第52話 モフモフ海賊
連日起きる現象なので、皆も流石に慣れた様子である。
「だめに決まってるじゃない。あの船はわたしが先生にあげたの。モフモフ属性っていうだけで名前に割りこんでこないで。パーティ名は『ラトリスとオウル先生の冒険団』にするわ」
レモンの果実酒を堪能しつつ、話し声に耳を傾けているとそれがここ最近、ラトリスとクウォンが戦っている議題であることがわかるだろう。
レモール島で名が広まると自然と島民から『リバースカース号の乗組員たち』を示す言葉が生まれた。それが『モフモフ海賊』だ。
実に的を射た表現である。「モフモフ海賊たちが3日後に島をでるらしい」「モフモフ海賊たちが羊毛を集めてるみたいだ」「さっきモフモフ海賊が酒場にいたぞ」用例としてはこんな具合だ。難しいことはない。
これを発端に「海賊パーティ名って決まってないのー?」とクウォンが気にしだした。海賊ギルドは冒険者ギルドから産まれた子どもみたいなものなので、海賊たちのパーティ、つまり海賊パーティには名前がある。
現在の俺たちのパーティ名は『ラトリス冒険隊』だ。
これは俺がリバースカース号に乗る前からのパーティ名だ。これに対してクウォンはパーティ名の変更を要求した。
「旧名『ラトリス冒険隊』だとラトリス成分が多すぎるから変えようって話なの! だから『ラトリスとオウル先生の冒険隊』は認められないよ!」
机を両手で叩いて抗議するクウォン。
「逆に訊くけど『モフモフ剣聖隊』にすることで何のメリットがあるわけ」
ツーンとした表情で受けて立つラトリス。
「この名前ならね、オウル先生独占禁止法を守ることができるよ! いまのラトリスは先生が弟子たちの共有財産であることを無視して強権をふるってるの! 悪は許さない‼ がうう‼」
俺って共有財産だったらしい。
「止めなくていいんですかい、オウルの旦那」
店主は向こうで言い争っているふたりを横目に、俺のグラスに果実酒を注ぎ足した。
「どっちかを味方する勇気がでなくてな」
「あぁ。わかりますよ。俺にも娘が2人いるが、喧嘩したら両方しかるようにしてます。肩入れするとどっちかに嫌われるんじゃないかって。妻は情けないと叱責してきますが」
「両方叱ったら両方から嫌われる」
「オウルの旦那、俺はあんたらのことを数日しか見てないが、たぶん、そうそう嫌われることはないんじゃないか。あの獣人の娘さんたちは、あんたを慕ってるじゃないか」
「だからこそさ」
慕っている。その表現は正しい。
それが幻想だからこそ失うのが恐い。
「ありがとう、美味しい果実酒だった」
「もう行くんですかい、旦那?」
「そろそろ出ないと海賊ギルドに戻れないからな」
コウセキ島からヴェイパーレックスの渦潮に戻る時、嵐に遭遇した。余裕をもって航海スケジュールを組んだので返済日に間に合ったが、状況次第では間に合わなかっただろう。
海では何でも起こりえる。嵐はお隣さんだし、クラーケンだって顔なじみなのだ。
「それじゃあ選別にこいつを」
「果実酒か。奥さんの手作り?」
「ええ、いま飲んだのと同じです」
店主からレモンの漬けこまれた瓶を受け取り、俺は重さを確かめるように持ち直す。
「それじゃあ、いい旅を。剣士殿」
「美味い料理に美味い酒、ここは最高の酒場だ。『黄金の羊毛亭』に乾杯」
俺は瓶を小脇に抱えて、店主と握手をかわした。
店を出てフラフラと歩きだす。
温かい風がふいた。
背中を次へ次へと押していく。
露店が並ぶ緩やかな坂道からは港の景色がよくみえる。
湾曲をみせる水平線は陽のひかりを浴びてキラキラと輝いていた。
────
聖歴1430年8月20日。
アンブラ海南方レモール島に一隻の船が寄港した。
白く巨大な船だった。上甲板舷側からは威圧的に海を見つめる大砲の列、三層甲板に隙間なく備えられた開閉式の砲門たちは、数える気すら起きないほどに膨大で、開かれれば最後、標的を海の藻屑に変えることができる。純白の帆をたずさえたこの船はレバルデス世界貿易会社の船だ。
同社の船舶のなかでも重武装のこの船は、狩猟艦と呼ばれている型だ。同社が誇る最大攻撃力を有する武装船であり、また『海賊狩り』たちの旅船としても知られている。
狩猟艦が埠頭に着くなり、綺麗な制服と万全な武装に身をつつんだ男たちがおりてくる。
なかでも目を惹くのは美しい少女だ。黄金にきらめく絹のような髪、長く尖った耳、サファイアから削りだされた瞳は、見る者すべてを魅了する魔力がこめられている。
異質さを放つ彼女は、兵を率いて街に入った。島民たちの視線を一身に受けながら向かった先は、レモール島の自警団が有する監禁施設である。頑強な建物の前で待っていた自警団の男たちは、海賊狩りたちの到着に背筋を自然と正した。
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