第3話 交渉のコツは選択の余地をなくすことってばっちゃが

「あー、思い出してきた思い出してきた……」

 勇はそう言って自身のこめかみを人差し指で軽く二度ほどつつく。なるほど、エクスとルティシアがいうドゥーマとは、あの時見た怪獣のことだったのかと勇は納得する。

「エクスさんは、子供を自身の命を顧みずに子供たちを助けようとしたことに感銘を受けたのです」

「なるほど……」

 ルティシアの説明に、勇はどうしたものかと困惑する。たしかに自身の行動は子供を救おうとするためのものであったが、その内実は自身に存在意義を見出せなくなった人間のやけっぱちであって、別に善意というほどではない。超常的な存在にそのように過大評価されたとしても困るというのが正直な勇の感想だった。だが、それよりも気になることがあった勇はそれを口にする。

「まあ色々言いたいことはあるけど……その前に1つ聞きたいことが。俺が死ぬ前に見たあの怪獣がドゥーマだっていうなら、あれってエクスさん倒してましたよね?」

 勇の問いにルティシアとエクスは顔を見合わせる。

「たしかにあの戦いでエクスさんはドゥーマの身体の大部分は吹き飛ばしました。しかし、一部の細胞は残っているのです」

「奴の再生能力は非常に強力だ。細胞のひとかけらでも残っていたら、奴は周囲の存在を生命の有無に関係なく取り込みながら再生し、そして本来の奴自身の力を取り戻すだろう……」

「うわぁ……えげつねぇ。」

 勇の口から思わず正直な感想が漏れ出る。しかし、そこまで話したことで新たな疑問が浮かび、勇は首をかしげる。

「だとしたら俺の元居た地球を守るって話になりますよね?なんで異世界の女神が関わってくるんです?」

 勇の再びの問いかけにエクスは頷く。

「私がドゥーマを撃破した時、奴の身体が爆発しただろう。その時発生した超常のエネルギーにより、空間に異なる次元をつなぐワームホールが発生したのだ」

「あ、もしかして俺が死ぬ直前にみた上空出来た黒い穴みたいなのって……」

 ルティシアが頷く。

「はい。そしてそのワームホールは私が管理する世界の1つにつながっていたのです。ドゥーマの細胞の一部はそのワームホールに吸い込まれ、私の管理する世界の一つであるエルガルドに流れ着いてしまいました。このままではエルガルドはドゥーマに食い尽くされてしまう恐れがあります」

「で、それを止めるためにエクスさんには俺の協力が必要……と?するとあれですか。エクスさんって地上で戦うときに制約があるとかそういう感じです?」

 エクスは頷く。

「理解が早くて助かる。私は特定の次元宇宙で実体化するには多大なエネルギーを消耗する。そのため、普段は現地の生命体と一体化し、必要に応じて実体化して戦闘を行うという手法を採っている」

(あー……完全にどこかで見たことあるような奴……)

 そんなどこかの設定そのまんま持ってきたような奴でいいのか……と、頭を抱える勇をよそにルティシアがさらに説明をする。

「しかし、今回は事態を一刻を争います。現地で協力してくれる人材を探索する時間も惜しい。であるならば、ある程度事情を知っている協力者をこちらで用意し、エクスさんと共に現地に送り込んだ方が早いだろうと判断しました。そこで、今回の事態に巻き込まれて死亡し、さらにエクスさんが人格面に問題がないと判断した人物……つまり、神代勇さん、貴方に協力を仰ぐことにしたのです」

 勇は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「えー……それにしたってあの騒動で死んだ奴にだってもっと俺よりマシな奴いるでしょ……」

 ルティシアは目を閉じ首を左右に振る。その動作によって柔らかに揺れる豊かな両乳に一瞬勇は目線を奪われるが、そのことには構わずルティシアは続ける。

「あの戦いに巻き込まれ、傷を負った方々はいらっしゃいますが、命を落としたのは貴方だけです」

「え……。マジっすか」

「マジです」

 ルティシアの言葉に、勇の脳裏に死の直前に自身の腕から子供たちがすっぽ抜けていった光景が蘇る。あの戦いに巻き込まれて死んだ者がいないということは、おそらくあの子供達も無事ということに気づき、勇は一人胸をなでおろす。

「じゃあ、協力できるのは俺だけということですか……」

 そういって勇は後頭部を掻く。

「ちなみになんですけど……」

 頭を掻いていると、ふと疑問が浮かび、勇はそれを口にする。

「なんでしょう?」

「協力を断ると、俺はどうなるのでしょうか?」

 勇の問いにルティシアは変わらぬ笑顔で答える。

「転生させる理由も特にないので……そのまま死ぬことになると思います」

「そのまましぬ」

 あまりにもシンプルな回答に勇は思わず鸚鵡返しをしてしまう。

「そもそも本来、私が管理する世界はイサムさん達の元いた世界はつながっていないのです。なので特別な事情がない限りは貴方たちのいた世界の人間の魂をこちらに招き入れることは出来ません。もし、エクスさんと共に転生しないのであれば、私としては貴方の魂をこちらに引き込む理由も無くなり、そうなるとあなたの魂は元居た世界のルールに従って処理される形になると思います」

