第4話 とりあえず他所から来た人にはぶぶ漬け出しときゃいいみたいな思考はやめなさい

「…………イチローッ!?」

 それからどれほどの時間が経過しただろうか。突如どこかの打者の名前のような悲鳴を上げつつ、勇は勢いよく飛び起きる。

「くそっ、あの女神!あんな雑な方法で人を送り出しやがって……!」

 そうぼやきながら勇は周囲を見回す。どうやら自分は現在、なんらかの石造りの建造物の中にいるらしい。どうやら自分たちがいる場所は何かの礼拝堂なのだろうか?勇のことを巨大な女神像が見下ろしている。そして、女神像の胸がやたら豊満なことに勇の意識が注目してしまう。

(そういやルティシア様……だっけ、あの人もめちゃくちゃでかかったよな……)

 そんなことを思いつつ、勇がおぼろげな過去の世界史学習の記憶を辿っても、このような女神像を見た記憶がない。ここは異世界の神殿の中ということだろうか?

「……ここがエルガルドってわけ?しかしここから何すりゃ良いんだ……?」

 ドゥーマを追うという大きな目標があるが、差し当たって現地についてから具体的に何をすれば良いのかということについては、ルティシアから特に何も指示がなかったことを思い出し、勇は途方に暮れる。

(目覚めたか、イサム)

 その時、突如として勇の脳内に聞き覚えのある声が響き渡る。

「おわっ!?急に頭の中に声が!?」

 勇は思わず両手で頭を抱える。

(驚かせてすまない。私だ、エクスだ)

「……あんたか。そういや一体化するって言ってたもんな。こういう感じか……」

 一人で納得しつつ勇は腕を組む。

(まだ慣れないかもしれないが、よろしく頼む)

 脳内に伝わるエクスの声色に変化はないのだが、勇にはエクスがどこか申し訳なさそうに思っているように感じられた。一体化の影響だろうか?

「いや、まあなんとなく想像してた範疇の感じだから大丈夫っす!」

 あまり気を使わせても悪いと思った勇は、あえて明るく振る舞う。

(さすが、あの世界の地球の方ですね。こういう事態に関する創作を嗜んでらっしゃるというのは本当だったのですね)

 その時、勇の脳内に聞き覚えのあるさらに別の声が突如として響き渡る。

「うおう、びっくりした!?……って今度は女神様の方か……」

 周囲に誰もいないのを良いことに、勇は大仰なリアクションをとる。そんな彼のリアクションを楽しむようなルティシアの笑い声が脳内に響く。出会った時からどうにも能天気で気が抜けるふるまいをするこの女神は、本当に事態の深刻さを理解しているのだろうか……?と、勇は少し不安になる。

(あら、驚かせてしまいましたか?ごめんなさい。今回は貴方たちを情報支援しようと思いまして、このように交信を行おうかと思いまして)

「そんなことする気だったんなら事前に説明をしておいてください……。知らない女性の人格がどさくさに紛れて入ったのかと思ってびっくりしちまったじゃないですか……」

(大丈夫です。実際のところは貴方をパソコンとすると、エクスさんがAIアプリ、私はチャットアプリで送られてくるメッセージのようなものです。あなたの中に新たな女性人格が宿ったりしたわけではありません!)

「なんなんですか、その回答……」

 ルティシアの律儀かつピントのずれた回答に勇は思わずため息を漏らす。

(こんなところでいつまでも気の抜けたやり取りをしている場合ではありません!ドゥーマの足取りを追うためにも一度ここの外に出ましょう!)

「誰のせいだと思ってるんですか……」

 マイペースなルティシアのふるまいに、もはやため息を通り越して頭痛がしてくる。だが、実際いつまでもこの建造物の中にいるわけにもいかないという点についてはルティシアの言うとおりではある。

(……気をつけろ。誰かが近づいてきている)

 その時、気の抜けたやり取りを他所に建造物に近づいてくる外部の人の気配に気が付いたエクスが勇に注意を促す。それを受けて勇が周囲に意識を向けると、どことなく軽さを感じさせる草を踏み分けながらこちらへと歩いてくる人物の足音を一つ、勇の耳が拾った。この足音の軽さと足運びから歩幅の小ささや体形などがなんとなく想像が出来る。足音の主は子供だろうか?しかし、礼拝堂の外から発せられたと思われる小さな足音を拾い、さらにその音質から足音の主の性質まで推定している現在の自身の聴覚の鋭さに勇は違和感を感じる。

(今の君は私と一体化することで身体能力が強化されている。その鋭い聴覚もその結果だ)

「なるほど」

 エクスの説明に勇が納得している間に、足音の主たちは礼拝堂の方へと大分近づいてきていた。


「あれ、人がいる?」

 そして礼拝堂へと入ってきた人物は、勇の存在に気づき驚きの声を上げる。やはり推定した通り、礼拝堂に入ってきたのは少年だった。彼の手には木で設られた剣が握られている。

(さて、どうしたものか……)

 転生してきた世界の状況が全く分からない現在の状態では、この子供にもどのように接したら良いか分からず勇は少し考え込む。しかし、そんな逡巡を他所に子供は勇の方へと近づいてくる。

「こんにちは、お兄さん!こんなところで何をしてるの?」

「こんなところ?」

 屈託なく挨拶をされるが、自分が現在いる場所が彼にとってどういう認識なのかも分からないため、勇は思わず聞き返す。

(転生体の方の言語コミュニケーション能力は現地にちゃんと適応できているようですね。よしよし!)

