第59話 謎の少女
ラトリスは机のうえの剣を剣帯ベルトに引っ掛ける。こちらにうなずいた。
一緒に船長室をでると、扉の開いた音に反応してこちらへ振りかえった。
「止まって。あんた何で勝手に船にあがってるわけ」
「これは失礼。こちらを訪ねるように言われたので」
不審者の声には幼さあった。
手をあげて、敵意がないことを示しながら、彼女は振り向いた。少女だ。長い黒髪と蒼い瞳。額には瞳と同色のちいさな石がある。コウセキ島にいたイノシシみたいだ。顔つきは警戒こそしているが人相は悪くない。一見して無害そう。
「こちらを訪ねるように? 誰に言われたの?」
「海賊ギルドに。具体的にはより個人的な推薦ですが」
少女は緊張した様子でラトリスを見る。
視線から動揺が伝わってきた。
「いますぐに出航できる船。可能なら速い船。信頼できる船長と乗組員。そういう条件でギルドにて探したら、リバースカース号という船を紹介されまして。この船であっていますよね」
少女は俺のほうを見ながらたずねてきた。俺はラトリスのほうを向いて「俺じゃなくてこっちに頼む」という風に、言外にたずねるべき相手を教えてあげる。
俺は確かに船長だが、航海術の知識もなければ、船の持ち主でもない。海賊パーティのリーダーでもない。お飾りの船長だ。だから、船を動かす方針決定などはラトリスに一任している。
「行き先は最悪、どこでも構いません。希望はホワイトコーストですが」
「急いでるみたいね。どうして?」
「それは……秘密、ではダメですか?」
「……。それじゃあ、あなたの名前は?」
「それも、言いたくないです」
ラトリスは眉根をひそめて「こいつ社会を舐めてますよ?」と、小声で言ってきた。気持ちはわかるが、そんな顔しないの。不機嫌が顔に出ちゃっているぞ。
「むぅ、オウル先生、どうしましょうか」
ラトリスに投げた案件が戻ってきてしまった。困ったな。……俺から話してみるか。
「おほん。お嬢さん、この船は速い。飛びぬけて速い。船員も優秀。フットワークも軽い。なんせ無機物をあわせても、乗組員は7名しかいないからな。少数精鋭ってやつだ」
少女は「たった7名?」と驚いた表情になった。
「信頼できる船長と乗組員を探しているんだって?」
「はい。私は……見ての通り女ですし、ひとりなので」
なるほど。男衆が基本構成の海賊では、やりづらいことも多かろう。
「乗組員は信頼していい。女子がおおい。俺の肩身が狭くなるほどにな」
「それは珍しい船ですね。よかったです」
「とはいえ、こっちがあんたを信頼するかは別だ。急ぎの理由もわからない、名前も教えない。行き先がどこでもいいなんて。何が目的なんだい?」
「その信用問題、お金で解決できますか」
少女の言葉に力が乗った。そこに自信があるといでもいうように。
ラトリスと顔を見合わせる。赤い瞳がドルマークになっている。俺もかな?
「ほう、いくら出せるんだ」
「いくら欲しいですか」
「え? 言い値?」
「そ、それなら、800万シルバーは欲しいわ。怪しい渡航者を乗せる費用としては妥当よね?」
ラトリスは頬を高揚させて提示した。腰に手をあてて自信ありげな態度を示しているが、どう考えてもふっかけすぎである。船に乗るだけで800万シルバー取る気だ、この子。
「その金額をだせばすぐに船をだしてくれますか」
「もちろんよ」
「行き先はホワイトコーストにもしてくれますか」
「あなたのためだけに船を動かすんだもの。行きたい場所に連れていってあげるわ」
「わかりました。では、800万で手を打ちましょう」
まじかよ。
それって個人で出せる金額なの?
800万シルバーだぞ?
にわかには信じがたい取引が目の前で行われている。
「今日、船をだすことはできますか」
「急げば昼過ぎにはいけるんじゃないかしら。ちょっと頑張らないとだけど」
「昼に? 流石はフットワークに定評がある船ですね。嬉しいです」
少女は感心したように言うと「お金のやりとりをしましょう」と船長室を見やった。
3名でそろって船長室に入る。ラトリスは椅子を引いて俺に船長席に座るように示し、少女は机の向かい側に自然と腰をおろした。
少女は机にトランクを置いて、革袋を取りだした。袋から摘まんでとりだしたのは、金色に輝く硬貨だった。見たことのないコインだ。一般的な銀貨ではない。金貨だ。
すごいお客さんが来たな。
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