「えー……。ちなみに俺が元の身体に戻るって選択肢もないんですよね?」

「はい、あなたの身体はトラックとの衝突によって破壊され、生命活動を復活させることは不可能になっています、このように」

 そういってルティシアが空中の一点を手で指し示す。すると、その先に空中映像のようなものが投影される。今空中に移されているのは自分の身体の状況であろうか?そう察した勇は目を凝らして映像を見るが、どうにも様子がおかしい。まず、目に映ったのは頭部はなく、装甲に覆われ目のついた胴体。そして次に目についたのは複数の関節からなる腕と足だった。さらに腕の先には鋭いクローが取り付けられている。その姿は、どこかのロボットアニメの人型水陸両用兵器だった。

「……これ、ズ〇ッグでは?」

「はい!」

 ルティシアは満面の笑顔で頷く。

「いや、はいじゃないが。つーかなんでズゴッ〇!?俺の身体じゃないの!?俺はいつから悪のジオン星人に身体を改造された!?」

 素っ頓狂な叫びをあげながら勇はルティシアを問い詰める。しかし、ルティシアはそんな勇の剣幕もどこ吹く風だ。

「いえいえ。実は勇さんの身体はトラックに轢かれた後に地面に叩きつけられてしまったせいで、少々映像としてお見せするには配慮が必要になっていそうな状態になっていましたもので……。現在、そちらの世界ではあまり人目に触れさせないほうが良いものはズゴッグに隠すのがトレンドであるとお伺いしたものですから、同じように〇ゴッグの中に死体を隠しておきました!」

 屈託のないルティシアの返答に勇はずっこける。

「どこでそんな偏った知識仕入れてきたんです!?」

 勇に聞かれてルティシアは豊満な胸を張る。柔らかく波打つ胸に、勇は一瞬だけ目を奪われる。

「今回、あなたを異世界転生させるにあたって、私は貴方の世界で異世界転生に関する知識を仕入れるために直近のサブカル等に関する情報の収集を行ったんです!アニメとか漫画とかゲームとか、そういったものを沢山予習してきました!今の私ならば、抜かりなく勇さんの異世界転生をサポートすることが出来ると思います!!」

 ルティシアはそういうと、目をつぶり両腕を横にすっと広げる。直後、周辺の空間が白く染まり、大量の本棚が飛び交い始める。どうやらどこかの特撮ヒーローの地球の記憶にアクセスする様を真似ているらしい。

「いや、媒体偏りすぎっ!つーか人を勝手に著作権とか敵にアウトな感じなものに詰め込むな!あと鬱陶しいからどこぞの本棚みたいな演出もやめい!!」

「えー……折角予習と準備しましたのに……」

 ルティシアは口をとがらせる。その間に空間の色は元に戻り、あたりを飛び交っていた本棚もどこかへと消える。その様子を見ながら勇はため息を漏らす。どうやら、自分が期待するような素直なチートをくれて気持ち良く無双をさせてくれるような異世界転生にはならないらしい。しかし、それでもそのまま死ぬよりはマシだろうと思い、勇は腹を括る。

「まあいいや……とりあえず、協力します。それしかないじゃないですか……」

 勇の了承にルティシアが目を輝かせる。

「まあ!そういっていただけて助かりました!」

 勇の返答にルティシアが明るい表情で手を合わせる。

「では早速、あなたの魂が入る新たな器を用意し、エルガルドへ送り出しましょう!」

 そういってルティシアはどこからともなくバットを取り出す。

「ちょっと待って。そのバットで何をするつもりですか、あんた」

 なにやら嫌な予感がし、勇は思わずルティシアに聞く。しかし、そんな勇の危機感を知ってか知らずか、ルティシアは相変わらずな笑顔で返答する。

「なにやらそちらの世界では、人を遠くに飛ばすときはこのような道具を用いて打ち出すと学んだものですから!」

「ちゃうわ!本当にどこからそういう偏った知識を仕入れてくるんだあんた」

「えーい!」

 抗議と突っ込みをよそに、ルティシアは間の抜けた掛け声からは想像もうつかないような腰の入った一本足打法で勢いよく勇を打ち出す。

「ギャーーーーーッ!?」

 悲鳴を上げつつ吹き飛ばされながらも、勇は内心で後悔をする。

(やっぱこの話受けるんじゃなかったー!!)

「では、行ってらっしゃいませー」

 しかし、そんな勇が最後に目にしたのは、彼の内心も知らずににこやかに手を振るルティシアの姿だった。

 

 ――そしてここで勇の意識はここで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る