かったです。とりあえず今日は貴方が今後の職探しなどに利用することになる施設をご案内いたします」

(異世界にきて真っ先に来る場所が職安かあ……)

 そんなことを考えつつ、ユウはエミリアにこれからいく施設について尋ねる。

「ちなみにその施設とは?」

「冒険者ギルドです」

(へー、流石異世界。そういうのあるんだなあ)

 エミリアの回答にユウは一人感心する。と、同時にふと浮かんだ疑問を口にする。

「なんで冒険者ギルドが俺のような人間向けの仕事の斡旋もしているのですか?」

「冒険者ギルドはもともと、様々な依頼を冒険者に振り分ける仕組みが整っていたからですね。その延長線上で様々な求人を求職者に紹介する仕組みが整えられるのではないかと国王様からギルド長に相談があったそうです」

 その話を聞いてユウは驚く。

「元ある仕組みを利用して、現状の課題を解決するためにフットワーク軽く動けるなんて優秀な王様ですね」

「そうですね。魔王襲撃や、それによる甚大な被害も乗り越えて国の復興が進んでいるのも国王様の手腕によるところが大きいのは間違いないでしょうね」

(……はあ、俺もそれくらい上に恵まれてみたかったもんだなあ)

 前世のことを思い出してしまい、ユウは思わずため息を漏らす。そんなユウの様子を見てエミリアは首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないです」

 ユウは苦笑しながらエミリアの質問を受け流す。

「ところで……」

 ユウの態度になんとも釈然としない顔をしつつも、エミリアはそれ以上ユウに問いかけることはしなかった……が、彼女はユウの背後に目線を向ける。その先に居るのは頭の後ろで手を組みながらついてくるティキの姿だった。

「何故ここにいるの、ティキ?貴方には礼拝堂の掃除をお願いしたはずだけど」

 エミリアの穏やかながら圧のある問いかけもなんのその、ティキは屈託のない笑顔で応える。

「リオにお願いしてきた!だってユウ兄ちゃんは僕が連れてきたんだもん!僕がちゃんと仕事につけるかどうか見届けないとね!」

「まったく……貴方はただ仕事サボって冒険者ギルドに行きたいだけでしょう」

 それを聞いたユウは軽くため息を漏らした後、ティキの額に軽くデコピンをかます。

「痛っ!何するのさ!」

 ティキは広義の目線を送るが、ユウはそれを受け流しながら軽くため息を漏らす。

「俺をダシにして仕事をサボらないでくれ。俺の肩身も狭くなって困っちまう」

 ユウは軽く屈んでティキと目線を合わせる。そして、真剣なまなざしでティキの目を見つめる。

「うっ……」

 正論と視線の圧に飲まれたティキが言葉に詰まる。

「……ごめんなさい」

 そして、頭を下げた。そんなティキをユウは軽く諫める。

「謝る相手は俺じゃないだろう?」

 ユウの言葉にティキは再び頷く。

「うん。……エミリア姉ちゃん、ごめんなさい。後でリオにも謝ってくるよ……」

 ティキの言葉を聞き、ユウは頷く。

「……よし」

 それから立ち上がり、エミリアの方を見る。エミリアは軽く咳ばらいをすると、ティキの方へと近づく。

「今回はユウさんに免じてこれ以上は咎めません。しかし、帰ったらしっかり手伝いをすること!」

「うん、わかった!」

 すさまじい勢いでティキが頭を上下に振る。

「……さて、これにて一件落着……と、いうことでユウさん。改めて冒険者ギルドへ向かいましょう」

「分かりました」

 そうして三人は街中を再び歩き出した。


 ――それからしばらく歩いた後、三人は街の中央部にある建物の前に来ていた。建物の軒先には盾と交差する双剣の絵があしらわれた看板と、ジョッキに入った酒のような絵があしらわれた看板が吊り下げられている。

「はー、これが冒険者ギルド……」

(いやー、いかにもな見た目していていいですよねぇ!気分が上がるでしょう?)

