第67話 牛と酒
「この海賊はアンブラ海の平和を長期間に渡って脅かし、罪なき人々を手にかけ、他者の財を奪って私腹をこやしてきた。今日、レバルデスは海の平和をひとつたぐりよせるだろう。なにか言い残すことはあるか、ユーゴラス・ウブラー」
処刑台のうえの海賊は虚ろな目をしながら顔をあげた。
偶然にも目があった。やつの眼差しに生気がもどる。酷い憎悪の焔が燃えあがる。
「あいつだ‼ このクソ女、ふざけるなッ‼ お前がいなければ、俺様はァ……‼」
「ふん、死の恐怖で錯乱しおったか。もうよい」
法服の男は処刑台のうえの大斧の男に厳かにうなずいた。処刑人はうなずき返し、ゆっくりと大斧を振りかぶり、そして勢いよく重たい先端を下ろした。
処刑場に響いていた海賊の最後のあがきは、空虚な残響となった。
群衆はどよめいたあと、パラパラと拍手をしていた。
俺たちはそれぞれ顔を見合わせ、最後には皆がクウォンを見ていた。
「あんたのこと呪っていったわね」
「うわぁ、なんか最悪~」
「クウォンさんはあの海賊と知り合いなんですか?」
「知り合いと言うか、まぁ、あとで話すよ、お嬢さん」
悪党がひとり消えた。
食事前に見るものではなかったが、悪くないショーだった。
気分を新たに、俺たちは広場をあとにし、再び空腹を刺激する通りに戻ってきた。
とにかく人が多い通りには、美味そうな酒場がいくつも並んでいた。
「こいつは困った。制覇するまでホワイトコーストを離れられそうにない」
「レ・アンブラ王国の名門ワイナリーのお店もありますよ、先生」
「これは参った。もうここに住まないか?」
あまりにも魅力的な都市だ。
ここでは美味い酒と美味い飯がいくらでもある。
ホワイトコーストに上陸して最初の飯は『牛と酒』で始まった。あまりにもパワーに溢れる店名はその名に恥じず、荒くれ者の男たちが集まっていた。店内で者どもは浴びるように酒を飲み、肉の脂で汚れた机で、香辛料の香りが暴力的にふるわれる牛肉を噛み千切っていた。
素晴らしい。こういうのでいいんだよ、こういうので。
「うちでは毎日、屠畜場から最高の牛が届くのだ。ホワイトコーストで『牛と酒』以上に、うめえステーキをリーズナブルな値段で食える店は存在しない‼」
これは店長の言だ。
デカい図体で髭をもじゃっと生やしているザ・大将って感じの男だ。
俺たちが席につくなり、やってきた彼は、そのイカつさに見合わず、セツとナツを見て、大変に満足そうな表情を浮かべはじめた。
何かよからぬことを考えているのか。密かに警戒していると、店主は簡素なメニュー表を指で穴を空けるような勢いで突き刺した。
そこには『13歳以下は無料』と書いてあった。
「よく来たね、たくさん食べるんだよ、お嬢ちゃんたち♪」
店主は蕩けるような笑顔と、赤ちゃん言葉で子狐たちへ喋りかけた。
「うわぁーん、『牛と酒』のサービスが進化しているのですっ‼」
「店長、非常に助かる、だよ」
喜ぶセツとナツ。
しかし、これはきな臭い。
俺は一層懐疑的にならざるを得なかった。
「店長さん、気持ちは嬉しいが、なんだか怪しいな。生肉を調理して出すだけでも高くついてるだろうに。サービスが良すぎだ。裏があるな?」
この世界には冷凍技術は存在しない。鮮度の問題から、肉は塩漬けか燻製で消費されるのが普通だ。ステーキという料理を提供できる環境は、ごく限定的。かなりの高級料理だろう。
「『牛と酒』の使命はステーキという新しい定番を、金持ち連中の文化にとどめず、大衆へ普及させることにあるのさ、心配するなら死ぬほど食っていけや、旦那」
うーん、ただのいい人だった。
疑うことすら失礼にあたる。
この見た目で聖人だったか。
厚意に甘えて俺たちはたくさんのステーキと酒を注文した。言うまでもなく料理は最高。肉の旨味と脂で汚れた口で木杯から葡萄酒をごくごくと喉に流しこむ。想像通りのうまさが、想像を遥かに超えて、細胞に染み渡ってきた。空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだな。
「あまりにも美味しすぎるのですっ⁉」
「オウル先生も島でよく猪ステーキを焼いてくれたよね! なんだか懐かしいや‼」
宴会は驚異的な盛りあがりをみせた。
肉の脂と酒のコクに酔いしれ、互いがホワイトコーストでの展望を語りあった。夢を語り合うというのはいいものだ。
すっかり気分がよくなってきた頃、店の扉が開いた。何気なく視線を向けた先に、白い制服の──それも武器を備え、暴力の香りをもつ者たちがいた。流石に酔いも醒めてしまった。
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