第5話 名前なんてわかりやすくていいんだよ、わかりやすくて


「おお、結構な人通りだな……」

 ティキの後ろをついて歩きながら周囲を見回した勇は嘆息する。街の中には町人と思しき軽装の人々や、商人のものと思われる馬車、鎧を纏い剣を携えた剣士や杖を持った魔術師のような出立ちの人物等が大量に歩いている。その光景を眺め、勇はますます自身が異世界に来たことを再び強く認識する。

「そりゃ帝都だからね!ここには街の人や兵士だけじゃなくて冒険者や旅の商人もたくさんくるんだよ!」

「なるほどなあ」

 ティキはまるで自分ことのように得意げに胸を張る。

(自分の住んでいる街が好きなんだろうな)

 勇はそんなティキに少し羨ましさを覚える。前世では自身は地元や社会人になってから住んだ街に愛着を持ったことなどあっただろうか、と過去を思い返す。しかし、勇にはティキのように住む街を誇る自身の姿がどうにも想像できなかった。

「お兄さん、着いたよ!」

 ティキの掛け声に勇は我に返る。前方を見ると、教会らしき建物が目の前にある。

「……ここは?」

 勇の言葉にティキは頷く。

「ここは教会だよ!ここは身寄りのない人なんかに一時的に寝泊まりする場所や食事の提供、仕事の紹介なんかをしてくれる場所なんだよ。それに、装備品の祝福や呪いの解除、蘇生なんかもしてくれるから、冒険者の人なんかも結構くるんだよ。だからもしかしたらお兄さんのこと、知ってる人とかも来てるかもしれないよ!」

(……そんな奴はいるわけないんだがな……)

 ティキの善意からの渾身の提案が空振りに終わることがわかりきってしまっている自身の現状に若干の座りの悪さを感じる。だが、この場所に連れてこられたことは幸運であったかもしれないと勇は考え直す。

(……情報収集という観点ではここはうってつけか)

(ああ。この世界に飛来したと思われるドゥーマの細胞が何らかの異変を起こしているのであれば、その情報が人伝に流れてくる可能性がある。この場所について情報を得ておくことも意義があることだろう)

 エクスも勇の考えに同調する。そんな二人の間で交わされる同意とは無関係にティキは扉を開けて教会の中へと入っていく。勇は慌ててその後へと続く。中に入ると勇は周囲を見回す。なるほど、中には礼拝に来た老若男女の市民や、棺桶を引きずった戦士や魔法使い達の一団で教会内は混みあっていた。そんな様子を眺めている、修道服をどこか柔らかい雰囲気の女性が二人に近づき、そしてティキに声をかけてきた。

「珍しいわね。こんな時間からここにくるなんて」

「エミリア姉ちゃん!」

 エミリアに声をかけられたティキは手を挙げて応じる。

「いつもこの時間は"秘密の特訓"をしているんじゃなかったの?」

 エミリアに聞かれたティキは勇の方を指さして答える。

「そのつもりだったんだけど、特訓場所に行ったらこの人がいたんだ。で、この人記憶が無いっていうから……」

 ティキの説明を聞き、エミリアは片手を口元にあてて「まぁ」と小さく嘆息を漏らす。それからエミリアは勇の方へと顔を向けると頭を下げる。勇もそれに応じて頭を下げた。

「弊修道院は、貴方のような方々に対して寝場所や食事の提供、就労支援などを行っております。一時的な措置にはなりますが、もしよろしければ……」

 それを聞いた勇は素直に驚く。随分と都合の良い話である。

「それはありがたいですが……良いんですか、そんな?」

 勇に聞かれてエミリアは静かに頷く。

「現在は他国から流入した難民などが多く、そういった方がの生活再建・自立支援を国が積極的に乗り出しているのです」

「難民ってなんでまたそんな……」

 勇は驚いて思わず聞き返す。ただのファンタジー世界だと思ったが、どうやら思ったよりキナ臭い話でもあるのだろうかと、勘ぐってしまう。そんな疑問を口にする勇をエミリアは何も言うでもなくじっと見つめた後、小さくため息を漏らしてから説明をする。

