第7話 怪獣映画は熱線吐くところからが実質物語スタート

 ユウ達はギルドの外に飛び出るや否や、目にした光景に言葉を失う。彼の視線の先には巨大な生物が二本脚で聳え立っている。その姿を見たユウの口から率直な感想が思わず漏れる。

「あれ……ドラゴン……?」

 たしかに巨大な生物は、彼が前世でプレイしたRPGで腐るほど見てきたドラゴンのような姿をしている。

(ですが待ってください!何か様子がおかしいですよ!)

 ことあるごとに気の抜けるようなことを言っていたルティシアが珍しく緊張した声色で警戒するよう呼びかける。ユウはそのことから事態の深刻さを察する。そんなユウの横でティキが目を見開きながら震えた声を絞り出す。

「なに……あれ……魔王軍が攻めてきたときだって、あんな大きなドラゴン見たことないよ……?」

 確かに、ドラゴンの巨大さは異常だった。ユウはドラゴンの背後にある王城を見る。かつて現代日本の都市部で生活していたユウから見て、王城大手の百貨店くらいは大きさはあると感じられるが、その高さも精々ドラゴンの腹くらいまでしかない。

「……あの姿……なんて禍々しい」

 エミリアもまるで吐き気を抑え込むかのように口を手で覆い、目を見開いてティキの言葉に応じる。たしかにエミリアの言う通り、ドラゴンの身体もどこかおかしい。全体的には鋼のような重厚な鱗で身体が覆われているのだが、要所要所でどす黒いヘドロのような粘膜に覆われている。さらに目を凝らすと、粘膜にはまるで血管のような赤い管が無数に通っており、そのどれもが荒々しく脈打っている。

(ドゥーマ細胞だ。どうやらあのドラゴンはドゥーマ細胞に浸食され、正気を失っているようだな。今の奴は破壊衝動・殺戮衝動に支配されているとみて間違いない。ティキの言動をみるに、おそらくもとはもっと小さなドラゴンだったにちがいない。)

(あのドゥーマに汚染されたドラゴンは全長八〇メートルほどになります。しかし、この世界に存在するドラゴンは大きくても全長は二〇メートル程度です。)

 エクスとルティシアの解説にユウは絶句する。

(生き物を急に4倍超の大きさにするとか……しかも超絶狂暴モードにするとかとんでもねぇな……)

 改めて自身が敵対することを選択した相手の能力の強大さにユウは絶句する。そんなユウの内心を知ってか知らずか、さらに精神的に追い込むかのようにドラゴンは再び悍ましい咆哮を上げる。

「な、なんつー鳴き声だ……」

「うわああああああ!」

「なんて恐ろしいの……」

 その音圧にユウ達や周りにいた冒険者達は思わず耳を塞ぎ、目を瞑る。

 いつまでも続くかに思われたドラゴンの咆哮が徐々に小さくなってきたところでユウの背筋に悪寒が走る。それと同時にイクスが鋭く警告を発する。

(奴の中の熱量が急激に増大している。このままではまずいぞ、ユウ)

 イクスの言葉に耳を塞いでいたユウは慌てて視線をドラゴンの方へと向ける。そしてユウが目にしたのはまるで何かのエネルギーをチャージするかのように粘膜部分から赤黒い光を発するドラゴンの姿だった。

「あ……」

 特撮作品でも何度か見たことがあるような光景を目の当たりにし、ユウはこの後起きる事態を察する。ユウは咄嗟にティキとエミリアを抱きかかえる。

「へ?」

「な、何!?」

 そして突然の事態に混乱する二人に構わず、ユウは勢いよく跳躍しその場を離れる。


 直後、ドラゴンの口からすさまじい熱線が放たれる。熱線は帝都の一角に着弾すると、すさまじい爆発を巻き起こす。爆発の巻き起こす衝撃と熱を背に受けながらユウは勢いよく家々を飛び越え、城壁を飛び越え、そして帝都の外へと着地する。


「え……?」

「ここって……帝都の外?」


 気が付けば帝都の外にいることに気づいた二人は、ユウに抱えられつつ、戸惑いながらも周囲を確認する。

「そんな、どうして私たちは街の外に……。それにあのドラゴンは……」

 混乱をしているエミリア達から手を放しつつ、ユウはわざとらしく話しかける。

「どうやらあのドラゴンのブレスに吹き飛ばされて街の外まで来ちゃったみたいですねー。いやー、ケガとかなくてお互い良かったですねー!アハハ!」

(ちょっと急にわざとらしくなり過ぎじゃないですか?昨日の演技力はいずこへ?)

