第55話 子狐の反乱
「わかった、反乱の理由を聞こうか、セツ。何が不満なんだ」
「ふふん、おじちゃん、どうやら反乱理由がわからないみたいだね‼」
「残念ながら検討がつかない」
「ふふーん、そっか‼」
桃色の尻尾は左右にゆらゆら。
変な緊張感がある空気だ。
「私はリバースカース号の船長になるっ‼」
「船長か。いまの地位が不満ってことか」
「そういうことだよっ‼」
「仕方ない、そこまで言うなら船長の座をセツにあげよう」
「えっ⁉」
セツは見るからに狼狽し、一歩後ずさった。
俺は別に船長という肩書きにこだわりがない。成り行きでラトリスから引き継いでしまっただけなので、やる気がある若者がいるのなら喜んで譲ってやれる。
「うわぁーん‼ おじちゃんが優しすぎるっ‼ 船長の座は受け取れないっ‼」
「どうしてだ? 船長になりたいんじゃないのか?」
「うーん、もうなりたくないっ‼」
セツは気分屋さんなので、まぁこういう事もあるだろう。
「ミスター・オウルにその気があっても、船長役職は他者に譲ることはできません」
横から声をかけてくるのはミス・ニンフムだった。彼女は優雅なふるまいで後部甲板から階段をおりつつ、俺とセツを順番に見やった。
「ミス・セツには船長の資格がありませんので」
「船長を倒したら船長交代じゃないのー⁉」
「そういうシステムではございません」
冷静な切り返しに子狐は頬を膨らませることしかできない。
「先生、これは何の騒ぎですか」
ラトリスも後部甲板から降りてくる。
「反乱だ」
そう答えると、ラトリスは「はぁ」と気のない返事をした。たぶんよくわかっていない。俺もよくわかっていないのでこれ以上の説明を求められても困るが。
「船長もニンフムも邪魔しないでねっ‼ これはおじちゃんと私たちの戦いなのっ‼」
セツはそういうと羽根つき帽子をひと撫でした。子狐の足元から影が形をもって顕現し──子狐が出現する。黒い子狐だ。その数は全部で十体もいる。
影の帽子。レモール島でユーゴラス・ウブラーから手に入れた暗黒の秘宝。島滞在中も、島を離れてからも、セツとナツがこの怪しげな帽子を使って遊んでいたが……かなり上達している。
「上手になったな。影の分離って難しかったんじゃないのか」
「ふふーん、私は天才魔法使いなんだよ、おじちゃんっ‼」
セツの目的がわかった。影の帽子をかぶっている時点で、薄っすらと予感はしていたが……どうやら鍛えた魔法で俺を打ち負かしたいようだ。それで反乱を起こしたのだろう。
影で召喚した子狐たちがぶわーっとこちらへ向かってきた。
「こらー‼ セツ‼ 先生に魔法で攻撃をしないの‼」
ラトリスは大声で律しようとしたが、俺は手を出して彼女を制止した。
「大丈夫さ」
子供に遊んでと頼まれているうちが華だ。子どもはすぐおおきくなって、大人なんてどうでもよくなるのだから。いずれこっちが頼んでも遊んでくれなくなる。
俺は刀の柄に軽く手を置きつつ、せまってくる影の子狐たちから走って逃げた。影たちは木板のうえを元気に走りまわり、けっこうな速度で追いかけてくる。
追い付かれたらどうなるのか。もしかして俺のことをあの鋭い牙でかじってくるのかな。そうなったらラトリスはセツをこっぴどく叱るだろう。そんなこと考えつつ、後部甲板へ跳躍してのぼった。
「うわぁ⁉ 先生、どうしたの⁉」
後部甲板で舵取りをしていたクウォンが俺にびっくりした声をだす。
「ちょっと狐に追われていてな」
後部甲板の手すりの上から甲板を見下ろした。
影の子狐たちはぴょんぴょん跳ねて俺と同じように後部甲板へのぼろうとしていた。だが、体格的に跳躍力が足りていない。船長室の外壁にぺたーんとぶつかるのを繰り返している。左右の階段を駆けあがるほどの知性はないみたいだ。