「二年ほど前まで、世界中の国が魔王軍と戦っていたのです」

「魔王……!」

 エミリアの説明に勇ハッッとする。なるほど、ファンタジーの世界に来たのであったら、確かにそういった存在はいても不思議ではない。そんな勇の反応をどう解釈したのかはわからないが、エミリアは説明を続ける。

「この国は比較的被害は軽微でしたが、周辺国は甚大な被害を受けました。そして、戦火から逃れるようにこちらへ流れてきた方々も多いのです。その中には家族を失い心身喪失状態になられた方や、戦いの過程で記憶障害になられた方などもいらっしゃいます……」

「……」

 エミリアの説明に勇は思わず息を飲む。どうやら人類と魔王との戦いは平和な世界で育った自身の想像を容易く凌駕する程に甚大な被害をもたらした戦いであったらしい。

「最終的に魔王は討たれ、魔族と我々の間で講和はなりましたが、そのあとに我々は生活を立て直し復興を進めなければなりませんでした。そのためには難民の方々にも協力してもらう必要があります。国としてそういった方々に対しての支援を積極的にしていこう、ということになったのです」

「なるほど……」

 自身はこの世界の魔王との戦いは無関係であり、その戦いのせいで戦災にあった人達のための制度を利用するのは心苦しいものがある。しかし、自身もこの世界に来たばかりで右も左もわからない状態である。とりあえず一度落ち着く場所が欲しいし、エミリアの提案に乗るべきであるだろうと、勇は脳内で計算をする。

「そしたら、お言葉に甘えてご厄介になりたいのですが……」

 勇の返答を聞き、エミリアは軽く頭を下げる。

「分かりました。でしたら私共の方で手続きを進めておきます。差し当たっては……私達は貴方を何とお呼びすればよろしいでしょうか……」

「!?」

 そういわれて勇は返答に詰まる。元の自分の名前をそのまま名乗って問題はないのだろうか?それとも……何かこの世界での名前を新たにつけた方が良いのだろうか?そんなことを考えていると、ルティシアが提案をしてくる。

(でしたら、勇さんにちなんだ名前ということでユウとかどうでしょうか?この世界でも割と一般的な名前みたいですし、変な悪目立ちなどはすることはないと思います)

 リアルタイムに返答をしなければならない状況下であったため、勇はルティシアの提案にすぐさま飛びつく。

「ユウ……って名前に……なんとなく憶えがあります。もしかしたら俺の名前、もしくは俺に記憶に関係のある何かの名前かもしれません……」

(おお〜!流石!こういう時の咄嗟の演技が自然!)

 だんだん慣れてきたのか、この面倒臭い女神のテンションにも動じなくなってきた自分を勇は自覚し始めていた。

「そうですか……では、差し当たってはあなたのことはユウさんと呼ばせていただきます。改めてよろしくお願いしますね」

「よろしくね、ユウ兄ちゃん!」

「どうも……よろしくお願いします」

 二人にそう言われ、ユウも改めて二人に頭を下げた。


 ――それから約二時間後、ユウは客室に案内されて一息ついた後、夕食に呼ばれていた。食堂ではユウはエミリアやティキ、そして小さな子供達数人と老婆の修道女で食卓を囲んでいた。聞くところによると、この修道院は孤児院も兼ねているのだという。食卓の上にはパンや野菜が入ったスープ、そして焼いたソーセージのような肉が並べられている。

(復興中の国の修道院の夕食にしては思ったよりはるかにちゃんとしているな……)