(うるへー!!こちとら想定外の事態に立て続けに襲われ過ぎて混乱しとるんじゃ!!)

 めずらしくルティシアから真っ当に突っ込みを受け、ユウは逆ギレする。

「は、はあ……」

 しかし、理解が追い付かないエミリアには、ユウに対してそれ以上の追及をする余裕はなかった。


(そんなやり取りをしている場合ではない、ユウ。一刻も早く奴を止めねば)

 エクスにたしなめられ、ユウは改めてドラゴンを見る。

(あれを……?)

 敵の強大さを目の当たりにし、恐怖心が湧き上がるのを感じる。巨大な体躯、凶悪な爪や牙、ドゥーマ細胞に浸食されたことでグロテスクさや禍々しさを増した体表、口から吐き出され続ける熱線……そういったものすべてがユウの恐怖心をさらに強固なものにしていく。

(なんで理不尽に死んだと思ったらあんな恐ろしい化け物と……)

 身体が震え、呼吸が荒くなる。心拍数が高くなり、その音が嫌に耳に響く。選択肢はなかったとはいえ、自分はおろかな選択をしてしまったのではないかという疑念と後悔がふつふつと湧き上がる。

(……)

 そんなユウにエクスは声をかけようとしたその時、熱線を吐き終えたドラゴンが再び咆哮を上げる。その方向を聞いたエミリアとティキは正気に戻り、ドラゴンの方を見る。ドラゴンの足元の城下町は、熱線により火事が起きているようで、足元から炎と煙が巻き起こっている。


「……そんな……!」 

 その様子を見たティキの顔色が蒼白になる。

「いけません……修道院の皆を避難させないと……!」

 エミリアも動揺しているが、自身の友人・知人達の危機を推察し、助けに行くべく帝都へ戻ろうとする。そんな彼女をユウは慌てて止める。

「馬鹿言わないでください!今戻ったら危険です!」

「でも……!」

「姉ちゃんは逃げて!僕が行く!」

 ティキの言葉にエミリアとユウは驚く。

「そんな無理よ!」

「何馬鹿なこと言ってんだ!お前は子供だろ!今の危険な状態の帝都に戻るなんて無理だ!」

「でも……」

 ユウの言葉にティキは食い下がる。

「こんな時、出来ることが少しでもあるなら自分でやらなくちゃ!父さんだってきっとそうしてた!僕だって父さんみたいになりたい……だから、僕は今僕にできることをちゃんとやるんだ!」

 ティキの強い意志にユウは言葉を失う。ティキの目には確かに意志が宿っているように感じられる。

 

(はは、子供の方がよっぽどしっかりしてるな……それに引き換え俺は情けねえ)

 ユウは内心でため息を漏らす。

(こんなチビッコが根性見せてんだ。折角力をもらった俺が、ここで気合入れねえ理由はねえよな……!)

 さらに(折角美人相手にいいとこ見せるチャンスだしな)とつけ加える。そして、ユウは自身の顔を両手で勢いよく叩く。

(気合、入りました?)

 ルティシアはユウに声をかける。

(うっす!)

(うんうん。一瞬迷ってたみたいですけど、自分で立ち直って決断したんですね。えらいですよ!それでこそ私達が選んだ転生者です)

 ルティシアの素直な賞賛にユウは申し訳なさを感じる。

(……でも、迷いましたよ?俺はこのために転生したのに)

 そんなユウの言葉にルティシアはあっけらかんと返す。

(そりゃ戦闘のプロでも何でもない人間選んだんだから、そんなこと考えたりして迷ったりするのは織り込み済みですよ)

 そして、ルティシアに続けてエクスがユウに言葉を投げかける。

(私達は、それでも最後には立ち上がって一緒に戦ってくれる人物であると……そう信じて君を選んだ)

(……女神様……エクスさん……)

 ユウは二人の言葉に胸が熱くなるのを感じる。

(まあ、あんまり駄々こねるようでしたら飛田展男ボイスになってぶん殴ってあなたを修正してたんですけどね)

 しれっと出てきたルティシアの言葉にユウは内心苦笑する。そして、一度深呼吸をしてエクスに声をかける。

(エクスさん、あいつを止めるってことは”お約束”通りにあんたと合体かなにかして戦えってことですよね?)

