第51話 レモール島の英雄たちへ

「あんたは昨日の……」


 店主は動揺した顔で俺と、ラトリスが担ぐ悪党を見やる。


 俺はくしゃくしゃの指名手配書をカウンターに置いた。そして話した。俺たちが島に来た目的、スマルト老人との間にあったことや、レモン羊をめぐってウブラーと衝突したこと、自警団がウブラーを受け取るべき理由などなど。話し終わると、店主たちはまばらな拍手を送ってくれた。


「あんたらすげえ奴らだな。あのウブラーをとっちめるなよ」

「魔法使いを相手によく戦えたな。その勇気、賞賛するぜ‼」

「銃や剣があろうと、俺たちじゃあいつらをとめられなかった。逆らえば家族を狙われた。質の悪い連中で、好き勝手やってたんだ……本当にありがとうな‼」

「このしばらくずっと島にきては我が物顔だ。悪党のくせに。でも、俺たちは魔法にビビっちまって何もできなくて故郷を守れなかった……あんたらは俺たちの島を救ってくれたんだ」


 自警団は武器を備えているようだったが、ウブラーとその海賊パーティの略奪をとめることはできなかった。


 話を聞くと、最初の頃、自警団が一丸となってウブラー海賊パーティに決戦を挑んだことがあるらしい。だが、その時はおおくの者が怪我をし、時に命を落としたという。


 レモール島自警団は牙を抜かれて、爪を断たれ、従順にさせられていった。

 

 彼らは恐かったのだという。暗黒の秘宝の所有者にさからうことが。戦いにおいて魔法が強力なものである以上に、呪いに挑むという行為自体にはかなり勇気が必要なものらしい。


「おら、ウブラー、立てや」


 店主夫妻から美味しい料理をフォークでつつきながら、ウブラーと自警団の確執を教えてもらっていると、向こうのほうで怒声があがった。


 ウブラーが吊るし上げられている。どうやら諸悪の根源の目が覚めたらしく、自警団の男たちに囲まれている状況に動揺してるみたいだ。


「ひぃい、なんじゃぁこらァ⁉」

「てめえウブラー、ご自慢の『影の帽子』はどこだ~?」

「ひぇ、俺様の帽子、俺様の、どこだ‼ 凡夫なぞ俺様の魔法で一撃なのにッ‼」

「てめえにもう魔法はねえんだよ‼」

「やめろ、よせ、やめろ、うぁぁああぁぁあぁぁ────‼」

「おら、みんな、これまでのツケ、しっかり払わせてやろうぜえええ‼」

「「「「うおおぉぁおおおおおおおおおぁぁ────‼」」」」


 肉を叩く音。骨を砕く音。血の飛散する音。

 暴力がこれでもかと振るわれている。


 人垣のおかげで様子は見れないのが幸いか。

 俺と店主は顔を見合わせて肩をすくめた。


「すまないな。みんな恨みがたまってるんだ。あまり食事にふさわしくない環境音だよな」

「いいんだ。たまにこういうのもな。新鮮だ」


 気まずそうな店主に俺は笑顔でそう言って、ラムステーキを口に運んだ。


「海賊にもいいやつと悪いやつがいるってことなのかもな」

「そうそう。ウブラーは極悪人。あたしたちは冒険者。いっしょにしないでよね」

「あぁ、覚えておくさ。そうだ、あんたら金稼ぎのために島に来たんだろう。黄金の羊毛だけじゃ積荷が埋まらないんじゃあないのかい?」

「ん、確かにそうね。まだ船はずいぶん軽いと思うわ」

「船長さんよ、特産の羊毛を積む気はないかい?」


 店主の提案にラトリスは耳をたてた。セツも眼を輝かせる。


「あんたらがその気ならこっちにもお礼の仕方があるってもんだ」


 店主は意気揚々とそう言って笑みを浮かべた。


 翌日、店主を初め、自警団の面々が方々に働きかけてくれた。


 ウブラー率いる海賊パーティを俺たちが倒したと流布してくれたのだ。極悪どもに苦しめられていたことは、周知の事実であり、多くの者が困っていた。結果、自警団以外にもレモール島の多くの者が感謝してくれた。


 その夜、埠頭に木箱がつみあがっていた。リバースカース号のすぐ近くだ。俺とラトリスは警戒しつつ木箱のなかを改めると、白い羊毛がぎっしり詰まっていた。


 屈強な男たちが木箱を運んでくる現場を押さえた。


 呼び止めて事情を訊いたところ、自警団の呼びかけで集まったお礼の品とのことだった。レモール島にはいくつもの放牧場があり、それぞれの家庭でも羊を飼っている。いろんなところから羊毛が寄付され、それらが『黄金の羊毛亭』にて箱詰めされ、俺たちのもとに集まってきているのだと。


「明日も明後日も持ってくる。まだ出港するなよ」


 こうしてレモール島での滞在期間中にリバースカース号には大量の羊毛が集まった。ありがたいことだ。


 またレモンの苗木までプレゼントされた。俺が欲しがっていたのを『黄金の羊毛亭』の夫人が覚えていたのだ。


 本当は木をそのまま植え替えさせてくれるという話だったが、菜園に続く通路を通す方法がなかったので、通路を通れるサイズのレモンの木をくれる形になった。


 滞在最終日、俺はプランターにレモンの苗木を植えつつ、ジョウロで水やりをする。


「おおきくなるんだぞ」


 朝の水やりを終えたら『黄金の羊毛亭』にむかう。

 金もないのに何をしにいくのかと思われるだろう。

 でも、金がなくても飯も酒も飲めるのだ。


 恩着せがましくしているわけではない。

 正当な対価は払ってある。


 黄金の羊毛を少しだけ譲ってあるのだ。おかげで自警団は俺たちの支出に便宜をはかってくれるようになっているのだ。


 彼らは俺たちが提供した黄金の羊毛を大変に喜んでくれた。店主いわく自分の故郷に伝わる伝説なのに、実際に目にしたことのあるやつは、ほとんどいないのだという。酒場の壁に堂々と飾られているのは彼らの喜びの表れなのだろう。


 そういうわけで、俺はカウンター席で無料の酒とラムチョップをたしなむことができるのだ。


「『モフモフ剣聖隊』でいいじゃん。みんなそう呼んでくれるんだしッ‼」


 怒鳴り声が酒場に響き渡った。明るい時間から飲んでいる酒飲みたちがピシャリと静まりかえり、しかし、すぐにそれぞれのところでがやがやと雑談をしだした。


 視線をやれば赤色狐と亜麻色狼が威嚇しあっていた。

 また始まったか。

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