第57話 羊毛マニア
船を埠頭につけて、タラップをかければ、ようやく心が落ち着く。
「先生、貨物をおろそっか‼」
「もう? もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃないか?」
「海賊ギルドって積荷全部買い取ってくれるんでしょ? 全部でいくらになるのかな~♪」
どうにもクウォンは貿易による売り上げが気になって仕方がないらしい。
わからなくはない。以前、コウセキ島から帰っている途中、「なぁラトリス、これ全部でいくらになると思う?」と、俺も同じような質問を何度も何度も繰り返していた。
こと船の積荷は膨大なので「これすごい金額になるぞ‼」みたいな期待が常にあるのだ。非常に楽しい時間である。とはいえ、俺はおっさんだからか、陸地に着く頃には、海上でのワクワクも勢いを失い、積荷の売り上げよりも何よりも一旦休憩したくなる。
クウォンはそうではないらしいが。
「うわぁ、見てよ、貨物室いっぱいだね! 羊毛がぎっしりだよ‼」
クウォンは貨物室の扉から溢れそうになっている羊毛を抱き着くように取りだした。
「ミス・クウォン、何をしていらっしゃるのですか」
「見てわからないの? 大金を運んでるんだよ‼ ミス・ニンフムも手伝って!」
「大変ありがたいのですが、それらの作業は我々にお任せください」
ミス・ニンフムはもうひとりのゴーレム、ミス・メリッサとともに仕事を引き継いでくれた。
「ゴーレムたちはすっごく働き者だね‼」感心した様子でクウォンは言った。
「ちょっと馬鹿狼、ゴーレムたちの邪魔してないでしょうね?」
半眼で見つめるラトリス。懐疑的だ。
「してないってば! あたしは手伝ってたの‼」
「あっそ。ならいいけど。ほら行くわよ、陸に戻れたことを祝して美味しい物を食べましょう」
美味しい物と聞いてウキウキで赤狐についていく子狐と狼たち。俺はゴーレムたちへ「それじゃよろしく頼む」と一言断ってから、少女たちのあとを追いかけた。
その夜、俺たちはミス・ニンフムとミス・メリッサが上甲板に出しておいてくれた羊毛を、海賊ギルドの査定所へと持ち込むことにした。
海賊ギルド前に着くと、セツが口をへの字に曲げた。「おじちゃん、あれ」「ん?」ギルドから白い制服を着た者たちが出てきた。恐い顔してあたりを睨みつけ、肩で風を切り、夜の通りへ去っていった。彼らの行く先は、千鳥足の海賊であさえ、肩を跳ねあがらせて道を開けていた。
「あれは貿易会社の社員か? こんなところにもいるもんなんだな」
「おじちゃん、私、あの人たち嫌いなのですっ!」
「そうだな、意地悪なことされたもんなぁ」俺はセツの頭をポンポンッと撫でた。
「あれは海賊狩りですね」
「海賊狩り?」
「懸賞金がかかっている海賊を捕まえて絞首台送りにするやつらです」
「悪いことした奴を捕まえる警察か。なら、ありがたい奴らだな」
レバルデスも威張っているだけじゃないのだな。
ちゃんと秩序に貢献している。
「たしかにあいつらは悪人を狩ってくれてるみたいですね。でも、悪い噂もよく聞きます」
「悪い噂だって?」
「レバルデスの権威を盾に、暴威を振るってるんですよ。点数稼ぎのために、疑わしいというだけで、まっとうな海賊も手柄として拉致して絞首台に送ることもあるとか」
それはたまらない。
「実際、レバルデスの海賊狩りに連れていかれたという海賊の噂をよく聞きます。ほら、だからみんな彼らを恐れているでしょう? 彼らからすれば、懸賞金がかかっているかどうかは些細な問題なのかもしれないです。海賊はみんな悪党に見えているみたいですし」
コウセキ島での社員たちの態度を見るに、ラトリスの言は正しそうだ。
