第60話 ルルイエール金貨

「あっ」


 ラトリスは声を漏らす。

 目を見開いている。


「どうやらこれの価値をわかっているようですね。話がはやくて助かります」

「ルルイエール金貨?」

「その通り。一枚で40万シルバーはくだらない価値があります。これで支払います」


 少女は金貨を10枚ほど取りだす、重ねて机に置いた。


「前金として半分、残り半分はホワイトコーストに送り届けてくれたら払います」


 俺はラトリスと視線を交差させたあと、手先が震えないように気をつけながら、金貨でできた小さな塔を掴んでこちらに引き寄せた。


「本物かどうか、海賊ギルドで確かめても構わないわよね?」

「それは……今はやめてほしいです。ルルイエール金貨は珍しいものですから、足がつきます」


 まあいろいろ秘密があるようだし、注意を払っているのもわかるが。


「本物かどうか、この場ではわからないのか?」小声でラトリスに聞いた。


 赤狐は難しい顔をして金貨を手に取って、重さを確かめたり、臭いを嗅いだりしている。


「うーん、本物っぽいですけど、ハッキリとはわかりませんね」


 となると、やはり、信用問題に戻ってくる。この珍しい金貨が偽物だった場合、俺たちは提示された報酬を受け取れない。そうなるとコトだ。こっちも返済日うんぬんという縛りのなかで、お金になりそうだから、この少女を運ぶのだから。


 この少女、ここまで話した感じ、悪い感じはしない。むしろいい子だ。騙そうとしている感じはがない。必死なせいかもしれないが、まっすぐ真摯にお願いをしているのだと伝わる。


 だからこそ、気になってきた。

 何を急いでいるのだろう、と。


「……わかりました、一枚だけ、シルバー硬貨と交換してもらって構わないです」

「ん、いいのか? そこは譲れる条件?」

「一枚くらいなら持っている人がいることもあるでしょう。怪しまれることもない、と思います」


 誰かに追われている、気がする。

 

 ルルイエール金貨をたくさん持っていることで、身元が割れる危険性があって、それを危惧しているってところか……まぁ詮索するのはやめよう。機嫌を損ねられて「やっぱりほかの船を探します」とか言われたら、こっちも困るのだし。


 というわけで、俺とラトリスはさっそく海賊ギルドの換金所に金貨をもっていくことにした。


 船を離れるので、謎の少女の目付け役はミス・ニンフムにお願いした。


「この子……ゴーレムですか?」

「ミス、わたしはゴーレム・ニンフム、しばし話し相手を務めさせていただきます」

「あっ、これは丁寧にどうも……私は……訳ありで名乗れません。すみません」


 少女はずいぶん驚いていたようだった。

 

 外界から隔離された島育ちの俺は、初見でかなり不思議な存在に映ったゴーレムだが、世間一般的にもその認識は間違っていなかったらしい。


 換金所でしっかり調べてもらった結果、ルルイエール金貨は本物であることがわかった。


 十枚のうちランダムに一枚だけ選んできたので、この一枚だけが本物で、ほかは偽物という説も薄い。となると、あの子には報酬支払能力があると信じることができる。


「ラトリス、これはすごい客が来たな」

「ええ、先生、人を送り届けるだけで800万なんて、こんな簡単な仕事ないですよね」


 換金所で顔を見合わせ、互いにグフグフといやらしい笑みを浮かべた。


「それはルルイエール金貨だな?」


 ドスの利いた声。バッと背後に振りかえると、換金所の前に白い制服の男がいた。


 側頭部を刈りあげたイカツイ男だ。体躯はデカく、わりと高身長の俺より目線が高い。そのうえ身体が分厚い。白い肩掛けマントの下にはサーベルと長銃を腰に差している。


 昨日、査定所の前で見かけた海賊狩りだ。


「古い時代の貨幣だ。すでに滅んだ国で、貴族階級だけがそれを取引に利用したという。とても貴重なものだな。どこで手にいれた、海賊」


 刈りあげの海賊狩りは、分厚い体で換金所の入り口に蓋をしながら問うてきた。

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