 そんなことを考えながらユウはちぎったパンを口の中に入れる。

「どうですかユウさん、お味の方は?」

「美味しいです。こんな状況の自分がこのような食事にありつけるとは思っていませんでした。ありがとうございます」

 老修道女に聞かれ、ユウは正直な感想を述べながら軽く頭を下げる。

「良かったね、ユウさん。料理はマヘリアさんが作ってくれるけど、そもそもその材料が手に入るのはティキとエミリアさんのおかげなんだよ」

 ティキの横に座っていたおっとりとした雰囲気の少年はユウにそういうと、スープをスプーンですくう。

「こら、リオ」

 マヘリアはリオを軽くたしなめる。今一つ事情が呑み込めないユウは首を傾げる。

「エミリアとティキは帝都を救った英雄の子息なのです。英雄は魔王軍との戦いで亡くなりました。エミリアは両親から継いだ財産を我々に寄付し、さらにこの修道院で働いてくれているのです」

「なるほど……」

 マヘリアの回答にユウは納得する。

「ちなみにエミリアさんとティキのお父さんが街を救ったというのは……?」

 ユウが聞くとマヘリアは軽くため息をもらし、エミリアの方をみる。エミリアはそれを受けて軽くうなずく。同時にティキはユウの方を見る。どうやら彼としては父の功績を語りたかったらしい。

「3年前、この帝都も魔王軍の侵略を受けました。当時人類戦力の中心であった勇者とその仲間達は別の都市へ出向いていたため、帝都は持ち前の兵力で魔物の大群と戦うしかありませんでした。しかし、勇者が戻るまでの間兵たちを鼓舞し、前線で戦い続けた者がいました。それが二人の父、将軍バルト―です」

「……」

 ユウは真剣な面持ちでマヘリアの話に耳を傾ける。

「バルト―様は最終的に魔族の司令官の手によって討たれますが、その直後に帝都に戻ってきた勇者の手によってその司令官は倒されることになりました。こうして、勇者が戻ってくるまでの時間を稼いでバルト―様は、勇者とは別にこの街を救った『英雄』として人々に記憶されることとなったのです」

「なるほど……俺の腹も救われたことだし、その英雄には足を向けて寝られませんね」

 ユウの冗談交じりの言葉にティキは胸を張る。

「でしょ?僕もいつか父さんみたいなみんなを守れるすごい人になりたいんだ!だから今は強くなりたくて毎日剣術の練習してるんだ!」

 ユウは出会った時のティキはの様子を思い出す。あんな町はずれの教会跡に木の剣を持ってきて修行しようとしていたのはそういうことかと納得する。

「だったら、まずはこの修道院での手伝いをちゃんとしてからになさい。お父様はちゃんと毎日やるべきことをこなしたうえで剣術の修行もしていたのです」

 ティキの言葉にエミリアは軽くため息を漏らしながら釘をさす。

「ちぇー、ごめんなさーい」

 エミリアの言葉にティキは口を尖らし、その様子に食卓を囲んでいた者たちは笑う。


(……そういえば、誰かと楽しく会話しながら食卓を囲むなんて久しぶりだな)


 前世で上司のくだらない自慢話や説教を食らっていた飲み会の光景などが一瞬脳裏をよぎる。

(そういうの、あんまり思い出し過ぎない方がいいですよ。折角異世界転生してきたわけですし)

(……そうですね)

 ルティシアに言われてユウはフッと軽く息を吐く。今はこの楽しい団欒の時間を楽しむことにしよう、ユウはそう思いなおしながら食事を続けた。

 

 それから食後、ユウは割り当てられた客室の一室に戻ってきていた。現在は戦後から時間が経っていることもあり、支援制度を利用して修道院に滞在する者の数は大分減ってきていたそうだ。おかけで客室にも余裕があり、ユウは一時的ではあるが最低限の寝床を確保することができた。

「まあ、出だしはなんとかなったか……」

 一人になったユウはそう言ってため息を漏らす。

(うんうん!これも私の名采配のおかげですね!)

