第61話 巨大資本の尖兵

「ちょっと、ちょっと、揉め事ならよそでやってくれないか?」


 換金所のおっさんは焦燥感をもって震えた声をだす。


「すっこんでろ、じじい」

「ひい!」


 海賊狩りが一声あげれば、それっきり換金所のおっさんは静かになってしまった。


「こいつはおばあちゃんが大事にしてたものでな。航海ではいつも俺たちを守ってくれた。でも、厳しい世の中だ。にっちもさっちも立ち行かなくなって、質にいれるしかなくなっちまった」


 俺は換金所のテーブルで煌々と輝く金貨を見つめて、名演技でそうつぶやいた。涙が出れば完璧だったが、俺は10秒で泣ける天才子役ではない。それらしく目を細めるほかない。


「ほう、祖母の形見、ねえ。それは泣ける話だぜ」

「そういうわけで。お勤めご苦労様です、海賊狩り殿。ほら、いこう、モフモフくん」


 分厚い体の横を通りぬけようとすると、太い腕がズドンと壁に刺さるくらいの勢いでだされ、行く手を塞いだ。腕とイカツイ顔を何度も見比べて、俺は肩をすくめた。


「情熱的なナンパだな。こいつは君に気があるみたいだぞ、モフモフくん」

「困りました。全然タイプじゃないです」

「懸賞金1000万の首がこの島にまだいるはずだ。黒髪の娘だ。額に宝石を宿す稀少な種族だ。まだ若い。魔法使いで、おおきなトランクを持っている。そいつはルルイエール金貨をいくらか持ち歩いている。重大な犯罪者だ」


 重大な犯罪者、ね。あの子が? そうは見えないけどな。


「それは恐ろしい。で、何をしたんだ、そのうら若い娘さんとやらは」

「違法な品を持ち歩いている。暗黒の秘宝だ。聞いたことはあるだろう」

「暗黒の秘宝……それって持ち歩いてたら悪いのか?」

「当然だ。魔族の遺産は海の脅威だ。海賊や個人がおおきな力を持つとろくなことにならない。レバルデスには海の秩序を保つ使命がある。お前たちも暗黒の秘宝を見つけたのならば、すぐにレバルデスに届け出をだすことだ。それが海に生きる者の義務だ。義務を果たさなければ、絞首台で泣き叫び、みっともなく命乞いをすることになる」


 ガンギマリの目が俺とラトリスをゆっくりと順番に見た。

 義務ね。それって、海の利権を独占したいレバルデスが勝手に言っているだけな気がするが。


 所有しているだけで懸賞金かけられて、絞首台送りになる。そのルールを押し付けてくる。


 嫌われるわけだな、こいつらが。強い権力の傘のしたで、選択をせまってくる。自由な海賊か、貿易会社への隷属か。怪しい少女か、巨大資本の尖兵か。俺の答えは決まっていた。


「ここは国じゃないだろう。法は存在しない。海はレバルデスの領地じゃない」

「なんだと? その態度、評定に響くぞ、海賊」

「あんたらに海の法を決める力なんか本当はないはずなんだ」


 刈りあげの海賊狩りは「ほう」と、眉尻をあげ、薄く嘲笑うように口元を歪めた。


「反抗的な態度、反レバルデスの思想か。秩序の崩壊に貢献しているな、海賊。チャンスをやろう、調査協力を要請する。拒否権はない。お前たちの船、改めさせてもらおうか」

「拒否権はないって言ってるけど、あるだろうが、普通に。横暴な態度の人間には、協力する気はおきないな。俺たちはその賞金首とは無関係だ。ほかをあたってくれ」

「いいのか、後悔することになるぞ」


 刈りあげの海賊狩りは腰に差してある長銃の尻に手を乗せた。


「暴力に訴えるのか。嫌いじゃないが、賢明じゃないぞ。こっちは二人。そっちは一人だ」


 海賊狩りの背後から、白い制服の男たちが4名ほど湧いてくる。


「あー……5対2になっちゃった」


 俺はラトリスと顔を見合わせる。平静な表情をしていた。耳も尻尾もどこまでも平静だ。でも、赤い瞳には思考が見える。俺たちが同じことを考えていることがわかった。


「最初からあの子を信じるんだった」


 俺はそう言って換金所のテーブル上のルルイエール金貨を素早く掴んだ。


 ラトリスは刈りあげの海賊狩りの髪の毛を掴んだ。

 放たれる飛び膝蹴り。強烈だ。

 巨体が表通りまで吹っ飛んだ。


 ビクッとする白制服たち。

 ラトリスはすでに剣を抜いている。


 振られるブロードソード。

 剣の腹が男たちの顔面を殴りつけた。


 あっという間に彼らは無力化された。

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