第53話 幕間:世界最強の剣士

「こいつがウブラーです」


 自警団の長は、海賊狩りへひとりの海賊を引き渡す。

 ひどく痛めつけられており、すっかり憔悴しきっている様子の小太りな男だった。利き腕を失っており、歯もだいぶ抜けている。


 海賊狩りたちは、それがウブラー本人であることを確認すると、丁重に身柄を受け取り、褒賞として600万シルバーを自警団へ贈与した。自警団の長は頬を緩ませながら「確かに」と、所定の金額を受け取ったことを喜んだ。


「ウブラー捕縛当時のことをお伺いしたいですが、どこか適切な場所はありますか?」


 美しい海賊狩りは、自警団の長と話をしたがっていた。自警団としては断る理由がなかったために了承し、彼らの拠点である酒場で事情聴取をおこなってもらう運びとなった。


「もう悪党は捕まったというのに必要なんですか、それ」

「はい、必要なのでやっています」

「あぁ……そう、ですよね……」


 少女は確固たる眼差しをもっていた。蒼い宝石ごとき瞳は一切揺れず、視線は一度見据えたら動かない。自分がやると決めたことは最後までやり通す。そういう精神性、いわば凄みを持っていたのだ。自警団の長はすぐに感じ取った。これは普通の人間ではないと。


「では、初めに『影の帽子』と呼ばれる暗黒の秘宝をご存じですか」

「ウブラーが持っていた魔法の道具ですよね」

「いかにも。どちらにありますか」

「ここにはありませんよ、ウブラーを倒したのは私たちじゃないですから」

「そうですか、残念です。では、『指狩りのシュミット』については」

「誰ですか、それ?」

「アンブラ海で名を馳せていた凶悪な海賊です」

「知りませんね。私たちが拘束していたのはウブラーだけです」

「嘘はついていませんね?」

「あ、当たり前でしょう! 犯罪者の手助けなんかするわけない‼」


 少女の淡々とした審問に、自警団の長はおもわず立ちあがってしまう。


 それに反応する白制服の巨漢たち。

 少女の後ろに控えている彼らが、一歩動くだけで迫力が凄まじい。壁が動いたようだ。自警団の男は思わず、椅子を倒してあとずさってしまう。


 少女は手をあげて「威嚇は必要ありません」と静かに告げ、部下たちにそれ以上を許さない。巨漢たちが迫力を鎮めると、自警団の長はおずおずと席についた。


「申し訳ありません。彼らは過剰なもので」

「そうみたいですね。ちょっと恐いです」


 少女は懐から綺麗に折りたたまれた紙をとりだし、机に広げた。


─────────────────────────────────────

『指狩りのシュミット』 

【罪状】略奪行為 【懸賞金】1200万シルバー

【特徴】片耳、青龍刀、 指の首飾り

【条件】DEAD OR ALIVE

【発行元】レバルデス世界貿易会社

─────────────────────────────────────


 凶悪な人相の映った指名手配書だった。


「懸賞金1200万⁉」


 自警団の長は仰天して再び腰をあげた。


「残酷な剣士です。ウブラーの仲間に加わっていたはず」


 自警団の長は紙を手に取り、首をかしげる。


「たしかにウブラーの仲間のなかにこんなやつがいた気はします」

「だとすればやはりこの島にいたことになる。ウブラー本人に聞いたら仔細は掴めそうですね」


 少女は背後の巨漢を見やる。

 巨漢はしかとうなずき、一礼して酒場を出ていった。


「質問は終わりですかい、海賊狩りのお嬢さん」

「はい、ほとんどは。最後にもうひとつお伺いします。ウブラーの捕縛者について」

「あぁ」


 少女は酒場のテラス席を見やる。

 鳥籠があった。鳥籠の外には止まり木があわせて設置してある。鳥籠の中では白いちいさな鳥が「ちーちーちー」と鳴いて元気に餌をついばんでいる。


 海全体で普及し始めている賢鳥シマエナガである。

 この鳥の足に手紙をくくって飛ばすことで、遠くの島、あるいは船と連絡をおこなうことができるという優れものだ。


「シマエナガ郵便では『海賊・影帽子のウブラーをひきとってほしい』とだけありました。実際に来て見るとあなたは捕縛しただけだと言います」


 自警団の長は少女がなにを知りたいのか察し、意気揚々と語りだした。


「ウブラーたちを倒したのはモフモフ海賊の連中さ」

「それは海賊パーティの名ですか?」

「あぁいや違った。えっと、海賊パーティの名はよく覚えていないな。でも、メンバーの名前ならわかる。ウブラーを倒したのは無双のクウォンって話だぜ。そう、確かにそう言っていたよ」


