第78話 オウル vs シャルロッテ

 シャルロッテは両手を構えていつでもかかってこいと挑発的にした。


「やめてくれ、喧嘩なんて。ラトリス、落ち着け、相手は友達だろう?」

「こんなやつ友達じゃないですよ」


 ムッとするラトリス。


「癪ですけど、その意見には同調します」


 澄ました顔のシャルロッテ。


「おう、初めて気持ちが一致したな。これは仲直りまで秒読みか?」

「先生、誤魔化そうとしても無駄です。こちらはいくつかの犯罪をとらえています。ヴェイパーレックスで逃亡者ゼロを手助けし、船でホワイトコーストまで移送しましたね?」

「……っ、そこまでわかってるのかよ」


 レバルデスの情報網を甘く見ていたか。


「いまのはカマをかけただけなのですが……残念です、先生にもすでに罪があるのですね」


 シャルロッテは悲しげな顔をして、首を横にふった。やっちまった。ラトリスが「何してるんですか!」みたいな顔でみてくる。ごめんよぉ。簡単に引っかかって。


 蒼き宝石の瞳は周囲で倒れている者たちを見やる。皆、白目を剥いて気絶している。


「……。先生、ラトリスだけに罪を背負わせる選択肢があります」

「それは……俺が助かる道筋の話をしているのか?」

「はい。私を先生のことを知っています。あなたは秩序を重んじ、公正で優しく、正義を歩むひとです。犯罪を重ねるようなひとじゃないです。幸い、この場には他の耳もありません。私の力があれば先生の罪を揉み消すことくらいは簡単でしょう」

「シャル……」


 俺のことを気遣ってくれているのか。優しい子だ。


「ありがとな。その優しさをさ、少しだけラトリスに分けてやれないか?」

「それはできません。この提案は、私の信念に背くもの。これは先生だからこそ提示している例外中の例外。海の秩序を守るには、悪を取り締まらないといけません。妥協なく。不正なく。ご存知ですか? いま海には悪党が溢れかえっているんです。無法の世界で自分たちのルールで物事を進める。だから衝突が絶えない。犠牲になるのはいつだって弱者。誰かが秩序をつくらないと。ラトリスはたぶん手遅れです。このままでは先生の足首を掴んだまま闇に沈んでいくばかり」

「だから、手遅れじゃないってば‼ わたしは誇りのあるアウトローなのよ‼」

「静かに、無法狐。いま先生と話をしているんです。あなたはもう十分お喋りしてるでしょ」


 シャルロッテは不機嫌にラトリスを睨んだ。こちらへ向き直ると穏やかな顔に戻る。彼女は何も変わっていない。あの時のままだ。優しいがゆえに厳しさを貫ける子なのだ。


「ラトリス、先生を助けたいのなら、あなたが進んで罪を背負いなさい。たくさん面倒を見てもらった恩があるでしょう? 処刑台で首をくくることくらいなんだと言うのです」

「嫌に決まってるでしょ。あんたが首をくくりなさいよ。先生と離れ離れになったら意味ないわ」

「では命くらいは助けてあげます。同門のよしみで。特別ですよ」

「ふん、偉そうに。いま決めたわ。死んでも投降しないってね」


 ラトリスは「それに──」とつぶやき、サッと飛び起き、転がるようにゼロのそばにいく。


「この子も渡すつもりないわ」


 シャルロッテは深いため息をついた。目を細め、腰のレイピアに手をかける。空気が張り詰めていく。ラトリスの目にはすでに覚悟の色が宿っている。これはまずいな。


「ラトリス、シャルを刺激するんじゃない。彼女は本気をだせる子だ」

「だからこそ、こっちもやらないといけませんよ、先生」

「俺たちは剣もないんだぞ? シャルがその気になれば」


 俺は手で首を裂くジェスチャーをして「一瞬だ」とつげた。


「流石にそんなことはしませんよ。丸腰の先生を斬るなんて」


 レイピアの柄に置かれていた手がスッとおろされる。空気に緩和が戻ってきた。すごい剣気だ。気迫だけで明確に息苦しさが変わる。ここまで成っているのか。


「先生とはたくさん話をしたいことがあります。本当にたくさん……でも、犯罪者の味方をするようでは、私も自分の望みを押さえ、最も大事な使命のために動かないといけません」