 ルティシアの鬱陶しい問いかけに、少しは優しくしてやろうという昨晩の思いが胸中で急速に霧消していくのを感じる。

「はい」

 ユウの言葉にうなずくと、エミリアは入り口の扉を開き、ギルドの中へと入っていく。遅れまいと、ユウとティキもその後に続く。


「おお……」

 ギルドの中に入ったユウは、昨日教会に入った時と同様に眼前に広がる光景に驚きの声を漏らす。入り口の正面には依頼の受注を行うための受付カウンターがあり、そこには剣士や魔術師と思われる装いをした冒険者らしき人物達が制服を着た職員達と対話をしている。そして、カウンターから右方向に広がるスペースは巨大な酒場となっており、冒険者らしき人物同士が飲食をともにし、談笑をしている。先ほどルティシアの言葉を適当に受け流したユウだったが、それでも目の前に繰り広げられるゲームのような光景に、自身が改めて異世界転生をしたことの実感と、そのことに対する興奮が胸中に沸き起こるのを感じる。

「ユウさん」

 そんな彼の内情を知る由もないエミリアはギルドの受付カウンターの前から、ユウを呼び手招きをする。しかし、そのことに気づかないユウは呆然としながら周囲を見渡す。

「ユウ兄ちゃん!姉ちゃんが呼んでるよ!」

 ティキはユウの足を軽く叩くと、エミリアの方へと小走りで向かっていく。我に返ったユウもエミリアの方へと向かうべくティキに続こうとするが、その時ティキが横から歩いてきた男とぶつかってしまう。

「痛ってぇ!!」

 ぶつかられた男が大声を上げる。

「おいガキ!お前どこに目をつけてやがる!」

「ごめんなさい!」

 先程の反省が生きたのか、申し訳ないと思ったティキはすぐさまに頭を下げる。

「私の監督不十分なためにご迷惑をおかけしてすみませんでした。どうか許していただけませんでしょうか?」

 さらに、まずいと思ったのかエミリアもティキのもとへと駆け寄り、即座に謝罪をする。しかし、どうにも相手はタチの悪い手合いだったらしく、ぶつかってきたのが女子供だとわかった途端、矛を収めるどころか増長する。

「あぁん!?こちとら折角揃えた新品装備でダンジョン潜ろうってとこだったのに、そのガキのせいで汚れちまったじゃねぇか!どうしてくれるんだ、あぁん!?」

 そう言って男は二人をねっとりと睨め付ける。

(うわあ……この世界にもこういう手合いおるんか……)

 絵に描いたような輩仕草を見てユウは思わず感心する。

(私知ってます!こういう人を世紀末って言うんですよね!)

 ルティシアの言葉を受け、ユウは男の格好をまじまじと観察してみる。男は確かに髪型はモヒカンだし、上半身は素肌に棘のついた肩パッド、下半身は革ズボンとブーツという出立ちだった。たしかに核戦争後の荒廃した世界の住人と言われても違和感はない。このままだと碌なことにはならないと踏んだユウは両者の間に割って入る。

「まあまあ、お兄さん落ち着いてください……」

「ああ、なんだテメェ?」

「求職者です……」

 相手の疑問に答えているだけではあるのだが、自分の身の上を話すとどうにも仕事がうまくいってなかった前世を思い出してしまい、自然とテンションが下がってしまう。

「お、おう……?」

 無職と言ってるだけ急激にテンションが低下するユウにモヒカンは一瞬戸惑うが、すぐに立て直そうと声を荒あげる。

「テメェが無職だろうとなんだろうと知るか!これは俺とこのガキ達の問題だ!スッこんでろ!」

 威圧しようとモヒカンは声を荒あげるが、それを宥めようとユウは必死に言葉を発する。

「まあまあ、子供のやったことですし……ここは一つ大目に見ては……」

 しかし、どうやらその言葉がモヒカンのスイッチを押してしまったらしい。

「子供のやったこと……?テメェ!この革ズボンがいくらしたと思ってやがる!」

 モヒカンは顔を近づけて大口を開けて喋り、ユウを威圧する。

「おいくらでしょうか〜……?」

 モヒカンの態度に辟易しつつも恐る恐るユウが問う。その質問がさらにモヒカンの怒りを煽ってしまったらしく、さらに強い語気の返答が来る。

「400万バッチだぞ!400万バッチ!それが汚れたのを子供のやったことだからで済ますのか!?あぁん!?」

 数字だけ見ると額面は大きく見えるが、聞きなれない通貨単位での400万の価値にイマイチピンとこないユウは困惑する。

(大体、あなたの世界で一個100円くらいの値段のパンがこの地域だと1000バッチくらいですかね)

 (うーん、めちゃくちゃ通貨安やん……)

 ルティシアの解説を聞き、ユウはなんとも言えない気分になる。

 (まあ生産技術とかも貴方の元いた世界とは比較にならないですし。単純にレート換算できるわけではないですが参考までに〜)

 なるほど、と納得しつつユウは改めてモヒカンの革ズボンを眺める。どうやらこのズボンは雑に換算すると現代日本だと40万円相当の値段がするらしい。ざっくり考えるならちょっとしたサラリーマンの2ヶ月の手取りくらいの額であろうか。命を預ける冒険の装備としてはありえない額でも無い気もするが、随分と気合の入った額のようにも思える。

「そ、そんなにする……と、いうことはなんか特別な効果とかがある革ズボンなんでしょうか……」

 ユウが恐る恐る聞くと、モヒカンは吠える。

「ああ!そんなもんはねぇよ!」

 ないのかよ。

 そうツッコミたくなるユウに構わず、モヒカンはさらに捲し立てる。

「この革ズボンはなぁ、西方のファッションリーダーと名高かったエルフが長年履いてたヴィンテージモノの一品なんだよ!見ろ!この風化度合い!この味わい深い色合い!特別な効果や高い防御力こそねぇがコレを着ていくことでダンジョンに挑む俺のテンションってもんがだなあ……!」

 モヒカンはさらに構わず革ズボンへの思いの丈を捲し立てようとするが、そこまで聞いたユウは恐る恐るモヒカンに問う。

「つまり……ダンジョンにファッションとしてお高い実用性は特にないズボンを履いていこうとしてる……と?」

「おうよ!」

「……」

 威勢の良いモヒカンの返答にユウは思わずどこかのミームで見た眠そうな猫のような顔になる。

「アホか!?ダンジョンは渋谷とかちゃうねんぞ!?」

 そして、衝動の赴くままに勢いよくツッコミのための手を振り下ろす。振り下ろした手がモヒカンの頭部へと着弾しそうになるその瞬間、ユウの脳裏に昨日の転生直後のエクスとの会話が蘇る。

 

(今の君は私と一体化することで身体能力が強化されている)


 何故この瞬間、昨日のそんな会話を思い出したのだろうか。一瞬内心に浮かんだ疑問は、手から伝わるモヒカンの頭部の感触に掻き消える。

 直後、ユウのツッコミを食らったモヒカンは凄まじい物音を立てて、勢いよく床板を突き破り、首から下が地面へと埋まる。


「「……え?」」


 想定外の事態にユウもモヒカンもフリーズする。


「ユ……ユウ兄ちゃん……?」

「ユウさ……ん……?」


 また、その場で事態の推移を見守っていたティキやエミリアのみならず、凄まじい物音に驚いたギルド内の冒険者達の視線が一斉にユウの方へと向かう。


(……や……やっちまった~!!)


 周囲から自身に集まる視線を感じ、ルティシア達からの要望に反して自分が猛烈に目立ってしまっていることをユウは実感する。


(あー、どうしましょうユウさん……)

 いつも通りの気の抜けたテンションのルティシアの声にも、どこか焦りのようなものが感じ取れる。彼女的にも現在の事態は不本意なものであるらしい。

(どうやら私と融合したことで得たパワーのコントロールが、まだうまく出来ていないようだな)

(え……いやだって……こんなに……だったなんて……)

 自身の失態を責められているように感じてユウはたじろぐ。しかし、そんな彼の内心を知ってか知らずか、ルティシアは明るい雰囲気でユウを励ます。

(まあ、なっちゃったものは仕方ないですよ。今後は気を付けるとして、とりあえずうまくごまかしましょう!)

(ごまかすって……)

 ユウは途方に暮れつつも周囲を見回す。


(……来たッ!!)


 その時、突如緊迫したエクスの声がユウの脳内に響く。同時におぞましい寒気のようなものが背筋を駆け抜けるのを感じる。

(この感覚って……!)

 ユウはエクスに問いかける。

(ああ、間違いない。ドゥーマ……奴と似た気配だ)

 エクスの声はいつも通り落ち着いているように聞こえるが、どことなく緊迫感がある。

(……そして、悠長にしている時間はないらしい)

 エクスがそう語った直後、すさまじい揺れユウ達を襲う。ギルドの建物は軋み、悲鳴を上げる。そして、畳みかけるように耳をつんざくような咆哮が響き渡る。それはまるで大地の奥底から響くような低く、重い音だった。あまりの揺れの激しさと咆哮のおぞましさに、周囲の冒険者達は悲鳴を上げることすらままならない。しかし、その揺れと咆哮もすぐに収まった。

「なんだいまの揺れと……鳴き声?」

 突然の強烈な事態に、周囲の冒険者たちは直前に起きた珍妙な騒動すらも忘れて不安を口にし、顔を見合わせる。しかしそれもつかの間の出来事であった。外から悲鳴のような叫び声が聞こえる。

「化け物だあっ!」

 その悲鳴を聞いた周囲の冒険者達は事態を把握するべく次々にギルドの外へと駆け出していく。

「ユ、ユウ兄ちゃん!僕たちも行こう!」

 その様子を見たティキがどこか不安そうにしながらもユウを促す。ユウは一度頷きエミリアの方を見ると、彼女も同意をするように頷いた。

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