「そうっすか……?」

 ユウは淀んだ目で空中を見つめる。

「なんかこっちの世界の人間に対する干渉は極力避けたいって言ってたけど、やっぱり女神様がこっちの世界の協力者とかをあらかじめ用意したほうが良かったんじゃないですかね……?出だしから寝床や飯の確保やで一苦労することになってるわけだし。こんな教会もあるってことはそれなりに信仰されているんでしょ?」

(それは難しいですね)

 ユウの質問に対するルティシアの返答は素っ気ない。

(だって私、この世界の人々が信仰している神とはまったく関係ないですし)

「へー……」

 何も考えずにそのまま返答するユウだったが、そこでふとした違和感を覚える。そして、先ほどのルティシアの回答をもう一度脳内で反芻し……

「関係ないのかよ!?」

 思わず叫んでしまう。

(はい)

 しかし、ユウの反応もルティシアは大して気にもとめない。

「……え、じゃあ最初にいた礼拝堂とかに飾られた女神像は……」

(あれも私じゃないですね。この世界の住人たちが勝手に想像した神の像です)

「えぇ……あんなに像のおっぱいでかいから絶対ルティシア様の像だと思ったのに……」

(もしかして女性を顔じゃなくて胸で識別するタイプの人類ですか?)

 ルティシアが珍しく呆れたような物言いをユウにする。

「まあ、一旦そこは置いておきまして……本来、私達世界を管理する神は、原則個々の世界に存在する知的生命体に干渉することは禁止されています。また、私がエルガルドの管理を前任者から引き継いだのは本当に最近のことです。ですので彼らは私のことを知りえるはずはないのです。そして、そんな彼らの知らない神である私が急遽頼んだところで彼らは応じてはくれないでしょう)

 ルティシアの説明を聞き、ユウはため息を漏らす。

「知らぬが仏とはよく言ったもんだな……」

 実在する神から、自身の信仰している神はただの妄想の産物にしか過ぎないことを突き付けられたらどういう心境になるだろうか。前世では特に宗教の類に帰依していなかったが、それでもその心境を想像しようとすると空恐ろしいと感じる。

 ……と、そこまで考えたところでふと脳内に浮かんだ疑問を勇は口にする。

「ちなみに、さっき引継ぎ……って言ってたけど、なんでそんな世界の管理をしなきゃいけなくなったんです?」

(あぁ、先任の女神が急遽産休を取ってしまいまして……。上司だった私が巻き取ることにしたんです)

「さんきゅう」

 あまりにもな想定外な回答に、勇は思わず鸚鵡返しをしてしまう。

(はい、産休です。でも、人員も足りず現場も回らないので……まあどうにかしようかと思いまして……)

「人手不足企業のプレイングマネージャーとか都合よく呼ばれちゃう中間管理職かなにか!?」

 あまりにも物悲しい回答にユウは思わず叫んでしまう。

(いやー、まあ実態は似たようなもんですね。神の世界も色々大変なんです。今もユウさんたちのサポートしつつ他世界の管理の仕事とかしてますし)

「オーウ、マルチタースク……」

 あまりの世知辛さに、別につらいことが起きているわけでもないのに涙が出そうになってしまった。この女神の妙なテンションは忙しさにも原因があるのかもしれない、そう思うともう少し優しくしてやろうか……という気持ちが芽生え始める。

「とりあえず、この世界で地道に活動の地盤築きながらドゥーマの足取りを追うしかないってわけか……」

(そういうことです)

 とりあえず話がひと段落ついたところで、ユウはベッドに寝転がる。そうすると今まで感じていなかった疲れが身体に一気に押し寄せてくる。今日はあまりにも色々なことが立て続けに起こりすぎた。ユウは大きなため息を漏らすと、両目を閉じる。そんなユウにエクスが話しかける。

(ユウ。ちなみに君が胸の大きい異性に魅力を感じるように、我々の種族では胸部のエナジークリスタルの大きい異性に魅力を感じる傾向がある)

(それ今教える必要ありました?)

 想定外のエクスのボケに思わずユウはツッコむ。一瞬だけツッコミのために覚醒した意識も、すぐにまどろみの濁流に飲まれ、ユウはそのまま眠りへと落ちていく。その寝息は前世では考えられないほど穏やかなものだった。

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