「先生、いっしょにこいつを押さえこみましょ。先生相手に剣を抜けるわけないです(小声)」

「聞こえてますよ、ラトリス。あなた相手なら剣を抜くことを忘れないように」


 ジトッとした眼差しで見下ろすシャルロッテ。ラトリスは「きゅえ……」と狐ぶる鳴き声をあげることしかできない。逆立っていた尻尾もしおれてしまう。


「俺だって話をしたい。だが、ゼロを連行して釣り首にし、ラトリスも牢屋にぶちこまれるとなると、そう言っていられない。わかるだろう、シャル、俺は見捨てたくないんだ」


 板挟みだ。ゼロを守りたい。

 ラトリスも守りたい。

 でも、それはシャルロッテと敵対したいなんて意味じゃあない。この子は俺の大事な弟子だ。この再会をもっと純粋なもので迎えたかった。ただ、喜び、立派になったな、と出世したらしい彼女を褒めたたえたかった。


 シャルロッテは怜悧な眼差しで俺を見つめ、次にラトリスを見やる。瞼を閉じ、深く息をはきながら沈思黙考、しばらくしてゆっくりと目を開けた。


「……秩序を守ることは何よりも大事です。それはあなたから教わったことです」


 シャルロッテは意を決した顔つきをしていた。足の角度を広くとり、俺とラトリス、どちらへも対応できるような位置取りへゆっくり移行していく。心を決めたのか。


「全員、ひっ捕らえます。そうすればみんなずっと一緒ですよ」

「恐い冗談を言うんじゃない。──ラトリス、逃げろ‼ 奴隷解放作戦だ‼」


 俺は叫んだ。同時に踏みこんだ。

 シャルロッテはこちらへ反応した。

 ラトリスは「お任せください‼」と叫んでゼロを拾いあげると、屋敷の奥方向へ消えていく。


 シャルロッテの意識が俺から外れた。いまだ。手を伸ばし、白い制服の襟を掴む。ストンッと俺の体重を直下に落とし、落ちる力で彼女を投げる。──否、投げようとした。彼女は動かなかった。


 重心が落ちていた。俺が落としたのに合わせて、彼女もストンッと急激に。位置エネルギーで投げる技だ。相手の位置もあわせてさがったら無効化される。これではまず投げは通らない。


「やるな」

「当たり前です」


 シャルロッテは誇らしげに言うと、右手の掌底で俺の手を打ち払う。打ち払われた俺の手は、彼女の左手でキャッチされ、怪力で引きあげられ姿勢が持っていかれる。彼女は背後。俺はバレリーナの講師に手取り足取りで美しい舞い方を指導されるがごとく上方へ釣りあげられてしまう。


 アイボリー流柔術『釣り投げ』。

 滑らかな技選択。悪くはない。


「だが、力に頼りすぎじゃないか?」


 俺を釣りあげる力のベクトル。シャルロッテが掴んでいる俺の手首から伝わるその方向を斜め下へ、曲線的に編集し、背後で指導してくる彼女を、彼女の力で放りだした。


 アイボリー流柔術『合気投げ』。

 俺のオリジナルではない。

 前世で培った技術だ。


 シャルロッテは慌てた様子で足から着地する。側転するような綺麗な姿勢での着地だったが、勢いあまってバランスを崩し、壁に激突、ゴンッ‼ と勢いよくおでこをぶつけた。


「あっ、大丈夫か、シャル‼」


 凄い音だ。それに顔面からいった。

 女の子の顔に傷がついていたら大変だ。


 シャルロッテは壁に手をついて立ちあがる。こちらへキリッと振りかえった。おでこが赤くなっている。かなり痛かったのか瞳は涙でウルウルとしていた。

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