海の利権を独占したい会社、その尖兵たる海賊狩り。可能なら関わりたくない連中だ。
白い制服たちの姿が見えなくなったあと、俺たちは海賊ギルドの扉を押し開けた。
「ようこそ、海賊ギルドへ‼ こちらは積荷の買い取り窓口です‼」
元気で愛想のよい受付嬢によって、手続きをしてもらい、大量の木箱はいつものように海賊ギルドの屈強な男衆によって中身がチェックされていった。
「今回の目玉商品はこれよ‼」
ラトリスは尻尾を揺らしながら、得意げな顔で黄金の羊毛をカウンターに置いた。
受付嬢は目を丸くして「これは‼」と興味津々といった風に、モコモコの羊毛を手に取った。
併設されている酒場からも好奇の視線が集まっている。遠目にもわかる輝く羊毛、物珍しい品が持ち込まれたと皆気づいているのだろう。
「黄金の羊毛、まさか実在していたとは」
受付嬢は冷汗を流しながら「しばしお待ちください」と、奥へ引っこんでいった。
しばらくのち、背の低いじじいを連れて戻ってくる。
「そのちっこいじいさんは?」
「このお方は──」
「わしの名は羊毛マニアじゃ、古今東西、あらゆる羊毛の価値を見定めることができる」
流石は海賊ギルド。
羊毛の専門家までいるとは。
「むむっ‼ こ、これは……‼」
羊毛マニアはカウンターの黄金の羊毛を見やるなり、真剣な眼差しになった。
「この手触り、輝き、金色の色味、鮮やかさ、ほのかに香るレモンの匂い……間違いない、これは本物のレモン羊の羊毛じゃ。通称『黄金の羊毛』。半世紀以上前に流通していた伝説の品。黄金の羊毛はもうすべて加工されたものと思っておったが、未加工状態とは驚いた」
「ふふーん、聞いて驚きなさい、それは先日、新しく刈り取られた黄金の羊毛なのよ」
「なんじゃと? ありえない。レモン羊の羊毛はもう産出されていないはず……」
羊毛マニアは訝しむ視線をこちらに向けてきた。
ラトリスは指をパチンと鳴らす。すると、セツとナツが木箱をひとつカウンターのうえに置いた。木箱には『レモン羊毛』と品名が貼ってある。
羊毛マニアは木箱を開けるなり仰天する。
「すべてレモン羊毛じゃと……っ、羊、4匹分はあるのか? 信じられん‼」
「だから言ったじゃない、これは新しく刈ってきた羊毛だってば」
「うーむ、どうやら信じるほかないようだ。もしこれがすべて本物なら伝説の復活を意味する」
羊毛マニアは興奮した様子でレモン羊毛を抱えたまま奥に戻っていった。
俺たちの間には、専門家を驚かせた気持ちよさと満足感がじんわりと漂っていた。
受付嬢は感心した様子でこちらをまじまじと見てくる。
「あなた方は先月、すごい光石をおろした方ですよね? 高い実力があるようです」
賞賛されている? 嬉しいな。
「あら、覚えていたの、ふふん、『ラトリス冒険団』、覚えておいて損はないわよ」
満ち足りた表情でそういうラトリス。
「ちがーう‼ 『モフモフ海賊』でしょ、ラトリス、話し合いで決めたじゃん!」
クウォンはラトリスの尻尾を引っ張って訂正を要求する。誰かの要素を強くださずに、俺たちのパーティを端的に表した言葉として、『モフモフ海賊』以上の案は出てこなかった。
何より他者からつけてもらった呼称のせいか、納得感があった。納得はすべてに優先する。ゆえに俺たちは『モフモフ海賊』を受け入れ、『モフモフ海賊』たることを決めたのだ。
「そうだった……こほん、えーと、ここの窓口でも海賊パーティ名の変更とかできたかしら?」
書類手続きをラトリスに任せつつ、俺たちは酒場に足を運んだ。
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