(その通りだ)

 ユウの問いにエクスは同意する。

(だとしたらやっぱりこの二人に正体をばれない様にした方が良いです?)

(あぁ、可能な限り正体がばれない様に配慮してくれ)

(まったく、簡単に言ってくれちゃって……)

 エクスの要求にユウは内心でため息を漏らす。

(だが、君ならやってくれる。今だって君はこうして恐怖に立ち向かい戦おうとしてくれている。君のことを私はそう信じている)

 そんなエクスの言葉にユウは苦笑する。

(まったく……人の内面をあんまり真面目に観察しすぎないでくださいよ)

 

 一度エクス達との対話が済んだユウはエミリアとティキに改めて向き直る。

「俺が街に戻って修道院の関係者とかを避難させます。あなた達はなるべくここから離れて」

「そんな……」

 エミリアは言外に抵抗しようとするが、ユウの真剣なまなざしに顔を伏せる。それを言外の同意と受け取ったユウは、ティキに声をかける。

「ティキ、聞いてたな?俺は今から街へ行く。お前はねーちゃん守って遠くへ逃げてくれ、頼む。お前がやりたくてもできなかったことは可能な限り俺がやってみる」

 ユウの願いを聞き、ティキは真剣なまなざしで頷く。

「分かったよ。ユウ兄ちゃん……気を付けて」

 心配そうな眼差しを向けるティキに、ユウは一礼をすると背を向けて帝都の城門へと向けて走り出す。


(どうにかうまく別行動になれましたね)

「だな。ちなみに今だと周囲に人の気配は?」

 周囲を見回しながらユウはルティシアに確認の問いを投げる。

(問題ありません!ここなら合体もばっちりです!)

「オッケー!で、エクス!合体ってどうするんだ?」

(まずは君に私と融合するためのツールを渡す。手をそらに向かって掲げてくれるか?)

 ユウは頷くと、言われたとおりに手を天に向かって掲げる。すると、掲げた手のひらのあたりに突如として光が生まれる。ユウは迷わずその光をつかむ。直後、光はその輝きを増し、ユウはそのまぶしさに一瞬瞼を閉じる。その後、瞼越しに徐々に光が収まってきたことを感じたユウは、静かに目を見開く。直後に彼が目にしたのは、自身の手に握られた小さな剣のようなツールだった。自身の手に握られているツールを観察すると、どこか見覚えのある感じがする。

「これって……」

 そういいながら記憶を辿り、そのツールが前世で最後に助けた子供が握っていた特撮ヒーローの変身アイテムの剣だったことに気づく。

(君にふさわしい、そう考えたから外観はあの剣と同じものにさせてもらった)

(いや、これ……玩具……なんだが……)

(ふむ、アレは玩具なのか。地球の文化はなかなかに興味深い。しかし、玩具のデザインが元になっているとなにかまずいのか?)

 エクスとしてはまじめにやっているということ、そしてそれゆえにこのような無垢な質問がくるのだということを理解したユウは、これ以上何か言うのをやめる。

「いや、なんでもないわ……。でだ、これってこのボタンを押せばいいのか?」

 気を取り直してユウは剣の鍔の直下についているトリガー状のボタンを指さす。

(あぁ、それで私と君は融合し、奴と戦う力を手にすることが出来る)

「オッケー!それじゃあいっちょ行くか!!」

 ユウは気合を入れながら勢いよくトリガーに指をかける。しかし、トリガー何度押しても何も反応がない。


「……あのー、エクスさん?」

 拍子抜けしたユウがエクスにおそるおそる問う。

(大丈夫だ、もう来る)

「は?来るって……何が?」

 ユウが聞き返した直後、遠方からうなり声のようなエンジン音が鳴り響く。

「え?」

 ユウがエンジン音がする方に目線を向けると、その先にはこちらへと近づいてくるトラックの姿を確認することが出来た。


「トラック!?」


 想定外の登場トラックにユウは思わず素っ頓狂な叫びをあげる。驚きはしたが多少の冷静さを取り戻したユウは改めてトラックを凝視し、あることに気が付く。トラックは、先ほど受け取った変身ツールと同様に見覚えがある。一体どこで見たトラックだったろうか。前世の記憶の糸を辿り、ユウはトラックの正体について思いを巡らせる。そして行きついた答えは……

 

「……アレ、俺を最期に跳ね飛ばしたトラックじゃん……」

(はい)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る