第79話 奴隷解放作戦
「うぅ……全然、平気です……ぐすん」
「あぁ……ごめん」
「謝らないでください。勝負はこれからです」
シャルロッテは鼻をすすり、涙をぬぐうと、細く長く息をはき、構えを取り直した。
「先生の理合はまだ活きているようですね。想像以上です」
「当たり前だろう。誰にいってるんだ? 技を教えたのは俺だろう」
シャルロッテは薄く笑みを浮かべ、間合いをはかり、組みかかるタイミングを狙いだした。
俺は油断なく構え、じりじりと迫ってくる彼女の間合いに押されるように後退する。
俺の間合いより、彼女の間合いのほうがずっとおおきい。実際に倒すつもりで相対すると、差は歴然だ。これはシャルロッテの手足が長いこともあるが、最大の違いは運動力の差だ。
シャルロッテは魔力の覚醒者。身長も腕も足も、俺の方が長いが、掴みかかるまでに必要な距離、ステップひとつの歩幅、速力などから、間合いがおおきく見えるのだ。俺の目には。
「シャル、圧すごいって……そんなジリジリ来るんじゃあない」
「では、もっとリラックスしてください。隙を生んでくれればすぐ終わりますよ、先生」
「俺は手加減できんさ。そっちはもっと手加減してくれよ。相手は歳老いた師なんだぞ?」
「嫌です。これを恩返しと思って全霊で挑ませていただきます」
いい表情をしていた。
全身からみなぎる活力。
気力、体力に充実し、技も一級。
そのすべてを俺にぶつけたくて仕方ないって顔している。嬉しいことだ。本当に。こんなことを思うのはいけないのかもしれないが……すごく楽しい時間だ。もしこれがただの稽古であればここまでの緊張感はない。かつてより遥かに成長し、確固たる信念をもつシャルロッテが、すべてを尽くして俺を倒そうとしている。あぁ、これはマジだ。ぞくぞくする。
全霊をぶつけられる戦い。
絶対に負けられない戦い。
そんなもの人生で何度も味わえない。
相手のおかげか? それとも剣がない危機がこれほどの高揚感をもたらすというのか? 俺はじりじりとした後退をやめる。互いの円が触れる。そこから先は危険地帯だ。
ぶつかる。来る。
その瞬間はすでに目の前に────。
「あ、白いふくのひとだ……‼」
「いたよ、あのひとに違いないよ‼」
緊張の糸が切れた。俺もシャルロッテも、突然聞こえてきた無邪気な声に視線を向けた。
屋敷の奥からたくさんの子どもたちがわらわら湧いてきた。みんなモフモフしている。この子たちは……地下室で閉じこめられていたリーバルトの奴隷たちだ。俺はニヤリと笑みを深める。
「流石は一番弟子だ、よくやった‼」
地下室で俺がこっそりとラトリスに耳打ちした作戦。それが奴隷解放作戦だ。
俺は駆けだした。子どもたちとすれ違うように廊下の奥へ走った。虚を突かれた風にシャルロッテは「ふえ?」と声を漏らし、すぐのち慌てて追いかけようとしてきた。
「せ、先生、真剣勝負は⁉」
「悪いが、お預けだ。今回はシャルの勝ちでいいぞ」
「そんなの納得できません、逃げるなんて卑怯です‼」
獣人の子どもたちはシャルのもとにダーッと大集合し、涙目で彼女にすがりついていく。
「ねえ、白いふくのお姉ちゃん、たすけて……‼」
「ひぐっ、うぐっ、私たち、ここの地下室に閉じこめられてて……っ」
「おうちに帰りたいよぉ……っ」
考えたなラトリス。ただ獣人の子どもたちを解放するだけでなく、『白い服のお姉ちゃん』を盛りこんだのか。救済を求める子どもたちの声をあの子が無視できるわけがないからな。
魔力の覚醒者である彼女ならば、その気になればどうとでも振り払えるであろう子どもたちの包囲網は、しかし、完全にシャルロッテを足止めすることに成功した。
「わかりました、わかりましたから……っ、ちょっと通してください、先生、ひどいです‼
困った表情で子どもたちをなだめ始めるシャルロッテ。お人好しである。
「その子たちはこの屋敷の主人、二等商人のリーバルトの奴隷たちだ。地下室を調べろ。調べればそいつが奴隷商人だってわかるはずだ。それじゃあ、その子どもたちのことは任せたぞ‼」
「ちょ、オウル先生‼ 待ってください、お願いします、こんなのどうしろと⁉」
厳粛でいつでも冷静な彼女にしては珍しく取り乱している。いい物が見れて満足だ。
俺は駆け足でその場をあとにし、屋敷の奥、地下室へと向かった。
案の定、地下室の扉は破壊されていた。蝶番にあたる部分が、焼き斬れていたのだ。ホテルみたいに豪奢な通路まで来て。左右、鉄格子の部屋がいくつもあったが、そのすべてが破壊されている。一様に蝶番の部分を高温で破壊する方法で。
地下室の奥、施錠されていた扉も破壊されていた。俺はその扉へ先へと進んだ。
数分走ると、波の音が聞こえてきた。暗い廊下の先に光が見え始めた。
地下港とでも言えばいいのだろうか。たいした規模ではない。せいぜい手漕ぎボートが8隻ほど停泊できる程度のスケール感。入り口もまた小舟が通れる程度の広さである。
「リーバルトの秘密港ってわけか」
波に揺られている小舟に飛び乗り、漕ぎだすと、すぐに海にでた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます