第58話 快眠狼と査定結果
美味い飯と美味い酒ではしゃいだ翌朝は、気分の悪さと頭痛をともなうものだ。
善悪の帳尻があうように、良い事のあとには悪い事が起こるのだ。二日酔いというのは、それだけ昨日の夜が楽しかったということ。その反動から逃れることは原理原則に反する。
「うへえ……きちい……」
昨日は積荷を査定所に持ち込んだのが遅かったため、査定結果が今日になるとのことだった。なので、今日は朝から海賊ギルドへ行かないといけないわけだが……ちょっとだるい。
ベッドのなかでウダウダしていると扉がノックされた。「先生も査定所いきます?」ラトリスに誘われた。俺は「ちょっと……」とつぶやく。「あはは、大丈夫です、先生。わたしひとりで行ってきますね」ラトリスは笑顔で言って、船を降りていった。あの子は本当に偉い子だ。
ラトリスに起こしてもらったあと、再び眠りにつくことはなく、俺は布団のなかでゴロゴロした。個室でしばらく惰眠を貪ったあと、朝風呂のために浴室へ向かうことにした。
「ぐがぁ~すぴ~、むにゃむにゃ」
浴槽の上では、クウォンが体を丸めて気持ちよさそうに眠っていた。お風呂には魔法の力で温かいお湯が張られているので、蓋の上はさぞ温かくて気持ちがよいのだろう。
ここは彼女の臨時の個室だ。
いじめているわけではない。
リバースカース号はとても贅沢な船であり、乗組員それぞれに個室が与えられているわけだが、十分な部屋数があるわけではない。
個室(小)は全4室。内訳は、セツ、ナツ、ラトリス、そして俺。それで埋まっている。
ベッドの数も部屋の数しか存在しない。
クウォンが新しく乗組員に加わった日、これはひとつの議論を生んだ。誰かベッドを分けてやれよ、と。俺は一番に分けようとしたが、ラトリスの猛反対を受けて却下された。いわく一緒のベッドで眠ると『間違い』があるかもしれない、とのことだ。あるわけないのに。
セツとナツは「ベッド奪われたくない‼」という姿勢を貫いた。ラトリスも「あんた寝相悪いからやだ」と、クウォンとの同衾を拒絶した。
あまりに可哀想な扱いだったので、俺はいくつかの物件を見繕って紹介した。候補は船長室、通路、菜園、貨物室などなど。いくつかの候補地からクウォンが選んだのは浴室だった。
彼女にはいい物件を見抜く能力があった。浴室住まいは存外、快適だったようで、クウォンが船に乗りこんでから今日にいたるまで、生活の改善を訴えるデモなどは起きていない。
「クウォン」
「ぐがぁ~すぴ~」
「……」
「ぐがぁ~すぴ~、すぴ~」
目覚める気配はない。これほど気持ちよさそうに眠っている彼女を邪魔するのも忍びない。俺は静かに浴室を出た。風呂ならいつでも入れる。心ゆくまでお眠り、クウォン。
上甲板にでると船長室にラトリスの姿が見えた。
「帰ったのか。査定結果どうだった?」
船長室に入るとラトリスはニコリと笑んで、一枚の紙きれを見せてくれた。
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【今月の査定】
良質の羊毛 ×400 平均価格3,200シルバー
黄金の羊毛 ×4 平均価格2,400,000シルバー
【合計】10,880,000シルバー
【借金充当額】5,000,000シルバー
【借金繰越額】7,830,000シルバー
【管理口座資産】16,200シルバー
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思わず頬が緩みそうになる金額だった。たくさん数字が並んでいる査定結果を見るのは、何度だって楽しくなっちゃうな。
「今回の売り上げは四桁を越えたか。こいつはすごい」
「黄金の羊毛だけで1000万シルバー近い価値をつけてもらえました。レモン羊がビッグサイズだったこともあって、羊4頭分も羊毛がとれたのが今回の売り上げ額に貢献してますね」
ラトリスは査定結果が記された紙をひっくりかえして、裏面に借金充当額と借金繰越額などの数字を羅列し、計算をしていく。
「売り上げが1080万、毎月の返済が500万、繰越分が780万……」
「繰越分って720万くらいじゃなかったか。増えてないか」
「出港準備にあたって海賊ギルドから新しく借り入れしているので。航海で消費する水、酒、食料、各種備品にあてるお金です。先月は60万シルバーほど借り入れたので、その分も繰越分に合算してもらってるんです」
言われてみれば、うちってすべてのシルバーを返済にあてているのだったな。手持ちの金がまったくない状態では、次の航海の準備すらままならない。海賊ギルドはそんな俺たちに追加で資金をもたらしてくれてもいたのか。うーむ、とことん世話になっているなぁ。
「ふふ、でも、これでようやく希望が見えてきました」
ラトリスは紙面に描かれた計算式の結果を〇でぐるぐる囲んだ。
「今回は80万シルバーほど借り入れたので、これで次の航海の準備をします。うちの新しい乗組員が恐ろしいほど食べるので、費用がかさんでいるんです」
「次回の繰越額は280万程度か。コウセキ島から帰った時の査定じゃ、繰越額だけで1200万あった気がするから、そう考えればずいぶんと前進したもんだ」
「次なるノルマは毎月返済分の500万シルバーと想定される繰越額280万シルバー、あわせて780万シルバーほど来月の売り上げがたてば、ひとまずはこの繰越地獄から抜けだせそうです。繰越されると利息があがるので、これを消せるのはありがたいことですね」
利息は恐ろしいものだ。毎月、約束した分、払えていない方が悪いとはいえ、数字がどんどん膨れあがっていって、債務者を絶望のなかに閉じこめてしまう。
俺たちは先月まで絶望の神に抱かれていたが、いまその暗い手を振りほどくとこまで来てる。
船長室の戸棚から果実酒の瓶を取りだした。レモール島で手に入れた品だ。黄色いレモンの切り身が入ったそれを、2つのグラスに注いで、俺たちはコツンと叩きあわせた。
「次はどこへいく?」
「それが困ったことに、情報屋からは美味しい稼ぎを聞けなかったんです」
「情報屋か。そういえばいつも稼ぎ所をそいつから聞き入れているんだったな」
「信頼できる子ですよ。コウセキ島の情報も、黄金の羊毛も本当だったでしょう?」
「たしかにな。今回はまだいい場所がないのか」
「1カ月で戻ってこれる範囲、積荷がかさばらない、十分な価値、あとわたしたちが楽しい、そのほか条件つけて案件を探してるんですけど、なかなか」
「俺たちが楽しい、はちょっと甘え条件だから、必要によっては外さないとだな」
「最悪はコウセキ島へまた行くことになります。価格は以前より落ち着いてると思いますけど、まったく稼がないよりはマシなので」
「うーん、肉体労働はもう勘弁願いたいところだな。……ん?」
気配を感じて船長室の外へ視線をむけた。
小窓からは上甲板の様子が見える。
いま埠頭からタラップをつたって、我らの上甲板に足を踏み入れた者の姿があった。この船の乗組員ではない。厚手のマントですっぽりと体を覆い隠しており、手にはおおきなトランクをさげている。不審者である。
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