「階段っ! 階段階段なのですっ‼ みんな何してるの、もう~‼」
セツが声をおおきくして言うと、影の子狐たちは「あっ、そっか‼ その手があった‼」とでも言わんばかりに、左右の階段へ殺到、元気よく駆けあがってきた。
両サイドから5匹ずつ。挟み撃ちの形だ。影の子狐たちは駆けこんでくるなり、俺に飛びかかり──ではなく、すぐ近くで舵を取っているクウォンに纏わりついた。
「うわぁぁぁ⁉ なんかちいさい狐がぁぁ‼ 食べられるぅ‼ あばばばば──‼」
叫び声をあげる狼の口。
子狐たちが潜りこんでモゴモゴ。
クウォンはもがき苦しむ。
「うわぁーん、影で作った召喚獣がバカすぎて獲物を判別できてないよーっ‼ みんな~それはクウォンお姉ちゃんだから、狙うのはおじちゃんなのです~っ‼」
「お姉ちゃん、致命的すぎた、かな。今回はここまで、かも」
「ぐぬぬ~‼ まだまだなのですっ‼」
セツは手をパンっと叩き合わせた。
フンッと全身に力をこめた。途端、狼に群がっていた影の子狐たちは溶けて消えてしまった。解放され息をおおきく吸うクウォン。
「死ぬかと思った⁉」
セツが魔法を解除した?
諦めた……訳じゃなさそうだ。
ふむ、これは──察するに、これは次なる魔法発動のための布石か。大方、より強力な魔法を発動しようとしている感じだろう。
俺の推測は正しかった。
桃色子狐の足元から、牛みたいなサイズの大影が這い出していた。
黒い毛並みがモッフモフ。尻尾も太くてモッフモフ。手足までモッフモフ。とんでもない毛量を誇る影よりいでる獣の名は狐だ。また狐だ。デティールへのこだわりは狐への理解度ゆえかな。
「ふふーん、これこそ私の必殺技なのですっ‼ 影の魔法奥義『影よりいでる妖狐』っ‼」
「けっこう強そうだな。おおきいし。モフモフしてる。すっごく」
「えへへ~そうでしょう~? おじちゃん、降参する?」
俺は腕を組んで悩ましい風に唸り声をあげた。
そののち「しない」と短く答えた。
「なら、攻撃開始―─‼ 後悔しても遅いのですっ‼」
影の狐は左右に身を振って、とらえどころのない動きで迫ってきた。
俺はクウォンに被害がいかないように、後部甲板から飛び降りた。
その時、影の狐が一陣の風になった。着地を狩ろうというのか。この速力。影の子狐とは段違いだ。初手をヌルくいくことで、本命の時に俺を油断させる作戦か? セツめ、策士だな。
「うわぁああ⁉ なんか凄い速い──⁉ おじちゃん、避けてぇ──‼」
うーん、前言撤回、どうやらこの速力、術者の想定を上回るようだ。セツは暗黒の秘宝の力を完全に制御できているわけではないのか。だとしたら次の一撃は危険かもしれない。
着地。
その瞬間、振りぬかれる黒き尖爪。
頭を可能な限りさげる。
鋭利な一撃が空を切った。
被害者は俺の背後の船長室の外壁。
爪は壁をバターのように引き裂き、残酷な裂傷を残した。
こいつはすごい。
当たればひとたまりもない。
余裕で死ねる。
「オウル先生ッ‼」
駆けこんでこようとするラトリス。剣を抜き、腰をかがめて膝にバネを溜める。でも、その位置からだと間に合わない。ここは自分でなんとかしようか。
人の肉と骨くらい断ちそうな威力の2撃目。
今度は縦の振り下ろしだ。速い。
だが、所詮は獣の攻撃。
鞘の向きをひっくり返し、逆鞘からの抜刀、勢いのままに斬りあげた。
落ちてくる獣の前足が付け根から消し飛んだ。
傷口が黒く溶けだす。
斬り飛ばした足が甲板に落下する前に、俺は斬り返しを行った。
二の太刀で凶暴に俺を見据える頭を斬り落とす。
影の狐は力尽きるなり、黒い液体のように溶け、気化して暗煙になってしまった。
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