第68話 仲間だから

 俺とラトリスは機敏に反応していた。ゼロもすでに気づているようだった。なおセツとナツはすでにお酒で気持ちよくなってしまって半分瞼が落ちている。


「みんなどうしたの~? ラトリスもゼロも、先生まで、そんなに向こう見ちゃってさぁ」

「こら、馬鹿狼、静かにしなさい。そんなにジロジロしない。ステーキまだ残ってるわよ」


 クウォンはおおきなステーキを口に押しこまれ不満げにする。不憫なり。

 海賊狩りへ意識を向ける。彼らの風貌はヴェイパーレックスの渦潮で見たやつとは違っていた。別人なら問題はないか。そもそも、ゼロを追っていたやつはこの都市には絶対にいない。リバースカース号を追い抜く速力でもあれば、あるいは可能性はあるだろうが。


 海賊狩りは全員で6名ほどだ。仲良さそうに談笑しながら向こうで机を囲んだ。

奴らのなかで特に目を惹くやつらがいる。2名だ。ともに巨漢だ。


 ひとりは丸メガネを掛けた短い金髪の中年だ。屈強すぎる。身長2mくらいあるだろうか。白い外套を羽織っており、剣帯ベルトには見慣れない銃器らしきものを差している。


 もうひとりは、黒い長髪の男だ。二枚目の顔立ちには首筋から伸びる幾何学模様のタトゥーが刻まれている。こっちも筋骨隆々のマッチョマンで、同じように白い外套を羽織っている。


 彼らは部下と思われる者たちへ穏やかな笑顔を向けながら、周囲へ警戒をみせていた。目があいそうになったので、俺は自然に視線をずらして、いらぬ災いを招かないようにした。


「仲間とご飯食べにきただけみたいだよ、もぐもぐ」

「そうみたいだわ。よかったわね、あんたのこと探してるわけじゃなさそうよ」


 ゼロは緊張した表情を柔らかくし、ふーっと深く息をつき、胸を撫でおろした。


「海賊狩りと言えど、すべての賞金首の顔を頭にいれている人なんかいませんもんね」

「当たり前じゃない。この世界に悪党がどれだけいると思ってるのよ」


 呆れたように肩をすくめるラトリス。

 この子も緊張していた気がするが。調子のいいことだ。


 海賊狩りがこちらに意識を向けている雰囲気もなかったので、俺たちは話題を戻した。


「それでゼロはこのあとどうするんだ」

「ひとまずはこの都市で商人をあたってみようと思います。奴隷商の情報が掴めると思うので」

「ヴェイパーレックスの海賊狩りが追いかけてきてるかもしれない。時間は掛けられないぞ」

「オウルさんの言う通りです。時間が経つほどこの都市にいづらくなるでしょうね」


 ゼロは木杯に注がれた蒸留酒を見つめながら決意の眼差しをしていた。


「お姉ちゃんはレ・アンブラ王国のどこかにいるはず、必ず見つけだします」


 人売りに攫われて生き別れた姉。見つけるために故郷を遠く離れて、船を乗り継いで旅をし、その過程で、義侠心から弱気を助け、強気をくじいた。結果としてレバルデス世界貿易会社に追われることになった。その精神性は曇りない。黄金のように輝いている。誇るべきものだ。


 でも、世界はこの子を悪者にする。

 そんなの俺は間違えていると思う。


 俺は思案しながら蒸留酒にひと口。杯を口にあてて底をもちあげると、こちらをじーっと見ているクウォンと眼があった。何か言いたげな目だ。続いて隣を見ると、ラトリスも俺のことを見つめていた。彼女たちの考えていることが何となくわかる気がした。


 彼女たちもこの酒の席でゼロの数奇な運命については理解を深めている。

 きっと俺と同じことを思っているのだろう。


「ゼロ、人手が必要なんじゃないか?」


 俺はコトンッと音を鳴らして木杯を置いた。

 ゼロは虚を突かれたような顔をしていた。

 ラトリスとクウォンは我が意を得たりと、誇らしげな表情を浮かべる。


「そんな、これ以上、あなたたちを巻きこめないです」

「何を言ってるのよ、ゼロ。わたしたちは同じ船に乗った仲間じゃない」

「そうだよ、義侠心を持ち合わせているのはゼロだけじゃないんだよ。私なんて義侠一本でいろいろとやってきたんだから。オウル先生も同じ気持ちだよ」


 クウォンは鼻を鳴らし、ふさふさの尻尾をぶるんぶるんっと振りまわす。


「困ってる人がいたら助けるのは当たり前。仲間ならなおさらだよ‼」

「この馬鹿狼はちょっとお人好しすぎるけど、でも、言ってることは正しいわ。仲間を助けるのに理由なんかいらないわ。そうですよね、先生」


 お人好しなのはラトリスも同類だな。思わず頬が緩みそうになりながら「そうだな、その通りだ」と俺はうなずく。強く、聡明で、その上、勇敢で優しい──誇らしい子たちだ。


 俺は瞳を閉じてこれまでの旅で感じた奇妙な運命論に思いを馳せていた。

 広大な海。長い人生。ましてや俺は転生者。どういう確率の上に出会いが成り立っているのか。旅に出て、船の上で海を見つめる時間が増えるほど、ロマンティックなことを考える。


 それぞれの旅は違う目的地へ続いている。それは俺やラトリス、クウォン、セツにナツ、リバースカース号も例外ではないだろう。だからこそ、仲間と一緒にいれる時間を大事にしたい。


「皆さん……ぅぅ」


 ゼロは口元を押えてうつむく。

 洩れる嗚咽。温かい雫が頬をつたう。


「ありがとうござます……っ、報酬は必ず、お支払いいたします」


 彼女は目元を赤く腫らしながら、絞りでるような声で感謝を繰り返し始めた。


 賞金首への積極的な助力。

 これは貿易会社の怒りを買う行為だ。

 俺たちも吊るし首かもしれない。というか、ヴェイパーレックスで海賊狩りを張り倒した時点であとには引けない。なので俺たちの決断は、ある意味、いまさらヒヨっても仕方ないという開き直りに近いのかもしれない。


 巨大な力が「それは正しくない」と言ったとしても、心を惑わされない。言うは易し。行うは難し。だからこそ臆病者は勇気をもって選択しなくてはいけない。「正しさは自分が決める」と。


 翌日、俺たちはホワイトコーストで捜査活動をはじめた。

 ゼロの姉を見つけるために。

 

 

 ────


 

 新暦1430年9月2日。

 アンブラ海最大の港、大陸の玄関、白い海岸線。


 レ・アンブラ王国が世界に誇りし白亜の巨大港湾都市が窓の外に見える。

 いい眺めを有するこの部屋は、レバルデス世界貿易会社ホワイトコースト支社の治安維持部執行課第三客員執行官執務室だ。長ったらしいその部屋では、若き才女が机に向かっていた。

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