 自警団の長は当時の話を思いだす。

 顎をしごきながら愉快げに。亜麻色の毛の元気な娘が「あたしがウブラーをやっつけたんだ‼ すごいでしょ~?」と自慢していたことを。


「無双のクウォン……」


 少女は目を見開いた。

 表情は人形のように固まってしまっている。


「どうしたんです、何かおかしなことでも?」

「……」

「あ、あの……?」

「…………いえ。どちらかというと逆です」

「逆、ですか?」

「ウブラーは近いうちに懸賞金がひきあげられる悪党っぷりでした。数字以上に手強い海賊だったはず。暗黒の秘宝の保有者でもある。倒すとしたら、名のある者だとは思ってました」

「へえ、それじゃあ、あの狼のお嬢さん有名だったのですか」

「そうでもないです。でも、じきに海にも名が広まるでしょう」

「だから、倒して当然ってことですか」


 自警団の長は納得した風にうなずいた。


「あとはそうですね。ラトリスっていう赤毛の狐の子と、セツっていう桃毛の元気な狐の子、ナツっていう大人しい緑毛の狐も仲間っていってましたね」

「……狐人まみれですね」

「ええ、だから、モフモフ海賊なんですよ。みんな尻尾がふっくらしていて愛らしいんです」


 自警団の長は手を広げて大袈裟に表現した。

 顔はすっかり緩んでいる。海賊狩りの少女は疑うことなく「そうでしょうね」と、モフモフの暴力がこの世に存在することを受け入れた。


「あとは旦那です」

「旦那?」

「ええ、オウルの旦那です。気さくでいなせな男前のかたで。もちろんいい人なんですけど、ちょっとヒモっぽさもあります。フラフラしてて、女の子をたぶらかして、家に転がりこんでそうな雰囲気があるっていうか。いや、これだと恩人を悪く言いすぎかな?」


 自警団の長が「やっぱり今のなしで」と、恩人の説明を訂正しようとしている一方で、少女は目を丸くして放心していた。


 信じられないことを聞いているような表情だ。やがて魂が戻ってきたかのように、視線に意識が戻り「それは間違いないことですか」と、慎重に訊き返した。


「え? あぁいや、女の家に転がりこんでるってところは嘘です。イメージの話でして」

「そこではありません。すぐに女をたぶらかす天然スケコマシがいたのですかと聞いています。名はオウル、下はアイボリー。それで間違いないと?」


 少女は身をのりだした。

 綺麗な表情はムッとして自警団の長にせまる。


 凄みのある表情に詰められた側は、おどおどしながら「ほ、本当です!」と懸命に肯定する。


 少女は不機嫌そうに半眼になり「そうです、か」と、尖った耳をピクピクさせる。目をつむり、眉間にしわを寄せ、腕を組む。深い思考にふけっているようだ。


 自警団の長と、少女の背後にひかえる制服の巨漢は、なんだか気まずい沈黙に、つい顔をあわせては、互いに首を横に振る。そうして数分経っただろうか。


「あの、オウル・アイボリーって、お知り合いですか?」


 自警団の長は勇気をもって伺うように質問をした。

 少女はゆっくりと目を開いた。


「それはあなたに関係のあることですか?」

「あぁ、いえ、違います、おっしゃる通り、全然関係ないです」

「……失礼しました。あまりいい態度ではありませんでしたね」


 少女はちいさく息をついて謝意をあらわした。「質問を続けましょう」と言葉を繋ぐ。その後も自警団の長は、知りうる限りの情報を少女に提供した。


「当課の調査にご協力いただきありがとうございます」


 少女は謝礼金として、3万シルバーを机に置き、酒場を去っていく。

 酒場をでたあと、少女とその側近の巨漢は黙したまま街中を歩いていた。

 巨漢は上司の行動がわからず、恐る恐る沈黙を破った。


「どちらへ向かわれるのですか、シャルロッテ様」

「スマルト谷という場所でウブラーの手勢とモフモフ海賊はぶつかったそうです。どうせ2日ほど滞在するのです。モフモフ海賊がたどったという黄金の羊毛に関する道を追ってみようと思います。あなたはついて来なくても構いませんよ。ここから先は執行課の業務ではありません」

「了解いたしました。……シャルロッテ様、ひとつ質問をしてもよろしいですか」

「どうぞ」

「オウル・アイボリーとは何者なのでしょうか」


 通りを歩きながらする雑談程度の質問。少女──シャルロッテは歩みを少し遅めて、再び歩調を速める。言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。


「世界最強の剣士です」


 巨漢は思わず鼻で笑いそうになる。「それはどういう意味ですか?」と。しかし、この若く生真面目な上司がこのような場面で冗談を言うことは考えづらかった。


 であるならば、彼女は本気に言っていることになる。

 世界最強の剣士、と。


「なるほど」


 ゆえに巨漢はただそれだけ相槌を打ってこの質問を終わらせた。

 とはいえ、彼のなかの疑問が解消されたわけではない。


 むしろ気になった。

 オウル・アイボリー。聞いたこともない男の名。


 世界最強の剣士とうたわれる存在。

 一体そいつは何者なのだろう、と。

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