 その間もルティシアが一人で自画自賛をしているが、反応すると目の前の少年に不審がられる可能性があるため、勇はスルーを決め込む。

 そんな勇の状況は梅雨も知らないが、彼の反応を見て少年は首を傾げる。

「だってここ……街外れの廃教会だよ?街の人は用事がないから来ないし、旅人とかも街に中途半端に近いからここによることもあんまりないし」

(ちゃんとドゥーマの気配が近くて、尚且つ情報収集のしやすそうな人里に近くて、それでいて目立たない場所をちゃーんと選びましたからね!ふふっ、私ってば出来る女神!)

 なるほど、初期位置はある程度配慮されたものであるらしい……あんなギャグ漫画みたいな転送方法ではあったが。そんなことを考えてる勇に構うことなく少年は説明を続ける。

「僕はここ、人が来ないからいつも剣術の秘密の特訓に使ってるんだ!いつもは誰もいないのに今日はいるから驚いちゃったよ!」

 なるほど、秘密の場所というものは世界を跨いでも男の子の心が惹きつけられるものらしい。

「お兄さんは旅の人じゃないよね、すごい軽装だし。でも、街の中でお兄さん見たことないなあ。お兄さんは誰で、どうしてこんなところにいるの?」

 少年は無垢な好奇の目線を向けながら、改めて勇に問いかける。どうにもこの子供は観察力も頭の回転も早いらしい。彼の視線に勇は一瞬たじろぎつつも、どう返答したものか思案する。

「俺は……」

(あー、どうしたもんかな。事実をそのまま話しても理解されなそうな気がする……)

 悩む勇にルティシアが語りかけてくる。

(ちなみに勇さん。事情は極力現地の住人には明かさないようにして下さい)

 それを聞いた勇はフリーズする。

(え!?なんで!?)

 内心の焦りを表に出さないようにしつつも勇は思わず脳内で聞き返す。だか、それに答えたのはルティシアではなくエクスの方だった。

(我々、超次元平和維持エージェントは活動する世界、地域の文明への干渉は極力行わないようにすることが規則として定められている。私の存在や、私と一体化している君の正体を明かすことはこの世界に無用の混乱を招く可能性がある)

(あ、お約束な奴ね……)

 勇は某特撮番組を思い返しつつ納得する。

(そうです!流石この手の分野に慣れている異世界人ですね!相変わらず理解が早くて助かります!)

 ルティシアの賞賛がもはや面倒くさく思えてきた勇は思わず頭を抱える。そして、そんな勇の顔を少年は心配そうにのぞき込んでくる。

「どうしたの、お兄さん?大丈夫……?」

(流石勇さん!これはアレですね!こういう正体不明な人物によくある鉄板のあの設定!アレで誤魔化す時ですね!)

 ルティシアの高いテンションに内心うざったらしさを感じつつも勇はルティシアの意図を察する。確かにこの流れだったら彼女の言う"鉄板"でごまかしつつ、この少年から情報収集をするのが良いかもしれない。そう納得した勇は頭を抱えたその流れで、仕方なく演じ始める。

「俺は……誰だ?なんでこんな所にいる……?駄目だ……何も思い出せない!」

(んー!良いですねぇ!これこれ!こういう展開が壮大な冒険の始まりって感じで、ぐっと来るんですよぉ!)

(うるせぇぇぇぇぇっ!)

 ルティシアの反応に内心湧き起こる苛立ちを抑えつつ、勇は少年の反応を伺う。少年は勇の言葉を聞くと、顔色がみるみると心配そうになる。

「そんな!お兄さん大丈夫!?」

 利発な少年には見えるが、どうにもこういう大人の嘘には騙されてくれるらしい。

「すまない、大丈夫かどうかもわからない……」

 演じながらも勇は純粋な少年を騙すような自身の所業に申し訳なさを感じる。

(……まあしょうがないですよ。実際説明しても彼らにはおいそれと理解できる話ではありません。彼らに理解も対処もできない危機伝え、徒に社会を混乱させることはこの世界を管理する女神としては本意ではありません。ですから、責任は事情を極力隠すことを貴方に課した私にあります。あなたが苦しむことはありません)

 予想外のルティシアの真っ当な言葉に、勇は一瞬真顔になりそうになるも、それを必死で抑え込む。

(あっぶねぇ……、変な顔するところだった……。しかし女神様……急にまともなこと言わんといて……)

(まあ、一応世界を管理する女神ですからね。その世界の危機に対処をしてくれる人が十全に能力を発揮できるよう、メンタルも含めてケアをしたいとは思っているんですよ、これでも)

 彼女なりに自分に対する気遣いはあるらしいことを理解し、勇は素直にありがたみを感じる。だが、それが所々でズレている上に行き過ぎているのはどうにかならないものか……とも、思いつつも、ルティシアに対してその意思を発することは控えておくことにした。


「んー……そっかあ。それじゃあお兄さん大変だよね……。あっ、そうだ!それだったら僕いいところ知ってるよ!」

「いいところ?」

 少年の提案に勇は首を傾げる。

「うん!困ってるお兄さんを助けてくれそうなところがあるんだ!ついてきて!」

 そういって少年は勇に手招きをすると礼拝堂の外へと向かって歩き出す。勇は一瞬逡巡する。

(ある程度この世界の状況を把握する必要があるだろう。行こう)

 だが、エクスに促され勇は仕方なく少年について行くことにする。


 ――少年についてしばらく歩いていくと、石造りの壁に囲まれた街の門前へとたどり着く。

「ここは……?」

「ここは帝都アルグラントだよ!ほらお兄さん、こっちこっち!」

 勇の問いに少年は振り向いて答える。

「帝都……」

 門から見える街並みを眺め、自身が本当に異世界に来たことを改めて認識し勇はため息を漏らし感慨に浸る。その間に少年は門番の兵士に声を掛けられていた。

「お、ティキじゃないか。もう戻ってきたのか。今日はいつもの秘密の特訓はどうしたんだ?」

 門番にそう言われたティキは頷いた後に勇の方を指す。

「街外れの教会にこの人がいたんだよ。でも記憶がないって困ってるみたいだったから」

 ティキの話を聞いた門番が勇の方へと視線を向ける。

「記憶喪失ぅ?なーんか怪しいな。死んだ魚みたいな目をしてるし」

「え?俺今そんな目つきしてんの!?」

 門番の物言いに勇は軽く衝撃を受ける。

「記憶と一緒に生気も飛んだんじゃねえか?」

 そう失礼なことを言いながら門番は肩にかけた鞄から鏡を取り出すとティキに手渡す。

「それは?」

「こいつには映った人間が魔族じゃないか、不審なものを持ってないかなどといったことを示す魔法がかけられてる。とりあえずこいつを覗いてみろ」

 門番がそう言っている間、ティキは鏡を持って勇に近づくと、鏡面を向ける。

(そういや転生後の姿を見るの初めてだな……。どんな姿になってるんだ?)

 期待と不安が入り混じりつつも、勇は鏡を覗き込む。そこには、転生前の自分とは似ても似つかない片目が髪で隠れた銀髪の少年が映っていた。

「まあ……これが……私?」

 勇はそういって頬に手を当てる。

(そんな……声まで変わって……)

(ネタ古いな……)

 ルティシアの合いの手にツッコミを入れつつも勇はまじまじと転生後の自身の顔を眺める。顔立ち的には悪くないと思われるが、そこまで華がない感じがする。

(折角の転生なんだからもう少し美形にしてくれてもよかったような……)

(あんまり美形にし過ぎてしまうと、どこにいても目立ってしまって活動しにくくなる可能性がありますからね。少し加減をさせてもらいました)

(配慮痛み要りますねコンチクショー!)

(あとなんでメカクレ系?)

(異界とか異国からの来訪者はなんか片方の目が隠れてるのが流行っていると聞きまして……)

(いや、俺が来たのは常識が異なる因習村じゃなくて異世界だから!それちょっとまたジャンル違うから!)

 いらん、かつ訳の分からん配慮しやがって……という正直な感想を胸の奥にしまいこみつつ勇は返答の意思を返す。

「まあ、問題はなさそうだな」

「おわっ!?いつの間に!」

 いつのまにか勇の背後に回り込み、鏡を覗き込んでいた門番に勇は驚きの声をあげる。そんな勇の態度に門番はため息を漏らしながら後頭部を掻く。

「ナルシストみたいなポーズでぼさっとしてるからだよ。とりあえず鏡に映っているお前さんの姿に問題はなさそうだ。まあとりあえず街に入っても大丈夫だろう」

 門番はそういうと、ティキの方を見る。ティキは頷くと鏡を門番へと返す。それ受け取った門番はそのまま問う。

「こいつはあそこに連れて行くのか?」

「うん!あそこなら色んな人がいるし、その中にお兄さんのこと知ってる人もいるかもと思って」

「そこまで都合よく行くかね……。まあ、あそこに連れて行く分には何かまずい事態が起きたりもしないだろ」

 二人のやりとりに勇は首を傾げる。この子供、ティキは果たしてどこに自分を連れて行こうとしてるのだろうか?

(彼らには我々に対する害意は無いように見受けられる。とりあえずついていって良いのではないか?)

(まあ、そうですね)

「お兄さん、こっちこっち!」

 そんな二人のやり取りをよそに、ティキは勇に手招きをしつつも街の中へと歩き始める。それに気がつくと、門番に軽く会釈をした後、ティキを追いかけるべく勇は歩き出し始める。

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